第18話 カップル専用

「なかなかいい物件見つからないねぇ」


 時間は瞬く間に過ぎ去って、すでにお昼時。


 俺と永遠さんはしばしの休憩をとるためフードコートへやって来ていた。


 適当な席へ座って一息つく。


「まだまだこれからですよ、伊月さん。頑張りましょう」


 そう言って鼓舞する彼女の傍らには不動産系のチラシや雑誌がある。

 対して俺はスマホ片手にこの辺りの物件を調べていた。


 そうして気になる部屋が見つかったら不動産屋に連絡し、実際に赴くというのを繰り返している。


 未だ気にいる物件には出会えていなかった。


「とりあえずお昼にしよっか」


 歩き回って空腹は限界に達していた。


 せっかくのフードコートなので一緒に見て回り、それぞれ好きなメニューを選ぶ。


 ちょうど同じくらいのタイミングで元の席へと帰ってきた。


「お互い麺だね」


 永遠さんはシンプルなかけうどん。

 俺は豚骨ラーメンの大盛に餃子。

 

 麺という点は同じだが、その量の差にくすりと笑みが漏れる。


 永遠さんはけっこうな少食だった。


「それだけで足りる?」

「問題ありません」

「もし足りなかったら言ってね。餃子あげるし、追加で買ってもいいし」

「ふふ、ありがとうございます」


 いただきますをして、食べ始めた。


 永遠さんはレンゲと箸を器用に使って麺を持ち上げ、丁寧にふーふーしてから口へ運ぶ。ゆっくりと咀嚼して飲み込むと、満足そうにほわっと温かな吐息を漏らす。

 相変わらず、見惚れるくらい上品な食べっぷりだ。


「美味しい?」

「はい、とても」

「それはよかった」


 好きな人が美味しそうにご飯を食べている。それってすごく幸せで、愛おしい時間だ。 


「うどんを食べると、伊月さんに出会った日を思い出します」


 永遠さんはしっとりと語る。


「このおうどんもちろん美味しいですが、あの夜、伊月さんが作ってくれたおうどんはもっともっと、心が温まる味でしたね……♪」


 うどんを食べる彼女を見て俺も同じく、出会った日のことを思い出していた。自然と共有していた想いに嬉しくなってしまう。


 今度また、作ってあげるとしよう。


 そして昼食後、


「あ、伊月さん。ここなんてどうでしょう?」


 不動産雑誌を見ていた永遠さんはそう言った。




 ☆



「こちらになりま〜す」


 不動産屋の元気なお姉さんに連れられて部屋に入る。


「おお、綺麗な部屋ですね」


 傷ひとつないフローリングや壁を見て、まずはそんな感想が湧いてくる。

 ここはつい最近建てられたアパートで、今住んでいるボロアパートとは大違いだ。


「部屋の広さも申し分なし」


 1LDK。

 調べたところ、同棲カップルとしては1番人気な間取り。狭くも広くもない。好きな人とずっと一緒にいられるちょうどいい塩梅だ。


「いいんじゃないかな、永遠さん」


「そうですね。お値段もかなりお手頃ですし……」


 そう、この部屋、築年数がかなり新しく交通アクセスも整っているというのにかなりお安いのだ。大学生でそこまで懐に余裕のない俺でも選択肢に入るほどに。


「あ、それなんですがね〜」


 ふいにお姉さんがニコニコしながら口を挟む。


「このお部屋、とてもお安くしている代わりに入居条件がありまして〜」


「条件? なんですか?」


「実はですねこのお部屋、カップル専用なんです〜」


「えっ、カップル専用?」


「はい〜」


 カップル専用。

 つまりは恋人同士でなければこの部屋を借りることはできないということだ。

 たしかに俺たちは同棲用の部屋を探していたが……


「察するにおふたりは主人とメイド、のようなご関係に見えてしまうのですが。カップルなのでしょうか〜?」


 俺はまだ、昨夜の答えを貰っていない。


「え、えっと……それは……」


 こればっかりは俺の独断で発言するわけにはいかない。情けなくも、ちらりと隣の永遠さんのようすを窺う。


「ふふ」


 すると永遠さん俺を横目で流して、柔らかに微笑んだ。


「もちろん、私たちはカップルですよ」

「そうでございましたか〜。それはよかった〜。それでは、証明をお願いいたします」


 さぁさぁ、とお姉さんは手を差し出して煽る。


「へ? 証明?」

「はい〜。この場でキスをしていただければと〜」

「なっ!?」


 部屋の中とは言え、人前でキス!?


「なるほど。承知しました」


 永遠さんは動揺したようすもなくこちらへ向き直り、距離を詰める。


 ほ、本当にするのか!?


 思わずお姉さんの方へ視線を寄せるが、ウキウキしながら満面の笑みを向けていた。


「くっ……」


 ええい、こうなったらするしかない。


 こんなに条件がいい部屋は他にないのだ。


 キスだけでこの部屋が借りられるのなら安いもの!!


 が、しかし……


「ご、ごめん永遠さん。俺、さっき餃子食べたから口臭い————んむっ?」


 慌てて後退しようとした直後、永遠さんから強引に唇を奪われる。わざわざ舌を入れて、口内を舐めまわされた。


「これでよろしいですか?」


 永遠さんはちろっと舌を舐めてお姉さんに問いかける。


「はい〜。餃子臭さにも負けない愛、お見事でございました〜」


 放心する俺をよそに話は進んでいった。


(愛……愛、かぁ……)


 永遠さんは結局、俺のことをどう思って、今も一緒にいてくれるのだろう。


「ご契約、ありがとうございました〜」


 引越しは来週末に決まった。


 部屋に帰った頃にはすっかり、日が暮れていた。

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