第4話 メイドはいかがですか?
ベッドで目を覚まし、身体を起こす。
隣には美しいメイドさん。
いや、裸で眠る銀髪美人にメイドさん要素はないか。
ただの永遠さんだ。
(こんな美人と俺は昨日……)
昨夜の記憶が甦える。
どうしても視線は彼女の白くて綺麗な肢体へと注がれてしまう。
慌てて布団を掛け直してあげた。
「ふぅ」
彼女と別れたその夜に、他の女性と寝てしまった。
罪悪感でも覚えるのかと思ったが、今は思ったよりもスッキリした気分だ。
この一夜限りの関係に後悔はない。
永遠さんのおかげで、俺は後腐れなく失恋できたのだ。
「よし」
気持ちを切り替えて、これからのことを考えよう。
永遠さんは今も寝入っている。
「疲れてたんだよな……きっと」
それなのに、俺の相手までさせてしまった。
思う存分寝かせてあげたい。
「となれば……」
適当なノートの切れ端にメモを書き記し、テーブルの中央に置いた。スペアの鍵も添えておく。
そして俺は、大学へ向かうのだった。
「う〜っす楠原〜」
講義室へ入ると、友人の
「おはよう坂巻」
隣の席へ腰掛ける。
「なんだよ遅かったじゃん」
「まぁ、ちょっと寝坊」
嘘ではない。
昨日は目覚ましをかける余裕なんてなかった。講義前に起床できたのは、普段の生活習慣の賜物だろう。
「楠原にしては珍しいな——あ、おまえまさか、夕べは彼女とお楽しみでしたねってか!? か〜っ、いいねぇラブラブカップルは!! 平日の夜から楽しそうで!!」
「あーいや、その……」
「あん? どうしたよ口ごもって」
坂巻が俺の態度の変化に気づく。
これでも付き合いは長いし、俺のことはそれなりによく知っているのだ。
だからこそ、話すべきことがある。
「別れたんだ、あいつとは」
「は?」
坂巻は顔を顰める。
「何言ってんだ、おまえ。冗談だろ?」
「マジだ。昨日別れた」
視線を逸らさず、伝える。
すると坂巻は俺の意思を読み取って、途端に肩を落とした。
「そっか……別れたのか……」
「うん」
「なんだ、その、呑み行くか? 奢るぞ?」
「いい、大丈夫。気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう」
そんなところで、授業が始まった。
そして全ての授業が終わり、帰り際。
「なんかおまえ、意外とさっぱりした顔してんな。俺が心配する必要もなさそうだわ」
坂巻はそう言って笑った。
いい友人を持てたと、心から思う。
今日はバイトも何もないため、まっすぐアパートへ帰宅する。
「永遠さん、いるかな……」
いや、いるわけないよな。
昨日だって、半ば強制的に連れ込んだみたいなものだ。
いくら家族や友人がいないなどと言っても、体調が戻れば、何処へでもいくだろう。
末永く、なんて冗談めかしていたが、知り合って1日の男の部屋に長居する理由などない。
彼女なりのお礼は、もう十分にしてもらったわけだし。
「ただいまー」
鍵を開けて、いつものように誰もいない部屋に帰りを告げる。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
メイド服を身に纏った銀髪美人さんがそこにはいた。
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも————」
そこまで言うとなぜか、口を閉ざしてすんと大人しくなる。
「これって、お嫁さんのセリフですね。メイドの領分ではありませんでした」
「……は、はぁ」
あまりの展開に唖然としてしまう。開いた口が塞がらない。
「改めまして、おかえりなさい伊月さん。お荷物お持ちしますね」
「あ、うん。ありがとう————って、そうじゃくて!?」
このまま流されてなるものか。
「永遠さん!? どうしてまだここにいるんだ!?」
「ここが私のいたい場所だからです」
「い、いたい場所……?」
「はい。だから、ここに置いていただけませんか?」
永遠さんは畏まって告げる。
「炊事・洗濯・掃除に始まる家事全般から、果ては夜のお相手まで、喜んで奉仕致します」
よ、夜……!?
また、昨日みたいにってことか……!?
やばい、思い出すと下半身が反応してしまう……。
そんな間抜けな葛藤をしていると、永遠さんは不安そうに銀髪を揺らして、上目遣いを寄せる。
「迷惑でしょうか……?」
「い、いや、迷惑とかでは……」
反射的に両手を振ってそう言ってしまう。
あんな表情をされたら、断れる男なんて存在しない。
「それではとりあえずお試しという形でいかがでしょう」
「お試し?」
「はい、お試しメイドです。いらなくなったら遠慮なく捨ててください」
それならまぁ……と思った矢先、聞き捨てならない言葉が飛び出す。
今度思い出すのは昨夜、永遠さんと出会った時のこと。
あのまま放っておいたら、本当に死んでしまいそうに見えた彼女の瞳を忘れられるはずがない。
だから、
「捨てないよ」
俺もまた、やっぱり彼女と一緒にいたい。
「捨てたりなんかしない。絶対に」
ああ、これってやっぱり、この感情ってそういうことなんだろうか。
自分は一途な人間だと思っていたけれど、きっかけさえあればこうも簡単に心は動いてしまうものなのか。
「……そうですか。伊月さんはどこまでも、優しいのですね」
永遠さんは少しだけ複雑そうに視線を落とす。
しかしそれから、ゆっくりと前を向いて、こちらをまっすぐに見つめてくれた。
「すごく、嬉しいです」
その微笑みに、俺は魅了されているのだろう。
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