第28話 俺だけの彼女
「大学祭、初めて来ました。とても賑わっていますね」
「だね。俺も久しぶりだ」
あれから2週間が経った。
とある理由から最近は忙しくしているが、俺たちは坂巻に言われたこともあって大学の文化祭へやってきていた。
文字通りの冷やかしであり、永遠さんとのデートでもある。
この前の初デートは俺のせいで少々尻すぼみになってしまったからな……今回は仕切り直しにイチャイチャしたいところだ。
キャンパスにはいかにも祭らしい屋台が立ち並んでいた。
さっそく、お目当ての人物を見つける。
「坂巻。よっす」
パンケーキ屋台を仕切っていた友人へ声をかける。
「お、楠原。よく来たな――――いや、てめえ! 来るなっって言っただろうがぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!」
「やっぱ挨拶くらいはしないとって思って」
「嫌がらせか!? そうなのか!? そうなんだろ!?」
「違うって」
永遠さんと並んで、屋台の前に立つ。
「こんにちは。坂巻さん」
永遠さんはその場のヒートアップした状況もお構いなしに、涼しい顔で挨拶した。すると坂巻はでへへとだらしない顔になる。
「俺たちが付き合えたのは、坂巻のおかげでもあるからさ」
俺が勇気を出せたのは、坂巻の後押しがあったからだ。
それがなかったら、俺は今も自信を持てず、くすぶっていたかもしれない。
「仲良くやってるって、ちゃんと報告しないとな」
「…………やっぱ嫌がらせだろ」
「断じて違う」
「そーかよ」
坂巻は文句ありげに呟きながら、鉄板で焼いていたパンケーキをひっくり返す。そして焼けたものを紙皿に乗せると、生クリームとフルーツをモリモリにしてこちらへ差し出した。
「ほれ、食え。俺の奢りだ」
「いやいや、ちゃんと払うよ」
「いらねーっつの」
「いいから」
「ちっ」
俺は小銭を坂巻へ押しつける。
長居するのも悪いので、それで坂巻とは別れた。
永遠さんと分け合って食べたパンケーキはとても美味しかった。
「あっちの広場は、ライブでしょうか?」
「そうだね。俺はよく知らないけど、有名なミュージシャンを呼んだみたいだよ」
大学祭には屋台以外にも様々な催しがある。
一番大きな広場ではライブの真っ最中。
学舎では文化系サークルがさまざまな出し物をしていることだろう。体育館では運動部が。と、そんな感じだ。
そして、ライブとは別に設営されたステージでは……
「おーっと、お姉さんめちゃくちゃ綺麗ですね!」
「あら、そうですか? ありがとうございます」
突然絡んできたちゃらい学生に私服の永遠さんは笑顔で答える。
その愛想のよさに隙ありと見たのか、スッとこちらへ近づいてくる。
「実は今、ミスコンの出場者を募集していましてね? よかったらお姉さんどうですか? 俺の見立てでは絶対、良いとこいくと思うんですよね〜」
「いえ、私はこちらの生徒ではありませんので」
「大丈夫大丈夫! 外部の方の参加も受け付けてますから!」
「でも……」
永遠さんはちらとこちらを見る。
「そちらは彼氏さん?」
「そ、そうですけど……」
「どうですか? 彼女の可愛いところ、見たくありません? 服もメイクもこちらでバッチリ用意させますし。てゆーか正直なところ、彼女さんならグランプリ間違いなしだと思うんですねぇ」
学生はさらに言葉を強くして誘惑するように囁く。なかなかに押しが強くて、面食らってしまった。
「参加しましょうよ! ね!? きっといい思い出になりますよ!」
「あー、えっと……」
上手く返事ができなくて、言葉に淀む。
しかし直後、隣から透き通った声が耳を貫く。
「申し訳ありませんが、お断りします」
永遠さんはきっぱりとそう言って、頭を下げた。
「えー、そんなー」
「私には、たったひとりで充分ですから」
渋る学生にそう告げる。
「……なるほど。そうですか」
学生はふっと息を吐いて肩を下ろし、ほほ笑む。それから再び、俺に耳打ちした。
「いい彼女さんですね。羨ましい! お幸せに!」
「は、はぁ。ありがとうございます……?」
よく分からないが、引き下がってくれたようだ。
どんよりとした心が空くように、軽くなった気がした。
あれ?
なんだこれ。
俺、なんか微妙に、イライラしてた?
どうして?
彼の言う通り、永遠さんならグランプリが獲れるだろうに。
ミスコンステージ前を通り過ぎる。
永遠さんは腕を組んで、体を寄せてきた。その顔は穏やかで、満足そうだ。
「……どうして断ったの? 可愛い格好できたのに。永遠さん、人に可愛いって言われるのとか、実はけっこう好きでしょ」
俺の彼女はわりと自己顕示欲が高いと思う。そういうところが可愛いとか、思っちゃうが。
「そうですね」
永遠さんは素直に頷く。
「でも、伊月さんが嫌そうな顔をしていたので」
「え、マジで?」
「とても苦々しい表情でした」
「……マジかー」
やっぱりそうなんだな、俺。
永遠さんがミスコンでみんなの前に出るのは嫌だったんだ。心から。たまらなく。
俺以外の人に、彼女の可愛いところを見せたくなかった。
「なんか、恥ずい」
「そうですか?」
永遠さんはニコッと嬉しそうに微笑む。
「私は好きですよ。独占欲の強い彼氏さん」
「……独占欲、かぁ」
「大事にされてるって、実感できます」
そりゃまぁ、永遠さんは何よりも大切だけれど。
自分の器の小ささというか、心の狭さが露呈してしまったような気分だ。
それがいとも簡単に永遠さんに見透かされてしまっているというのも、情けない。
「私は、伊月さんだけのグランプリですよね?」
「……そうだね。俺だけのグランプリ。世界一可愛い永遠さんだ」
「はい……♪」
開き直ってみせると、永遠さんは気を良くしてさらに密着した。
そのまま寄り添って、次は学舎の中へと足を進めたのだった。
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