第10話 努力のメイドさん
「ごちそうさま」
永遠さんの作ってくれた絶品お昼ご飯を食べ終える。
その後は食器の片付けくらい手伝おうとするのだが、いつも断られてしまう。
手持ち無沙汰な時間。
やがて永遠さんもキッチンから戻ってきた。
「座りなよ」
「ありがとうございます。では、失礼しますね」
永遠さんはなぜか俺のすぐ隣へ寄り添うように座り込む。
いくら狭い部屋でも、もう少しスペースの余裕はあるんだけどな……。
そんなことを思いつつ、拒むことはしない。
「ねぇ、永遠さん」
「なんでしょう?」
「ヒマだね」
「ですね」
永遠さんと出会ってから初めての休日。
長い午後。
何をしていいか分からない。
「永遠さんって趣味とかあるの?」
「お料理の研究です。あとは……お掃除?」
「それってメイドの仕事なんじゃ……」
「メイドに趣味を愉しむ時間などありませんからね。仕事が好きでなければやってられません」
永遠さんはもはや、生き様そのものがメイドなのだろう。究極の仕事人間だ。
心が安まる時間とか、ちゃんとあるのだろうか? 少し心配になってしまう。
「でも、今はやることないんじゃない?」
「そうですね。お掃除もお洗濯も午前中に済ませてしまいましたし、お夕飯の準備にもさすがに早いです。以前のお屋敷なら、お掃除だけで朝から夜までかかったのですが……」
「2人暮らしだし、何より部屋が狭いからね」
2人で暮らすのにも窮屈なワンルーム。
メイドさんにとってはさぞ所在ないことだろう。
「よしっ」
俺は立ち上がると、小さなスクリーンのスイッチを入れる。
「ゲームでもしよっか」
「ゲーム、ですか?」
「うん。これこれ」
小型のゲーム機を取り出して、見せてあげる。
「……スー○ァミ?」
「…………………………」
あっれー?
いくら永遠さんが大人のお姉さんだとしても、俺との歳の差ってそこまでないと思うんだけどなぁ……。
「えっと、これ……知らない? ス○ッチって言うんだけど……」
「知りません。スー○ァミと何か違うのですか?」
「いや、えっと……その……スー○ァミの最新機種のようなものです」
「なるほど」
スー○ァミしか知らない人間に説明するのも難しいので、無駄な言葉は省くことにした。
「やってみる?」
「伊月さんがやると言うのなら」
「よし、じゃあやってみよう。きっと驚くよ」
日本のゲームの進化に。
俺はゲームを起動した。
・
・
・
ゲームを始めてからおよそ1時間。
阿鼻叫喚の叫び声が小さな部屋に響く。
「ああっ!? なぜ私にばかり甲羅が飛んでくるのですか!? あっ、なぜわざわざぶつかっていくのです!? ひどい!」
今やっているのは、国民的な赤帽子のおじさんたちがカートに乗って競争するレーシングゲーム。
状況は見ての通り、白熱していた。
永遠さんは夢中になって慣れないコントローラーを操作する。
「ここから右へ。こ、今度は左……あ、あぁ、落ちちゃいますっ!?」
カートを操作するたびに右へ左へ身体が傾いて、銀髪が揺れる。
なんだか微笑ましくて、俺まで楽しくなってしまう。
「ま、また負けました。最下位です……」
しかし、レースの世界は非常である。
スー○ァミからゲームに触れていない初心者にも容赦などない。
「えと……もう少し簡単なゲームにする?」
アクションゲームよりは、RPGの方がいいのかも。もしくはどう○つの森みたいに和やかなシミュレーション系でも……。
「いえ、もう少しこれをやります。さっき私にわざとぶつかったあのプレイヤー、許せません」
ふんすと気合い十分でコントローラーを構える。
「あはは……永遠さんって意外と負けず嫌い?」
「……? そんなことはありません」
きょとんと首を傾げる永遠さん。
「ただ、努力でどうにかなるかもしれないことを前に逃げ出したくないだけです。お料理もお洗濯もお掃除もそうでした。最初は上手くできなくても、頑張って続けていればいつかできるようになりました。努力が必ず報われるなどとは言いません。ですが、それによって身につけた技術は決して私を裏切りません。たしかな糧となるのです」
そう言って語る永遠さんの言葉には実感がこもっていた。
メイドの仕事も、ひとつひとつ、コツコツと努力してここまでの技術を身につけてきたのだろうか。
昔はポンコツメイドな永遠さんが存在したというのなら、それはそれでちょっと見てみたい。
「そっか。それじゃあ、がんばってみようか」
でも今は、ポンコツゲーマーな彼女と一緒にゼロから歩んでみよう。
「すみません。付き合わせてしまって」
「いやいや、俺も楽しいよ。すごく」
メイド以外のことにのめり込む彼女を見るのは新鮮で……何より可愛らしい。
「永遠さんは? 楽しい?」
理不尽な妨害に遭ってイライラしてるようすもたびたび見られるが……
「はい、楽しいです。すごく……っ」
煌めくような笑顔を見せてくれた。
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