第22話 馴れ初め語り


「紅葉、綺麗だね」

「そうですね。すっかり色づいています」


 ここは部屋の周囲を探索していたら見つけた、小さな公園。カエデやイチョウの木々たちが、秋も真っ盛りの色彩を感じさせてくれる。


 紅葉狩りって程でもないが、休日には永遠さんを誘って連れ出してみた。

 歩いて回るほどの広さはないので、よさげなところでシートを引く。


 簡単なピクニックと言った方がいいだろうか。


 美しい紅葉を眺めながら、永遠さんの作ってくれたお弁当をいただいた。それはもう言葉にならないほどの絶品で——いや、本当は景色なんて目に入っていない。可愛い彼女を見ながら食べるご飯はいつだって、世界一美味しいのだから関係がなかった。


「伊月さん、ここ」

「え?」


 永遠さんは自らのほっぺを指で指し示す。俺も自分の頬を触るが、何もなかった。


「こっちですよ。ぺろ」

「うひゃ!?」


 こちらへ寄ってきた永遠さんに頬を舐め取られた。ぞわっと身体が痺れて顔が熱くなる。


「おべんと、いただきました」

「は、はい……あ、ありがとう……」


 妙に恥ずかしくて、俺は縮こまった。


「ふぅ」


 食後は温かいお茶を飲みながら、のんびりと過ごす。

 

「伊月さん」

「なに?」

「伊月さんはやはり、私のおっぱいが好きなのでしょうか?」

「——ぶふっ!?」


 お茶を吹き出した。慌てて口元を押さえると、永遠さんが拭いてくれた。


「い、いきなりなにを……!?」

「知っておきたいのです」

「知っておきたい……?」

「伊月さんは私のどんなところを好んでいるのか。どうして私のことを好きになってくれたのか。それを知ることができれば……」


 永遠さんはほんのりと色づいた顔で、さらさらの銀髪を揺らす。


「私はもっともっと、伊月さんに愛してもらえる私になれると思うんです」

 

 こちらを見つめる彼女は、言わずもがな美しくて、可愛らしい。

 

「だから教えてください。伊月さんはいつどこでなぜどのようにして私のことを好きになったのですか?」


 永遠さんは熱心な瞳で身体を寄せ、上目遣いに訊ねてくる。


「え、えっと……」


 なんだこれ、改めて話そうとするとめちゃくちゃ恥ずかしいな。


「は、初めて会った夜から、やっぱり気になっていたよ」


「おっぱいが?」


「いや、それはね……!?」


「違うのですか?」


「ま、まぁ……違わないけど……」


 あの大きなおっぱいに包まれたおかげで俺は、吹っ切れることができた。

 あのとき永遠さんと夜を共にしなければ、俺はきっと今も過去を引きずって……。


「それ以上に、俺は永遠さんに救われたと思ってるから」


「……それは、私のセリフですよ。命を救われました」


「俺も似たようなものだったってこと」


「そう……ですか」


 永遠さんはふんわりと笑って頷いてくれる。


 それを見てようやく緊張の解けてきた俺は、すらすらと言葉を紡ぐ。ずっと思っていたことだから、口さえ上手く動けばもう止まらない。


「それから永遠さんが俺のメイドさんになってくれて、何度も夜を共にして、心の隙間が埋まっていくみたいだった。坂巻と永遠さんが初めて会ったときは、大事なことを教えてもらえた気がして、尊敬できる大人の女性だなって思った。でもそんな永遠さんにも苦手なものがあって、完璧メイドで大人な永遠さんとのギャップがたまらなく可愛いって思った。ゲームをする永遠さんもすごく可愛くて、その一生懸命さに永遠さんの本質を見たような気がした」


 まだまだ積み重ねた時間の少ない俺たちなのに、思い出はいくらでも湧いてくる。

 ひとつだって、忘れることはない。


「そして、完全に恋を自覚したのは一緒にお酒を飲んだあの日。初めてホテルへ行って、キスをして、俺は永遠さんのことがどうしようもないくらい好きだって知った」


 あの夜がターニングポイントとなり、俺は坂巻の手助けもあって告白する決意を固めることができたのだ。


「俺の話はこんな感じかな。参考になった?」


「はい。とっても」


 永遠さんは自然と俺の手に指を絡ませる。それからニコリと笑んだ。


「私も、同じです」

「え?」


「伊月さんに声をかけてもらえたあの時からずっと、惹かれていました。身体を重ねるたびに、かつてないほど心が満たされました。私は完璧なメイドであるはずなのに、伊月さんにはどうしても弱みを見せてしまって、ゲームに夢中になったりして、楽しくて。ナンパから助けてもらったときは嬉しくて。ドキドキが鳴りやまなくて。衝動的にキスまでしてしまって。ふとした瞬間、私はただの白雪永遠になっていたんです」


 永遠さんはゆっくりと、秘めたる想いを語る。


 ああ、なんだろうこれは。

 心がくすぐったくて仕方ない。少しでも気を抜けば唇の端が吊り上がり、にやけてしまいそうだ。


「……気づかないようにしていたんです。私はきっと、心に鍵をかけていたのです」


「永遠さん……」

 

「でも、そんな私の心を堕としていただきました。あれからもう、あなたへの好きがあふれてとまりません」


 永遠さんが握る手に、ぎゅっと力がこもる。優しくて、温かい心地だ。


「私は伊月さん——あなたにゾッコンです」


 そこが限界だった、


「〜〜〜〜っ」


 俺は咄嗟に口元を隠して顔をそむける。


「伊月さん? どうしたんですか?」

「いや、ちょっと、ごめんっ」

「……? お口がどうかしましたか? 見せてください」

「だ、大丈夫っ。大丈夫だから!」


 逃げるように身体をねじる。


「ただ、嬉しくてっ。とてもお見せできない顔になってるってだけだから……!」


「嬉しくて? 伊月さんが?」


 ぽかんとあんぐりする永遠さん。


「見たいです。見せてください」

「ダメだって! 恥ずかしいよ!」


 俺はもはや身体を反転させて背中を向ける。


「っていうか、永遠さんの方はどうなの!?」

「どう、とは?」


「恥ずかしくないの!? 俺たち、お互いの馴れ初めとかけっこう、いやかなり恥ずかしい話してると思うけど……!?」

「え、そ、それは…………たしかに、そう、かも……しれません…………」


 永遠さんは考え込むみたいにゆっくり返答する。言葉はどんどん萎んでいって、後半はほとんど聞き取れないほどだった。

  

 そして、無言が訪れる。


「……永遠さん?」


 ちょっと心配になったので、振り向いた。


「み、見ちゃダメですっ」

「うわっ!?」


 小さな掌で視界を塞がれる。


「ちょ、永遠さん!? なになに!? どうしたの!?」


「ダメです………………」


 指の間からわずかに見える永遠さんは銀髪を振り乱して顔を逸らす。


「今、すごくすごく変な顔しちゃってるので………………」


 その顔は、それこそ紅葉よりも美しく鮮やかな赤に染まっていて——


「……永遠さん、めちゃくちゃ可愛い」


 思わず俺がそう呟いてしまったのは、致し方ないことだろう。


 その後、永遠さんはさらに沸騰したかのように上気して縮こまってしまったのだった。

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