第21話 さみしがり

 週明けの大学にて。


「……マジかよ」


 永遠さんへの告白の結末を伝えると、坂巻は絶句した。


「うぉぉぉぉ……まさか告白成功するなんてぇ……!! あの素敵可愛いメイドさんが楠原の彼女? うっそだろぉ…………!?」


「おい、背中押してくれたんじゃなかったのかよ!?」


「どうせフラれると思ってたんだよぉ! これじゃあまた俺だけ独り身じゃねぇか! 置いていきやがってぇ!」


 涙ながらに叫び散らし、ボカスカと俺の身体を殴る蹴る。やりたい放題だ。


「痛いわ、やめろっ」


「ぎゃっ」


 男に殴られる趣味はない。

 俺は坂巻の背後へ回り込んで容赦なくその尻を蹴り上げた。


 坂巻は飛び上がって叫んでそのまま床へしゃがみ込んだ。


「いてぇ〜……ケツもココロもぜんぶいてぇよぉ……。ちくしょう〜。はぁぁ〜…………」


 尻を押さえながらため息をつく坂巻。その背中は寂しげに哀愁漂っていた。


 やがて小さく、呟く。


「………………めでてぇ」

「は?」

「めでてぇなぁちくしょう! バカ野郎!」

「お、おう……」

「くっそくっそ! なんでおまえばっかり! でもめでてぇ! 今度こそ存分に幸せになりやがれ!」


 坂巻は悔しさを滲ませるようにしながらも、心から祝福してくれている。男子学生らしく複雑な気持ちが渦巻いているのだ。

 

 その姿を見ていると自然と笑みが浮かんだ。


「ありがとな。ほんとに」

「うるせぇバカ死ね」


 また今度、飲みに行く約束をした。



「じゃあまた明日」

「おう——楠原そっちだっけ?」

「ま、ちょっと引っ越してさ」

「……ぐ、ぬぬ。この、リア充め! いつか爆撃してやるからな!」


 今までとは反対方向の家路を辿った。

 



 ☆




「おかえりなさいませ、あなた♡」


 玄関の前に帰り着いた瞬間、まるで俺の気配を察知したかのように扉は開かれる。


「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも——」


 それはいつかの帰りにもメイドさんが口にしてくれた誘い文句。


「わ・た・し・でしょうか♡」


 ああ、今度は迷いなく最後まで紡がれる。


「え、えっと……」


 嬉しさで胸が温かく満たされるが、上手く対応できるかと言ったらまた別の話である。


「ちなみにおすすめは、わ・た・し・ですよ?」

「うっ……で、でもまだ陽も高いからね?」

「伊月さん」


 永遠とわさんはしっとりと笑んで俺の胸に寄りかかった。

 

「メイドも、恋人も、ひとりでは寂しくて死んでしまうのです」

「永遠さん……」

「寂しかった、です」

  

 ぎゅっと俺の服を掴む。


 ひとりで生きられない——とそう言う俺のメイドさんで恋人は究極の寂しがりやでもあるのだろう。


「寂しくさせてごめん。じゃあとりあえず、夕方までは一緒にゆっくりしようか」


「つまりはわたしをご指名ということですね♪」


 あれ、結局そう言うことになるのか?

 

「まぁ、うん。ただいま永遠さん」


 俺の指名は彼女以外にいないのだから、否定することもなかった。



「普段から、永遠ちゃんと呼んでください」


 ソファーに腰かけた永遠さんは両手をついて俺の方へと上目遣いで迫る。


「で、できません……」

「なぜですか?」

「いや、だって……恥ずかしいし……」


 年上に対してちゃん付けは抵抗があると言うのも本心だが、一番はやはり羞恥だ。


「この前は呼んだくせに……」

「あ、あれは引き止めるために必死でね?」


 今思い出しても悶えるほどに恥ずかしい。


「……どきどきしました。もっと呼んでほしいです」


「だ、だめ」


 俺の寿命が縮んでしまう。


「そ、そんなに言うなら俺だって言わせてもらうけれど、永遠さんは俺のことずっとさん付け?」


「伊月さんを呼び捨てにすることなんてできません」


「それはどうして?」


「……つ、妻として。夫を立てるのは当然のことだからです」


「え…………」


 少々予想外の反応が返ってきて言葉を失う。永遠さんなら間違いなく、メイドとしてが先にくると思っていたのに……。


「な、なんですか。急に黙らないでください」

「あ、う、うん」

「…………私だって、恥ずかしいことはあるのです」

「うん……」

「伊月さんのバカ」

「………………」


 な、なんだこのこそばゆいような甘酸っぱい空気は!?思ってた展開と違うんだが!?


「伊月さん」


 沈黙が続く中、永遠さんはすりすりとこちらへ寄ってくる。手のひらを重ねて、指を絡ませた。


「伊月さんはもっと、亭主関白でいいのですよ?」

「それは俺には無理かなぁ」


 今どきそんな男も少ないだろう。時代は変わったのだ。


「俺は永遠さんのこと尊敬してるからね。恋人として支え合っていきたい。だからっていうわけでもないけど、ごめん。呼び方も今はこのままがいい」


「そうですか」


 残念そうに頷きながらも、永遠さんはこちらに体を預ける。


「仕方ないですね……♪」


 夕飯までの時間をそのままくっついて過ごした。




「では、エッチの時はどうでしょう?」


「は?」


 夜も深まった頃。

 お風呂上がりの艶やかな永遠さんはふいにそう言うと、


「ちゅ————」


 間髪入れずにキスをする。


「……伊月」

「え……?」


 どきっと胸が高鳴った。


「エッチの時だけなら、そうお呼びします。だから私のことも永遠ちゃん……いいえ、永遠と呼んでください。エッチなら、その方がいいです」


 永遠さんは透き通る宝石のような瞳で俺を見つめる。


「ダメ、ですか?」

「っ、」


 俺は衝動的に華奢な身体を抱きしめた。それから小さな耳元へ囁く。


「——永遠」


「……〜〜っ、み、耳はずるいですよぉ……」


 永遠さんはたまらないようすでブルッと身体を震わせる。


 かつて散々俺の耳を弄んだ彼女だが、それは今や彼女の弱点でもあった。


「永遠。永遠。好きだ、永遠。大好きだ」

「〜〜〜〜〜〜っっ♡♡♡!?」


 永遠さんの顔がみるみるうちに赤くなってゆく。


 不意打ちのお返しだ。ざまあみろ。


 もっと言って悶えさせよう。


「っ!?」


 そう思ったのも束の間、永遠さんは俺の身体をきつく抱きしめ返す。 


「今日もいっぱい愛して——伊月」


 やっぱり、愛おしい彼女には敵わない。

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