第20話 初夜


「永遠さん、それって……」


 あまりにも思いがけない展開に頭がついていかない。


 え?

 永久就職って、どういうことだ?

 もしかして死語?

 ニュアンスはわかるけど、ちょっとググっていいですか?


 くそ、ここに来てジェネレーションギャップが!!

 って永遠さんとはそんなに歳変わらないはずだって言ってるだろう!?歳は教えてくれないけど!!


 しかし、ここはおそらく、とても大事な場面だ。


 一心にこちらを見つめる永遠さんを、俺も見つめ返した。


「永遠さんは、俺のことが好き……ってこと?」


「……はい。好き、です…………」


 とたん、永遠さんは恥ずかしそうに口元を隠し、頬を真っ赤にして瞳を伏せる。


「……っ」


 こんな彼女を見るのは初めてだ。


 虫を見て動揺しきっている時とも違う。


 普段の冷静で完璧な彼女とはまったく異なる——それは、言わば乙女の顔。


「ほ、ほんとに、俺のことが……?」


「はい。ひとりぼっちになったあの日、あなたの優しさに救われた私は、あなたに告白されたあの夜に、心も身体も堕とされてしまったのです…………」


 ああ、この顔。その乙女の表情が深まるたびに心臓がうなりを上げるかのように激しい鼓動を奏でていく。


 可愛すぎるだろ……!!


「伊月さんの気持ちはまだ、変わらないでいてくれていますか……?」


 不安そうに上目遣いで尋ねてくる瞳。

 身体をぞわぞわと電流が走った。その衝動のままに言葉を紡ぐ。


「あ、当たり前だよ! 俺は永遠さんが好きだ! 一度断られたって関係ない! ずっとずっと、永遠さんだけが好きだ!」


 永遠さんの元へ駆け寄り、抱きしめる。


「伊月さん……」


 そして、その瑞々しく照り輝く、愛おしくてたまらない唇へキスをした。


 深く、深く。あの夜以上の想いが、彼女の心を射止めて決して放さないように。


 ああ、やっと。

 俺は本当の意味で前に進むことができたのだろう。

 


「あの、永遠さん、ところでなんだけど……」

「はい?」


 緊張も少し落ち着いたのかなということで、俺は話を切り出す。


「永久就職って、結婚する的な意味合いで合ってる?」

「え……」


 永遠さんはポカンと口を開けて固まった。


「あ、あの……もしかして、なんですが、今は永久就職とは言わないのでしょうか」


「ま、まぁ、俺は聞いたことない、かな……」


「……………………」


 あ、やばい。これは絶対やばい。余計なことを言った。永遠さんが今にも泣きそうな顔してる。可愛い。違うそうじゃない。可愛いすぎる。だから違うって! いや可愛いんだよ!


「穴を掘ります」

「へ?」

「もう探さないでください私は地中で暮らすんですさようなら!」


 永遠さんは早口で言って脱兎のごとく逃げ出そうとする。


「ま、待った!」


 その手をなんとか掴んだ。


「やめてください! 一世一代の告白だったんです! 人生懸けてたんです! 恥ずかしくて死にそうだったのに、それが上手く伝わっていないんだなんて——!」


「い、意味は伝わったから! 大丈夫だよ!」


「う、うぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」


 ぶんぶんと首を振って耳まで赤くなっていく永遠さん。


「結婚しよう! 俺はまだ学生だけど、でも、永遠さんを絶対幸せにするから! だから、俺に——永久就職してくれ!」


 必死になって叫ぶと永遠さんはようやく逃げようとするのをやめて大人しくなり、俯いた。


「……本当にいいんですか? 死語を操るような年増で」

「むしろそういうところが可愛いと思うよ、永遠ちゃんは」

「……っ、伊月さんは、案外と女たらしなのですね」

「そんなことは絶対にないと思うけど、でも、永遠さんの可愛いところならいくらでも見たいと思う。もっともっと可愛いところ見せてほしい」


 彼女を引き止めるための言葉ならいくらでも思いつく。そのための言葉であるならば、女たらしと思われたって構わない。

 それは本当に俺が彼女を求めているからこそ彼女だけに紡ぐことができる言葉だからだ。


「完璧なメイドの永遠さんも素敵だけど、でも可愛い永遠さんも大好きだ。そんな永遠さんと結婚したい。……ダメかな」


「………………ダメじゃ、ないです」


 小さな声でそう言って、永遠さんは俺の胸に抱きついた。そして今度は彼女の方からキスしてくれた。



 ・


 ・


 ・



 それから。

 新居での初めての夕食を迎え、お風呂に入って……


「初夜の相手を務めさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 俺のために買ってくれたエッチな黒の下着を着て、永遠さんは俺を誘う。


「もちろん、よろしくお願いします」


 ベッドに身体を預けて、キスを交わす。


「好きです、伊月さん」

「俺も好きだよ、永遠さん」


 抱きしめた愛しい人の身体は柔らかくて温かて、だけどきっと崩れやすくて脆いものだから。俺はキツく、優しく、両手を添える。


「一生、あなたを支えます。だから、一生、寄りかからせてください。……重いでしょうか」


「そんなことない。ずっと支え合っていこう」


「はい……♡」


 永遠さんに出会えてよかった。


 心からそう思った。

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