第36話 年末デート

 あっという間に数日が経ち、実家生活も少し落ち着いた。

 ひっきりなしに家族たちの相手をさせられていた永遠さんだったが、ようやく俺の元へ戻ってきてくれたということで……


「今日、2人で出かけない?」


 年内最後のデートへ連れ出すことにした。



「さぁ乗って」


 家の車庫で自家用車の扉を開ける。

 当然自分のモノではなく父さんの車だが、今日は貸してもらえることになった。


「……私が運転しましょうか?」

「俺は永遠さんを乗せてあげたいかな」


 父親の車じゃあまりカッコつかないが、彼氏として彼女を助手席に乗せたい願望はある。


「お世話になります、彼氏さん」


 永遠さんは微笑んで、席に乗り込んでくれた。


 続いて俺も運転席へ。


 久しぶりの運転で正直なところ緊張するが、地元なら馴染みのある道だし問題はないだろう。

 雪が積もってるのが少し心配だけれど……幸い天気は良くて心地の良い冬晴れだった。


 ちょっとくらい永遠さんにいいところを見せたい。そう意気込んで、俺は勇ましく運転を開始した。


 視界の端には、美しい銀色の髪が揺れる。


 ああ、隣に彼女を乗せたドライブ……最高だ……!!


「ところで今日はどちらへ向かっているのですか?」

「うーん、まだ秘密」

「そんな、教えてくださいよ」

「永遠さんもきっと気にいる場所だよ」

「……ラブホテルでしょうか」

「ぶふっ!?」


 たしかにラブホはそこらにたくさんありますけどね……!?


「冗談です。歓迎ですけどね」


 永遠さんはニコッと小悪魔チックに微笑む。

 大変魅力的だが、運転中に言うのはやめてほしい。手元が狂ってしまう。


 やがて海岸線沿いの道へ出る。


「わぁ、海ですよ。海。伊月さんっ」


 永遠さんは興奮した様子で窓の外を指差した。


「すごく荒れてますねぇ」


 荒れ狂う冬の日本海。見慣れていない人にとっては圧巻の光景だろう。

 海に瞳を煌めかせてはしゃいでいる姿は、先程と打って変わって無邪気に見えて可愛らしい。


「帰りにちょっと海を見て行こうか」

「いいんですか?」

「うん、いい場所があるんだ」


 と、急遽新しいデートプランを考えつつ、まずは最初の目的地へと車を走らせた。


 1時間弱して、俺は駐車場に車を停める。

 バック駐車は慣れていなかったが1発でキメることができたので、なんとか不甲斐ない場面を見せることなく面目を保つことができた。


 2人揃って外に出ると、潮風と一緒に磯の香りが鼻腔をくすぐっていく。


「ここってもしかして、市場ですか?」

「そ。新鮮な魚をたくさん売ってるよ」

「それはそれは……♪」


 やって来たのはこの辺りでも一番有名な市場通り。たくさんの鮮魚店や海鮮を扱う食堂が立ち並んでいて、浜焼きなどもやっている。


 思った通り、料理好きな彼女は海を見た時と優劣がつけられないくらいに瞳を輝かせていた。


「はやく行きましょう……!」


 永遠さんはさっそく俺の手を取って、弾むような早足で歩き出す。


「人多いから気をつけてね。ゆっくり歩こう」


 遊び場が少ない田舎で、ここは若いカップルの定番スポットになっている。

 年末年始ということもあって、人通りがとても多い。

 でも、ドライブデートでここに来るのは少し憧れていたから俺もかなり気分が高揚した。


 永遠さんと隣り合って、指を絡めながら歩く。


 せっかくなので、まずは食べ歩きを楽しむことにした。


「カニ汁一杯100円……っ!?」


 店頭のグツグツと煮えたぎる大鍋の値段を見て、永遠さんは思わず声を上げる。


「安すぎます……!」


 相変わらず瞳が子供のようにキラキラだ。


「お、買ってくかい? お姉さん綺麗だから、カニ多めにいれとくぜ? そっちの彼氏と仲良く飲んでくんな!」


「……! 買います! ぜひ!」


 おっちゃんの言葉に乗せられてすぐさま財布を取り出す永遠さん。ちなみに俺たちの財布はほとんど共用状態である。


「浜焼きもやってるね」

「彼氏も目の付け所がいいじゃねえか! オマケしとくぜ〜?」


 そう言われてしまうと買わない手はない。


 カニ汁とイカ焼き、ホタテのバター焼き、蒸し牡蠣、他にも串物など思う存分買ってしまった。


 焼き物は少し時間がかかるという話だったので、その間に店内で主食となるお寿司を購入し、なんとかテーブル席の確保をした。


 ちょうどよいタイミングでおっちゃんから声がかかり、商品をいただく。思ったよりもずっとオマケが多くて、テーブルに並べればそこはもはやお祭り状態。

 こりゃ寿司はなくてもよかっただろうか。しかし永遠さんは新鮮な海産物たちを前にして、上機嫌でウズウズしていた。

 もし余りそうでも、俺が頑張ろう。


「いただきます」


 2人で手を合わせる。

 永遠さんはいつもメイドらしく俺が食べ始めるのを待ってしまうが、今日は永遠さんから食べてもらう。

 地元の食べ物だし、俺がもてなしているていだった。


 まずは温かい汁物から。

 永遠さんは器を持って、絵になるような丁寧な所作でゆっくりとカニ汁を口にする。

 こくりと喉に通すと満足そうに微笑んで、白いため息を吐いた。


「これは美味しいですね……♪」


 幸せそうなその顔を見れることが、俺の幸せである。

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