第37話 年末デート2

「ん……これも美味しい。さすが獲れたての地物、と言ったところでしょうか♪」


 カニ汁で身体を温めた永遠さんは、続いてイカ焼きをハフハフと食べ始める。

 満足そうに笑みを浮かべるその姿に俺は思わず見入っていた。

 

「あーん」


「へ?」


 突如、永遠さんがイカ焼きをこちらに向けてきた。


「あら、違いましたか? てっきり食べたいのかと」

「あ、いや、俺はただ、永遠さんに見惚れちゃってただけで……」

「え……?」


 意表をついてしまったらしく、永遠さんの頬がポッと真っ赤に染まる。


「い、伊月さんったら、すぐそうやって……!」


 羞恥を隠すようにして、片手で顔を覆ってしまった。


「ご、ごめんごめん! 思ったことそのまま口から出ちゃって! 永遠さんほんとに可愛いから思わず!」


 あ。

 またやってしまった。

 好きな人とデートしていたらそうなることもある。許してほしい。想いが溢れてしまうのだ。


「もぉ……!」


 永遠さんはいつもより少しだけ声のボリュームを上げて、怒りを示してくる。しかしすぐにそれは収まって、ふわりと銀髪を揺らして笑った。


「どれだけ私を幸せな気持ちにしたら気が済むんですか? 伊月さんは」


「あー、いや、えっと、それは……」


 俺にできる限りどれだけでも、としか言えないのだが……。


「はい、あーん」

「むぐっ。……もぐもぐ」


 言いよどんでいると、今度は強引にイカ焼きを口へ突っ込まれる。


「美味しい。永遠さんに食べさせてもらうと、昔食べた時より何倍も美味しい気がする」


「それはよかったです。じゃあ、次は伊月さんが私にあーんしてくださいね」


「おっけー。任された」


 ホタテのバター焼きを箸で掴む。


「大きいけど、いける?」

「伊月さんのなら、大歓迎です」

「なら、あーん……」

「あーん……♪」 


 永遠さんの口へ、ホタテを食べさせてあげた。普段は見せてくれない大きく開いた口でかぶりつく大胆な姿が、なんとも可愛らしかった。


 あーんを繰り返ししていたら、あっという間に大量の海鮮たちを食べ終えてしまったのだった。


 腹と心を満たした俺たちは改めて市場を見て回ることに。


「実は母さんから年末年始用の食材の買い出しも頼まれてるんだ」

「なるほど。そういうことでしたか」

「いくつか買う物が決まってて、ぜひ永遠さんの目利きで選んでほしいって母さんが……」


 さすがにちょっと迷惑かなと思って、控えめに視線を寄せる。


「ふふっ、腕がなりますね」


 しかし永遠さんは俄然闘志を燃やしたようすで微笑んでいた。料理に関しては戦闘民族並みにやる気マックスなメイドさんである。


「たしか、越後雑煮はいくらや鮭を使うんでしたよね」

「そうだね。うちも毎年そうだったよ」


 ちょっと豪華なお雑煮は年始の楽しみだ。


「まずはいくらから選びましょう……!」


 永遠さんに手を引かれて、まずは手頃なお店に入ってみる。すぐにいくらの販売コーナーを見つけた。


「綺麗ないくらですね。本当に宝石みたいです」


 なかなかのお値段をするいくらのパックがたくさん並んでいた。学生としては眩暈がするようだが今回は母さんから代金をもらっている。


 試食をやっていたので、一口ずついただいた。


「ぷちっと弾ける心地よい食感に、上品で深みのある味付け……うん、美味しいです」


 永遠さんは納得いったふうに頷く。


「これにする?」

「いえ、他のお店も見てみましょう。しっかり吟味して、最高級の一品を持ち帰らねばなりません」


 妥協はしたくないのだろう。

 イキイキとした永遠さんに連れられて、立ち並ぶ全てのお店に入っていくらの出来を比較する。俺の舌ではどれも美味しい、程度の判断しかできないので意見を求められた時だけ、あくまで自分の好みで話をした。


「ふふっ♪」


 数時間後、俺の両手には一杯の海産物が詰め込まれたビニール袋が握られていた。いくらと鮭以外にも、その他諸々たくさんだ。

 クーラーボックスは持ってきたが、入りきるか少し不安になってしまうほどである。


 ちなみに、結局いくらは俺が1番好きだと言った物を選んだらしい。

 

 たっぷりとお買い物した永遠さんはやはりご満悦なようすで、心なしか元から綺麗な肌艶がより一層輝きを増しているような気がした。


「楽しかった?」

「はい。それはもう。あ、でもごめんなさい……私ばかりはしゃいだみたいで……」

「そんなことないよ。こんなふうに一緒に買い物って普段はできないから、俺も楽しかった」


 永遠さんは俺が大学に行っている間に買い物を全て済ませてしまうから、なかなか手伝わせてもらえない。土日なら荷物持ちくらいにはなるというのに。


「それなら、よかったです」

「今日買ったものを永遠さんが美味しく料理してくれると思うと、それも楽しみだしね」


 母さんの料理もまさにお袋の味で好きだが、そこに永遠さんの調理スキルがプラスされると思うと、今からヨダレが止まらない。


「年末年始をお楽しみに、です」


 市場デートを終えて、ふたりで車に乗り込んだ。

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彼女に浮気された俺が野生のメイドさんを拾ったらいつのまにか永久就職されていた。 ゆきゆめ @mochizuki_3314

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