彼女に浮気された俺が野生のメイドさんを拾ったらいつのまにか永久就職されていた。
ゆきゆめ
第1話 野生のメイドさん
「ごめん。他の男とセッ○スしちゃった」
大学の授業後。
高校から付き合っていた恋人に突然呼び出されたから何かと思えば、いの一番にそう言われた。
近隣の大学に通う彼女は少し前から同じサークルの先輩といい感じになっていたらしい。
そして先日、ついに家へ連れ込まれてそのままヤっちゃったと。
「別れよう」
「うん、そうだね」
恋人との幸せな時間はあっけなく終わりを告げた。
☆
カノジョと別れて消沈した俺、
怒りだとか悲しみだとか考えるより前にただ、忘れたかったのだ。
ぜんぶぜんぶぜんぶ、記憶から消してしまいたかった。
暗くなった帰り道では雨が激しく降っていた。
初秋の冷たい雨は泥酔した頭をあっという間に冷やしてしまう。
せっかくの酔いが台無しだ。
幸い、折りたたみの傘は持っていたのでそれをさしながら歩いた。
アパートの部屋まであと数分というところで、出会う。
道の隅っこにもたれかかって、体育座りしている銀髪の女性。
暗いから定かではないが、なぜかメイド服のようなモノを着ているように見えた。
コスプレだろうか。こんなところで?
瞳は開いているが、どこを見ているのかも判然としない。まるで光を失っているかのように濁っていた。
関わらない方がいいやつだ、と本能的に思う。
「あの……大丈夫ですか?」
いつのまにか、そのメイドさんの頭上へ傘をさして声をかけていた。
それはきっと、彼女が捨てられたネコみたいに寂しそうだったから。
「ああ……ありがとうございます」
メイドさんは俺の顔を見たあと、傘の存在に気づいて言う。
「大丈夫ですよ。路頭に迷っているだけですので」
「それは大丈夫とは言わないんじゃないですか?」
「そうですか? ただちょっと、ご主人様と不倫していたのがバレて奥様に追い出されただけですよ?」
「……ふ、不倫?」
メイドさんはくすりと陰のある笑みを浮かべる。
「冗談です。本当は、単なる解雇。若くて可愛らしい新人メイドが来たので、私はもう必要ないそうです。まったく、金持ちのくせにケチですねぇ。世知辛い世の中です」
自虐的に話すメイドさんには実感がこもっているかのようで、あまり嘘とは思えなかった。
「本物のメイドさん?」
「元、ですが」
話を信じるのなら、彼女は主人に捨てられた野生のメイドさんということになる。
「その元メイドさんは、どうしてこんなところに?」
「住み込みだったので、帰る家がないんですよ」
「家族とか、友達とかは?」
「いません」
メイドさんは一拍の間もなく答える。
まぁ、行くアテがあるならこんなところにいないよな……。
「じゃあとりあえずウチに来ますか?」
「……どうして?」
「このままだとふつうに死にますよ」
極寒というほどでもないが、充分に冷える。余裕で凍え死ねるだろう。
「べつに、死んでも構いませんよ」
「何言ってるんですか。死んでいいわけないでしょう」
ちょっとムキになって、語気が強くなる。
「とにかく、ウチで熱い風呂にでも入ってください。メイド服も乾かしますよ」
メイドさんの手を取る。引っ張ると、意外にも自分で立ち上がってくれた。
「身体動きます?」
「まぁ、なんとか。人間って意外と丈夫なんですね」
「意外と丈夫で、意外と脆いんですよ」
簡単には壊れないくせに、ふとした拍子に崩れ去るのだ。心で繋がっていたはずの関係とかも、ぜんぶ。
傘に入れて、ゆっくり歩き出す。
「優しいんですね」
メイドさんが囁く。
「あなたも私と同じような顔をしているのに」
「…………っ」
ふいに駆け巡る動揺。
心の隙間をつつかれたような感覚だった。
「あなたには、私が必要ですか?」
「……そうですね。知り合ってしまった以上、少なくとも死なれたら後味が悪いです」
「そうですか」
俺に引かれるままだった手のひらが、ギュッと握り返される。
「それは……よかったです」
その声音はこれまでよりずっと柔らかくて、安堵に包まれているかのようだった。
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