第34話 妹と彼女


「あー、えっと、まず落ち着こう?」

「おにぃは騙されてる! 騙されてるの!」


 ダメだこの妹、まったく人の話を聞く気がない。


「だってあーんな美人がおにぃを好きになるなんてあり得ないもん! 明日世界が滅びるよりもあり得ないんだもん!」


 莉子は地団駄を踏みながら止む気配のないマシンガントークを仕掛けてくる。


「莉子。りーこ。莉子ちゃーん」

「むぐっ!?」


 莉子の頬をむりやり両手で包んだ。


「お願いだから、落ち着いてくれ」

「…………〜〜っ、うん……」


 しっかり視線を合わせて訴えると莉子はしゅんと脱力して、大人しくなる。縮こまって、その場に正座した。俺も正面に腰を下ろす。


「久しぶり、莉子」

「……うん、おにぃも、お久しぶり、です」


 すっかり萎縮して畏ってしまった。


「ちゃんと学校行ってるか?」

「まぁ、それなりです」

「そっか」

「……うん」


 莉子の興奮が収まった影響か、会話が続かない。よくある現実的な兄妹の距離感だ。


「あー、えっと、ちょっと大人っぽくなったな?」

「え、そう? そうかなぁ。えへへ……」


 莉子は高校生になって、少し背が伸びたらしい。雰囲気も女性らしくなってきた。

 しかしその歯に噛んだ笑い方は俺のよく知る幼い妹そのものである。


「で、なんだっけ。俺と永遠さんの関係を疑ってるのか?」

「……あ、そ、それもある、けど……」

「ん?」


 莉子は深刻そうな顔で押し黙り、ゆっくりと口を開く。


「……そもそも、前の彼女はどうしたの? おにぃは……あの人と結婚するんだと思ってた」


「ああ、それか……」


「おにぃあの人のこと好きだったじゃん。あの人だっておにぃのこと好きで……だから、わたし……」


 俺が永遠さんを連れてきている以上、莉子だって理解しているのだろう。それでも青ざめながら震えるような声で追及する。


 高校の頃、家族の中で莉子にだけは彼女ができたことを話した。

 だからこそ、ちゃんと言わなけれならない。


「別れたよ、あの人とは」

「……そう、なんだ」


 まるで御伽の夢を壊されてしまったかのように、莉子は落胆して俯いた。


「なんて顔してんだよ」

「だって、おにぃ……」

「大丈夫。もう乗り越えたから」


 笑って、莉子の頭を撫でる。


「俺には、永遠さんがいてくれるから。もう大丈夫なんだ」


「とわ、さん……」


 莉子は流れそうになった涙を両手でぐしぐしと拭き取り、鼻水をズビッと吸い直した。

 そして姿勢を正して、俺を見つめる。

 

「本当に騙されてないの? 美人局とか」

「ないない」

「うちの遺産狙ってるとか」

「うちにそんなお金はありません」

「そ、そうだよね……でも……」

「心配してくれてありがとうな」


 情けない兄を持つと妹だって大変なのだろう。優しい妹に、最大限の感謝を伝える。


 すると莉子はぷいと顔を背けた。


「し、心配とかしてないし。将来わたしのお姉ちゃんになる人だから、気にしてるだけだし……」


「うん。それならちゃんと、自分で確かめてみるといい」


「え……?」


「きっと仲良くなれるよ」


「…………わかった」


 

 と、そんなところで兄妹の問答は終わりを告げた。

 さっそく莉子を連れて部屋を出る。

 永遠さんと母さんがいるであろう一階を目指して、階段へ。


「ちょ、ちょっと待って。おにぃ」

「どした?」


 先行していた莉子はキュッと足を鳴らしてその場に留まる。


「よく考えたらわたし、すっごく失礼なのでは……!?」


「は?」


「だ、だってわたしずっと部屋にいたし! それどころかずっとチラ見してたし! なんでさっきお母さんたちと一緒に挨拶しなかったんだって話じゃん! 今更とかちょー失礼じゃん!」


「永遠さんはそんなこと気にしないと思うよ」


 むしろ進んで挨拶に行こうとしていたくらいだ。ちょっと不安になったりもしていたが、それは莉子が顔を出すことで自ずと解決する。


「で、でもぉ……わたしって家族以外と喋るの苦手だし面白くないし可愛くないしぃ……!」


 結局のところ、問題があるの莉子の方だった。うちの妹は生粋の内弁慶であり、緊張しいのビビりなのだ。一時期は人間関係に苦しんで、引きこもり気味だったこともある。


 今も様々な理由をつけて、永遠さんとの初対面から逃げようとしていた。

 

「いいから行け」

「わ、わ。押さないでよおにぃ! 階段おちるぅ!」

「落ちない落ちない」

「落ちるぅ!?」


 むりやり背中を押して一階へ降りる。


「俺も一緒にいるから」

「…………うぅ」


 手を引いてやると、莉子は渋々ながらも抵抗しないで着いてきた。


「あら……? そちらの方は……」


 キッチンにいた永遠さんがこちらに気づいて銀髪を揺らしながら振り向く。


「…………っ」


 隣の莉子が唾を飲むのがわかった。見るだけでわかるくらいに身体がカチコチだ。


「あ、……、あにょ……! 〜〜、噛んだぁ……もぉダメだぁ……おしまいだぁ……」


 力強く息を吸った決死の第一声を失敗して、涙目になってしまう。

 

 思わず苦笑いしてしまうが、あれだけへっぴり腰ながらも自分から話そうとしたことは賞賛に値する。ここからは兄としてサポートを——そう思ったその時、永遠さんと視線が重なる。


 それだけで俺の出番はないのだと悟ってしまった。


「初めまして、莉子さん」


 永遠さんはニコッと笑って、莉子の前へと歩み出る。


「私はお兄さんの恋人の、白雪永遠と申します。気軽に永遠ちゃんって呼んでくださいね」


 こうして、自慢の彼女と可愛らしい妹の初顔合わせは行われた。

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