第33話 休憩
「ここが伊月さんのお部屋ですか」
挨拶の後は2階の俺の部屋へ移動した。
永遠さんの部屋も用意してもらうつもりだったが、本人の希望もあって一緒に寝ることにった。シングルベッドで身を寄せ合うのは引っ越し前以来で、少し恥ずかしいが期待もある。
ここは雪の降りしきる寒い街。2人で寝れば身も心も温まるだろう。
「綺麗にしていただいているのですね」
「母さん、そういうところマメだから」
「愛ですね」
「そうかな」
直球な物言いにたじろいでしまう。
しかし1年以上帰らなくても埃一つない部屋を改めて見ると、母さんに感謝しなくてはならないと感じた。
「なんだか、安心する匂いがします……」
永遠さんは両手を広げて深呼吸する。
「はぁ……」
言葉の通り、とてもリラックスした様子だ。
自分の部屋を嗅がれるのはかなりむず痒いが、我慢した。
「……………………」
そして直後、永遠さんはぺたりとカーペットの敷かれた床に腰を落とした。
「と、永遠さんっ? どうかしたっ?」
「伊月さぁん……」
力の抜けた瞳は物欲しそうにゆらゆらと揺れる。
「ギュッってして」
「永遠さん……?」
「いいから。ギュッってしてください」
「りょ、了解です」
俺は膝を曲げて屈み、永遠さんを抱きしめる。ちょっとだけ冷たくなった身体。温まるように、抱く力を強くした。
「お疲れ様」
「とても、嬉しかったです……お父様とお母様に認めていただけて」
「俺はちょっと恥ずかしかったけどね」
永遠さんがあんなにも真摯に語ってくれたからこそ、2人の信頼を得られた。
まぁ、もう少し俺の出番が欲しかったところではありますが……男として。
「少し泣いちゃいそうでした」
「それは俺も気づいてた」
「今、泣いてもいいですか?」
「好きなだけ泣いていいよ」
「……ありがとう、ございます」
しばらくの間、永遠さんは感慨を噛み締めるかのように静かに涙を流した。
両親の前であんなにも格好良かった恋人を抱きしめてあげられる。甘えてもらえる。それはそれで彼氏冥利に尽きることだろう。
その後、永遠さんには俺のベッドで眠ってもらうことにした。
ずっと体を強張らせていた緊張からようやく解放されて、安心したのだろう。すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。
その寝顔を見たりしながら過ごしていると、あっという間に夕方になる。
「ん……?」
ふと、スマホにメッセージが届く。
「あいつ……何のつもりだ?」
せっかく帰ってきたというのに、未だ顔も見せないかと思えば……。
「んん……伊月さん……?」
「ごめん、起こした?」
重い腰を上げて立ち上がると、永遠さんが身じろいで目を覚ましてしまった。
「いえ……伊月さんの香りに包まれて、ぐっすり眠らせていただきましたので……♪」
目元をこすりながら身体を起こした永遠さんはいくらかスッキリとした顔をしていた。微笑みも柔らかくて可愛らしい、いつもの彼女だ。
「もう夕方ですね。どこかへ行くのですか?」
「なんか妹に呼び出されちゃって」
「妹さん? いらっしゃるのですか?」
「ずっと部屋にいたみたい」
「それなら私もご挨拶に伺います」
「いや、それがなんか俺1人で来いって話で」
メッセージにはそう記されていた。
「……私が何かしてしまったでしょうか…………」
「そういうことはないと思うよ。ちょっと気難しいやつだから、恥ずかしがってるんじゃないかな」
「そうだと良いのですが……」
「まずは俺が様子を見てくるから、安心して」
「……わかりました。よろしくお願いします」
永遠さんはわずかに気落ちした様子を見せたものの、すぐに切り替えて微笑みを漏らす。
「では、私は少しお義母様とお話ししてきてもよろしいでしょうか」
「それはもちろん」
さっきは父さんばかり出しゃばっていたから、ちょうど良いだろう。
「そろそろ夕飯の準備してるだろうから、手伝ってもらえると助かるかも」
「お任せください」
得意分野です、と意気揚々に言って立ち上がる。
「お義母様の味、ばっちり盗んで参ります」
ちらっと悪戯に笑って、永遠さんは階下のキッチンへ向かった。
したたかで料理上手な彼女ならきっとすぐに母さんと打ち解けることだろう。
「さて、俺も行きますか」
自室を出て、隣の部屋の前へ。
「莉子ー? 入るぞー?」
ノックと共にそう言って、ドアを開けた。
「——おにぃ!」
するとその部屋の主は、第一声からピシャリと甲高く叫ぶ。
「おにぃは絶対、騙されてる!」
偉そうに腕を組み、仁王立ちする彼女こそが俺の妹——
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