第31話 銀色で煌めく

 その後は朝食を食べ、準備を済ませてから駅へ向かった。


 新幹線の切符を指定席で2人分購入する。


「無事に切符を買えてよかったですね」

「まだ帰省には早いからね。もう少ししたら自由席でも座れないくらいになるよ」


 クリスマス直後の駅はまだ、年末の空気を纏っているというほどでなかった。

 実家でゆっくりしたいというのもあるが、単純に電車疲れしたくないから早く帰ることにしたというところもある。

 今ならまだ、余裕を持った帰省がをすることができるだろう。


「新幹線で2時間半、ですか……なるほど、これが私の心を整える期間になるのですね……」


 未だ緊張している様子の永遠さんは青い顔をしている。まるで処刑を待つ囚人であるかのようだ。

 ちなみに永遠さんはさすがに普段のメイド服姿ではない。彼女的にはメイド服こそが自分の正装だと言って聞かなかったが、気が動転してるいるように見えたのでどうにか説得して、真っ当に落ち着いた基調の冬服を着てもらった。


「永遠さん?」


 ギュッと、手のひらが温かくなる。


「ずっと、握っていてくださいね」

「もちろん。それで永遠さんの不安が少しでも拭えるなら、いくらでも」


 恋人らしく手を握り合いながら、新幹線に乗り込んだ。


 そして予定通り、2時間半後——。


「うわ、さむっ」


 新幹線から降りた瞬間、都内とはまるで異なる冷気が肌を襲った。


「雪、降ってますね」


 永遠さんが駅の外を指さす。


「マジかー。いつもはあんまり降らないんだけどなぁ。積もるのは年明けからでさ」

「ホワイトクリスマスだったんでしょうね」

「それはちょっと羨ましいかもね」


 何気なく話しながら、改札をでる。


「どうしようか」


 家までの距離が遠いわけではないので歩くつもりだったところに、この雪景色だ。

 タクシーを使うのも一つの手だろう。


「私は歩いてみたいです。雪、好きなので」

「そっか。じゃあ行こう」

「はい」


 滞在中に冷え込むことも想定して防寒対策はしっかりしてきていた。


「わぁ」


 新しく降った雪の上に足跡を付けると、永遠さん嬉しそうに微笑む。


「このザク、ザクっていう音が楽しいですよね」


「あはは、そうだね」


 俺にとって雪は身近なもので、成長するにつれて煩わしいものでしかなくなってしまった。


 しかし雪ではしゃぐ恋人が可愛らしいことには変わりない。雪、大好きだ。


「今、子どもっぽいと思いましたか?」

「そんなことないよ。可愛いなぁって思っただけ」

「雪国育ちの方には分からない感覚なんでしょうね。この銀世界のありがたみは」


 そう言って不貞腐れたようすを見せた永遠さんは次の瞬間、身体を密着させてきた。


「……もっとくっついた方がいいですね」


 ふわりと甘い恋人の香りが舞う。

 厚いコートの上からだというのに、お互いの温度が心で伝わっているような感覚。ともすればヤケドしてしまいそうなほどの熱さだ。


「歩きにくくない? 転ぶよ?」

「恋人と身体を温め合いながら仲睦まじく雪道を歩く、その素晴らしさを教えてあげます」

「それは……」


 久方ぶりに、昔のことが脳裏をよぎる。


 そうか、ここは地元。


 永遠さんと出会う前の全ての過去が始まり、眠っている場所だ。


 当然、別れを告げた彼女とも、この地から始まった。


 今は、そして、これからは永遠さんがいる。


「……ご教授、お願いします」

「ええ、思い知らせてあげましょう。ただし、転びそうになったらすぐに助けてくださいね?」

「その時はたぶん俺も一緒に転ぶよ」


 雪道では足の踏ん張りが効かない。密着している永遠さんが転ぶのなら、俺もそれに付いていくだけだ。


「……それもまた、悪くないかもしれませんね」


 もしもその時が来たらせめて、永遠さんの下敷きになれるように努力するとしよう。


 雪道を転ばないように寄り添いながらゆっくりと20分ほど歩いて、実家にたどり着いた。


「ここが、伊月さんの……?」

「そう。ごめんね、ボロっちくて」


 実家が太いわけでもないため、決して造りの良い一軒家ではなかった。


「いいえ。とても味のある、良いお家だと思います」

「ものは言いようだね」

「将来暮らすかもしれない場所を悪く言うことなどありませんよ」


 ニコッと悪戯に笑う永遠さん。


 これなら、もう行けるかな……?


「じゃあ、入ろうか」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

「永遠さん?」

「す〜〜〜〜〜っ、は〜〜〜〜〜っ」


 永遠さんはその場に立ち止まり、大きく両手を広げて深呼吸する。


「……準備オッケー?」


 しばらく待ってから折を見て、尋ねる。


「す〜〜〜〜〜っ、は〜〜〜〜〜っ」

「2回目いったかぁ」

「す〜〜〜〜〜っ、は〜〜〜〜〜っ」


 3回目。4回目、5回目と続く。

 永遠さんの緊張はやはり想像を絶するモノだ。先程までは強がっていたであろうことがありありとわかる。


「永遠さん」


 俺は一歩、彼女に近寄るとその華奢な身体を抱きしめる。


「大丈夫。言ったでしょ、俺が付いてる」


 カチコチに固まってしまった身体を溶かせるように、熱い抱擁を交わした。

 震えているようだった永遠さんの身体が少しずつ、落ち着いてゆく。


「……ダメですね、私は」

「そんなことないよ」


 むしろ俺は嬉しいのだ。

 こんなにも余裕がなくなるほどに、彼女が俺と未来を歩みたいと願ってくれていることが。


「……孤児院に行った時のこと、覚えていますか?」

「うん」

「あの時の伊月さんは、格好よかったです」

「いや、あれは夢中でさ……自分でも何を言ったか覚えてないくらいで……」


 あの時はただ、永遠さんの過去をそのままにしておけないという衝動のままに動いた結果だ。静流さんに証人になってもらうことの意味もあまり考えられていなかったし、全て勢いでやってしまった感が強い。たまたま、良い方向に話が進んでくれたと言うだけだ。


 それに対して永遠さんは考えて、自分を客観視して、悩んで、苦しんで、それでも一歩踏み出すための勇気を振り絞ろうとしている。

 俺なんかより大人だからこそ、出来ることだ。


「私も、しっかりしなければいけませんね」


 そう言って、永遠さんは俺の抱擁をゆっくりと解いていく。


 それから俺と顔を見合わせて、頷いた。


「行きましょう」


 その瞳にもはや一縷の迷いもなく、


「私はあなたと一緒になるために、ここへ来たのですから」


 降りしきる雪の中で煌めく白銀の髪は、この銀世界の何よりも美しかった。

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