第17話 メイドさんのいる朝
「…………っ」
朝目覚めると、ベッドに永遠さんの姿はなかった。
しかしそれは、いつものこと。
俺が彼女より早く起きれることなどほとんどなかった。
だから、彼女はキッチンに——
「…………いない、か」
狭い部屋の中で、それ以上探す場所など見つからない。
この部屋に、俺はひとりきりだ。
彼女の甘い香りと、わずかに増えてきた私物を残すのみ。
ああ、これは、
「やっちまったーーーー!?!?!?」
頭を抱えて叫ぶ。
何が犯すだレ○プするだ!?
冴えない顔でそんなこと言ったらどんな女性も裸足で逃げ出すよ!?
「はぁ…………」
告白を拒絶されることは、うすうす予想していた。だから、それ自体にショックはなかった。
問題は、その先なのだろう。
『堕としてください。私の、心を——』
俺はその言葉に応えられなかった。
元彼女のときと、同じで。
俺は何も変わっていない。
好きな女の子ひとりの想いを繋ぎ止めておくだけの男としての甲斐性さえ、俺にはない……
「——伊月さん? なにか大きな声が聞こえた気がしたのですが、どうかしましたか?」
「……へ!?」
「もし、その……クモですとか、Gとかが出たのでしたら申し訳ありません。私はお役に立てないのですが……」
彼女はいつも通り、飄々としたようすで玄関の戸を開けて部屋へ入ってくる。
「永遠、さん……?」
俺は思わずその美しい銀髪と整った顔立ちを見つめてしまう。
ああ、今日も今日とて、メイド服が素晴らしく似合っている。
「……? はい、永遠さんです。あ、永遠ちゃんです」
「永遠ちゃん?」
「ええ、永遠ちゃんですよ?」
永遠さんはベッドの方までやって来ると、不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「泣いていたのですか?」
「っ、え!? な、泣いてなんかいないよ!?」
泣いてないはずだ、たぶん。
知らぬ間に勝手に流れていたのだとしたらそれは、心の汗に他ならないだろう。
「そうですか。それなら、よかったです」
そう言うと、永遠さんはなぜか俺の頭をポンポンと撫でる。
心地よくて身を委ねてしまいそうになるが、俺は妙に気恥ずかしくなって、気丈に首を逸らした。
「……どこに行ってたの?」
「ゴミ捨てに行っていました」
「あっ、そう……なんだ」
拍子抜けな返事に身体の力が抜けていく。
「さぁ伊月さん。はやく朝ごはんに致しましょう」
永遠さんは少々急かすようにして、俺の手を握ってベッドから立ち上がらせた。
「どうしてそんなに急いでるの? 今日は休みだよ?」
ゴミ捨てだって、普段なら朝食の後にしていたはずだ。
「何を言っているのですか、伊月さん」
不満そうにぷぅっと頬を膨らませる。
「私たちの新しいお部屋を探すのでしょう?」
「え……」
「お部屋探しを舐めてはいけません。ネットで探すのも良いですが、やはり自らの足で赴き、自らの目で見て決めなくては」
永遠さんはゆったりとした口調で、ぴんと指を立てながら説明した。
そして、ふんわりとした笑みを見せる。
「今日は忙しくなるんですからね♪」
それはどこか清々しいような香りのする、綺麗な笑顔だった。
「……はは。あははっ」
俺の口からは自然と、笑い声が漏れる。それこそ、涙が出てしまいそうなほどに。
「そうだね、永遠さん」
愛おしい人の手をぎゅっと握り返す。
「探しに行こう。俺たちの暮らす部屋を」
「はい……♪」
秋口の空は、まるで俺たちを迎えてくれているかのような晴天だった。
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