第16話 ひとりで生きられないから
「ただいま~っ」
ほろ酔い気分のまま上機嫌で帰り着く。
先に寝ていてもいいとは伝えてあったけれど……
「おかえりなさいませ、伊月さん」
いつも通りのメイド服姿で永遠さんは迎えてくれた。
お嬢様して、にっこりと微笑んでくれる。
「永遠さんただい――――っま、!?」
嬉しさのあまりただいまを繰り返そうとすると、永遠さんは俺の頭へ手を伸ばして抱え込むように引き寄せた。
「……永遠さん? どうしたの?」
柔らかな心地に惑わされそうになりながらも訊ねる。
「メイドだって、ご主人様の帰りが遅ければ寂しくなるんですよ」
そう囁いて、永遠さんはギュッと抱きしめるチカラを強めた。
優しく温かな抱擁。甘い香りで頭がくらくらして、おかしくなってしまいそう。
「今夜もご奉仕……いいえ、今夜は、私が甘えてもよろしいでしょうか」
「もちろん。大歓迎だよ」
飲み会が終われば、メイドさんと2人きりの夜が始まる。
・
・
・
——数時間後。
「……永遠さん、ふたりで住む部屋を探さない?」
すっかり酔いが冷めても、俺の決意は変わっていなかった。きっと、酒ではない何かに酔っ払っているのだろう。
「……? もうふたりで住んでいますよ?」
ベッドで隣に寝転ぶ永遠さんは首を傾げた。
「新しくってこと。ここは狭いしさ」
「それでしたら、私は気にしませんよ。狭いのも、好きです」
そっと腕を取って距離を縮める永遠さん。
いつだってすぐそこで触れ合える。
そういう良さはもちろんあるし、俺にとっても捨てがたいとは思う。
「でも、ここはボロいから虫が出るよ?」
「うっ、そ、それはたしかに……そうですね……」
とたんに眉をひそめる。
虫だけは彼女の天敵だ。
「……で、ですが、どうして急にそんな話を?」
「それは……」
一拍おいて、俺は永遠さんを見つめた。
「お試し期間を終わりにしようと思ってさ」
「え……?」
瞳を見開き茫然とする彼女の手を握る。
「好きです。俺の恋人になってほしい」
「伊月、さん…………」
瞬間、彼女の表情に映った感情。
それは複雑なものだった。
所詮は他人でしかない俺には、決して読み解けない。絡み合う感情の渦がそこにはある。
だけど、純粋な喜びでないことだけは分かった。
「私は……伊月さんの恋人にはなれません。いえ、誰の恋人にだって、なれません」
キュッと胸が締め付けられる。
「……どうして?」
「……………………」
その時、俺は思い出した。
あの夜、彼女に誘われるまま夜を共にした。
それ以来、目を逸らし続けてきた。
「……私は、弱い人間なんです」
どこか陰のある、曇った瞳。
それが今、はっきりと俺の視界に映る。
「誰かに寄生していないと、依存していないと、生きていくこともできない。弱い人間。メイドをしているのだってそう。誰かに必要とされていないと、私は自らの存在意義を得られないのです。主人に捨てられ、誰からも求められず、ひとりでいるくらいなら、それこそ死んだ方がマシだと思うほどに」
淡々と語るその瞳の色が失われていく。
ああ、そうだ。そうだった。
あの夜、雨に打たれるメイドさんはこんな、死にそうな顔をしていた……。
だけど、だからこそ、この話を聞いて、俺は思うのだ。
「私は、自分が生きるために他人を利用しているのです」
「そんなの、当たり前のことじゃないか。ひとりで生きられる人間なんていないよ」
この人はどこまでも、優しい人なんだなって。
「でも、伊月さん。私はあなたのことだって、べつに好きではないのですよ? ただ、優しいあなたに寄生しているだけ……」
「それでも俺は救われたよ」
「……っ!?」
俺のことをそんなふうに持ち上げているくせして、本当に優しいのは永遠さんだ。
俺が救いを求めているのを察して、彼女は尽くしてくれたのだ。
彼女がどんな人生を送ってきたのかなんて俺には到底分からないけれど。
メイドとして、誰かのために生きられる彼女のことを俺は本当に好ましく思う。
たとえそのことを彼女自身が負い目のように感じていようとも、彼女が人に尽くすために身につけたその技術と心延えだけは決して嘘じゃない。
「一生俺に寄生してよ。依存してよ」
「な、なにを言って……」
「それでいいよ。いつか、好きにさせてみせる」
「————んっ!?」
俺は少しむりやり気味に、永遠さんの唇をふさぐ。
そして彼女の上に覆い被さった。
「俺はもう、永遠さんを離さないって決めてるから」
「わ、私は……私が、誰かと恋仲になるなんて……」
後悔は繰り返さない。
それは、別れてしまった彼女が教えてくれた唯一のことだ。
好きになった女性をもう2度、失いたくない。
俺だってもう、ひとりで生きられないから。
永遠さんと、ずっと一緒にいたいから。
「これから、永遠さんを犯す」
「え………?」
「口で言ってもわからないみたいだからね。身体で理解してもらうことにするよ」
「……私を、レ○プするんですか?」
「そういうこと」
こんな乱暴な方法しか取れないなんて。
俺こそ自己嫌悪で死にたくなりそうだ。
だけど今ここで彼女を手放してしまったら、それこそ俺はもう悲しみを振り切れないと思う。
永遠さんの曇った瞳をまっすぐ見つめる。
すると彼女は、ふっと表情を柔らげて笑みを見せた。
「……そうですか」
まるっと全てを受け入れたかのように全身の力を抜いていく。
「それはとてもとても、わかりやすいですね……」
そしてあろうことか、俺の背中へと両手を回した。
「お願いします、伊月さん」
蠱惑的に、囁く。
「堕としてください。私の、心を——」
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