第15話 決意
「……よっし」
大学の授業を終えた夕方。
俺は元彼女の部屋にやってきていた。
あたりに人がいないのを確認して、俺の部屋に取り残されていた彼女の荷物を置く。
「これでけじめはつけた」
薄い扉の向こうからはかつて聞き慣れた声に混じって、知らない男の声がした。
☆
「「かんぱーい!」」
夜になると、坂巻と共に居酒屋へ赴いた。
彼女と別れた件で心配させてしまったお詫びだ。
それと同時に、俺の中で少し意識が変わったことの表れでもある。
――友達という関係性は、伊月さんの努力によって永遠に繋いでいくことができますから。
坂巻とは大人になってもずっと、良好な関係でいたい。
「ぷはー! うめぇ!」
大ジョッキを一息で半分ほど飲み干すと、坂巻は満足そうに笑顔を浮かべてうなる。
「でもよかったのかよ、メイドさん置いてきて」
「永遠さんにはちゃんと言ってあるから。ぜひふたりで楽しんできてくださいってさ」
「そか。じゃあメイドさんの分まで楽しまねえとな!」
「おう。かんぱい!」
意味もなく再び杯を合わせる。
「うぇーい!!」
永遠さんと過ごすしっとりとした時間はもう最高としか言いようがない。
しかしたまには、男だけの騒がしい時間も悪くない。
部屋で一人きりになってしまう永遠さんには申し訳ないけれど、坂巻の言う通りその分まで楽しもう。ダラダラとは飲まず、早めに帰る。
「でさーこの前の合コンも全然ダメ。あー俺を理解してくれるブロンド美女は一体どこにいるんだろうな~」
「それは……とりあえず日本にいる限り可能性は限りなく低いんじゃないかな……」
銀髪美人と暮らしている俺が言うのもおかしな話ではあるが。
「そっかー。そうだよなー。やっぱ世界か。世界が俺を待っているんだぜ!」
そう言って叫ぶと、坂巻はテンションをぶち上げて酒を煽った。
しばらくはそんなふうにバカな話を繰り返して、時間が過ぎていく。
そして、イイ感じに良いがまわって来たなというころ。
「……で~? 実際のところ、どうなんだよ」
「どうって、なんのこと?」
「決まってんだろぉ!? メイドさんとおまえの関係だよ! か・ん・け・い・!」
据わった目でこちらを見つめる坂巻。すっかり出来上がっていた。しかしその瞳はどこか真剣だ。
「そりゃあメイドさんだよ。永遠さんも言ってただろ、ただのメイド」
両手を仰いで告げる。
実のところ俺も、この話がしたかった。
いや、自分からはとてもじゃないけどできないから、坂巻に聞いて欲しかったのだ。
「そんなんわかってるよ。わかってるが、そういうことじゃなくてだなぁ……」
坂巻はガッと勢いよくジョッキを掴むと何杯目かのビールを流し込む。
「おいおい、飲みすぎじゃないか?」
「そんなことはどうでもいいんだよ!」
掴んだ時と同じ勢いの良さでジョッキを叩き置く。
「おまえ自身はどう思ってるんだ! 楠原! おまえはメイドさんと、どうなりたいんだよ!」
「……っ!」
坂巻は俺の肩を掴んで、まっすぐに見つめる。
嘘や誤魔化しは許さないと、視線で訴えてくる。
そしてこの言葉に一切の野次馬根性はなく、本当に俺のことを思ってのことなのだ。
だからこそ俺は坂巻と友人で良かったと思うし、これからもそうでありたい。今は気を遣わてばかりだが、いつかは力になりたいとだって思う。
俺もまた、ジョッキの中身を一気に飲み干した。
それから熱くなった頭のまま、語る。
「……永遠さんのことが好きだ。恋人になりたいって、本気で思ってる」
「よく言った」
坂巻はにっと笑った。
言葉にすることで、ようやく心が固まる。
「ああ、ありがとう」
「なんてことねえよ、バカ野郎」
今のメイドと主人という関係はたしかに心地いい。もし壊れてしまっても、メイドさんがいなくなるだけ。あの苦しみをもう一度味わうようなことにはならない。
ただただ尽くしてもらって、幸せで、そして、安心する。
恋人になってしまったら、いつか別れた時の悲しみが膨れるだけなのかもしれない。
もしかしたら、メイドに拘る彼女はそんな関係を求めていないのかも。
だけど、永遠さんとなら……。
その心に、あと一歩、踏み込みたい。
俺は今夜、その決意を固めた。
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