第8話 メイドさんと友人

「今日の授業はここまで」


 チャイムが鳴って、本日の授業が全て終了した。


「は〜、終わった終わった。帰ろうぜ、楠原〜」


 坂巻と連れ立って講義室を出る。


「今日バイト?」

「いや、直帰」


 ここ数日は永遠さんのとこもあるし、休みがちになっている。


「そか。まぁそういうのも悪くないわな」


 俺が彼女と別れたということもあって、最近の坂巻はすっかりしおらしい。

 もしかしたら、坂巻にとってもそれなりにショックだったのかもしれない。

 

 やっぱりそのうち呑みにでも行ってパーっと騒いだ方が後腐れなさそうだ。


 その時は、逆に俺が奢ろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、キャンパス内の生徒たちが俄かに騒めきだしていることに気づいた。


「なんだ? なんかのイベント?」


 坂巻も周囲のようすを察知して、周りを見渡す。


 しかし催しのような物は見当たらないし、そんな予定も聞いた覚えがない。


 近くの生徒の会話に耳をそば立てる。


「ねぇねぇ、あれヤバない?」

「え、なになにあれ。メイド? コスプレー?」


 視界の隅では、何やら校門の方を指さしていた。


「めっちゃ美人じゃね?」

「写真撮っていいかな!?」

「やめなってそれふつうに盗撮」


 俺も校門へと視線寄せる。


 するとそこには、案の定というべきか見覚えのあるメイド服の銀髪美人——白雪永遠しらゆきとわさんがいた。


「——伊月さんっ」


 校門脇に直立して控えていた彼女は俺に気づくとパッと表情を華やがせる。


「おかえりなさいませ」


 こちらへやって来ると折り目正しく礼をした。


「え? あの子のお付きなの? ガチのメイドさん?」

「いやいやそういうプレイでしょ?」

「でもそれにしては完成度高くない? 動きがもうプロだよプロ! メイド喫茶と全然違うもん! 綺麗だし可愛い!」

「え、あんたメイド喫茶とか行くの? テンションもなんか怖いし……」


 他の生徒たちにも騒ぎが伝播していく。


「と、永遠さん、どうしてここに?」


「本日は手隙でしたので、お迎えに上がりました♪」


 銀髪を揺らしてニコッと笑う。純粋に可愛い。


「そ、そっか」

「迷惑でしたか……?」


 うっ、この上目遣いには敵わない。


「い、いやいや! そんなことないよ! むしろ嬉しいし!」

「それなら良かったです」


 授業が終わってすぐに永遠さんと会えたのはたしかに嬉しい。


 だが、永遠さんが好奇の視線に晒されるのはいただけない。彼女自身はまったく気にしていないようだが、俺がモヤモヤするのだ。


「お、おい楠原。どういうことだよこれ。誰だよこの素敵可愛いメイドさん」


「あ、ああ、ごめん。今紹介するよ」


 坂巻にはちゃんと言っておくべきだろう。


「こちら白雪永遠さん」


 2人の間を取り持つ。


「伊月さんのメイドをしております、白雪永遠と申します」


「く、楠原のメイドぉぉ……!? い、一体何がどうなってそんなことに……!?」


 坂巻は驚きを隠せないようすで大袈裟にリアクションした。


「ま、まぁそれはおいおい説明するよ」


 苦笑いしながらも今は流しておく。


「で、こっちは坂巻圭吾。一応俺の友達」


「坂巻です!」


「坂巻さんですね。よろしくお願い致します」


 永遠さんは相変わらず恭しくお辞儀した。


「ふぉぉ……マジだ。マジもんのメイドさんだぁ。こんなに綺麗な人が楠原のメイドとか……羨ま——いや、けしからん! けしからんぞ楠原!」


 坂巻は感激したのち、怒りをあらわにする。しかしそれもひと時のことで、ふっとため息を吐いた。


「はぁ、なるほどなぁ。こんなメイドさんがいたらそりゃ、立ち直りも早いわけだわ」


 それからひとり納得したかのようにしみじみと呟くと、


「あの、ええと、白雪さん……でいいですか?」


 改まった態度で永遠さんと向き直った。


「楠原のこと、よろしくお願いします!」


 そして、深く頭を下げる。


「お、おい坂巻。何してるんだよ」

「いいからおまえは黙ってろ!」


 坂巻はぴしゃりと言い放つ。


「よろしくお願いします。本当に。コイツをもう悲しませないでやってくれ」


「…………はい」


 小さく返事をする永遠さん。

 その声には芯の通った美しさがあった。


「任されました。メイドとして、主人を悲しませることは致しません」


「ありがとうございます! じゃ、じゃあ俺はこれで!」


 言うだけ言うと、坂巻は満足そうな笑顔を浮かべながら大きく手を振って走り去った。


「ああー!! 俺も彼女欲しーーーー!!」


 遠くなった影からは、そんな叫び声が聞こえて来た。


 いや、彼女ではないんだけど……。



 その後、帰り道を永遠さんと共に歩く。


「よいお友達ですね」

「そうかな。うるさいだけだよ」

「……ふふ」


 どこか儚げに永遠さんは笑う。


 ——家族とか、友達とかは?

 ——いません。


 そうか、永遠さんには家族は愚か友達すらも……。


「大事にしてあげてくださいね」


 永遠さんは続ける。


「恋人には決定的な破局があるかもしれません。事情があって別れなければならないかもしれません。でも……友達という関係性は、伊月さんの努力によって永遠に繋いでいくことができますから」


「……そうだね。ありがとう。なんだか大切なことに気づけたような気がする」


「メイドですからね。主人を導くのも仕事です」


「そうなんだ?」


「はい♪」


 パッと明るい笑みを見せてくれる。


「これから社会に出て、大人になっても、ずっとずっと変わらぬ関係であれるといいですね」


「そうだね。いや、そうするよ。俺が。きっと」


 坂巻とは一生、友人をやっていこう。


 そして、隣にいるメイドさんとも……。


 彼女にとっての家族や、友人のような存在に、俺がなれたらいいなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る