第12話 メイドさんとサシ飲み

「へいらっしゃい!」

「どうも」


 居酒屋の暖簾をくぐると、顔馴染みの店長が迎えてくれた。


「って小僧かよ——うぉぉぉおおおおおお……!?」


 と同時に唸り声をあげる。

 俺の後ろにいる永遠さんに気づいたのだ。


「この前はひとりでえらく凹んでたと思ったら、またべっぴんさん連れて来たもんだなぁ」


 そう言えば先日彼女と別れた夜に来たのもこの居酒屋だった。すっかり忘れていて、少し後悔する。


 ここは大学生になって以来俺の隠れ家的な場所で、時折ふらっと訪れては酒を飲んでいた。


 酒もご飯も美味くて、店主も気さくで居心地がいいのだ。


 人を連れて来るのは、今日が初めて。


「なるほどねぇ……」


 ニヤニヤとしながら俺と永遠さんを見比べる店主。


「いやあよかったよかった。そう言うことならおめぇ、今日は最初の一杯、俺が奢ってやる」


「いや、そういうのいいんで。なんか勘違いされてる気もしますし」


「そう言うなって。2名様、ごあんな〜い!」


 カウンターに通される。

 永遠さんと隣同士に座った。


「小僧は生でいいよな?」

「とりあえず」


 俺は基本的にビールからだ。


「メイドの姉ちゃんはどうする? うちは何でもあるぜ〜?」


 永遠さんって何を飲むんだろう。

 ビールジョッキをグビっといくのはちょっとイメージと違うが……。


「では、おすすめの清酒を頂けますか?」

「どういうのが好みだい?」

「なるべく甘口のものを」

「あいよ! それじゃあ肴もそれに合うもん出してやるよ!」


 店主はご機嫌そうに厨房へ下がる。


 こりゃあ注文しなくても次々と料理が出てきてしまいそうだ。


「永遠さんって日本酒が好きなの?」

「はい。スッキリとした甘い味わいが気に入っています」

「へぇ」


 実のところ、俺はまだあまり試したことがない。


「日本酒ってけっこうアルコール度数高いよね」

「ウィスキーなどよりは低いですが、そうですね」

「もしかして本当はお酒強い?」

「決して強くはありませんよ。だから……」


 永遠さんはそっと口を寄せる。


「お持ち帰りのチャンス、ですね♡」


「〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?」


 ふ〜っと耳元へ息を吹きかけられて、身体の芯からぞわぞわと痺れるような快感が走る。


「と、永遠さんっ、あまりそういう冗談は……そもそも俺たち一緒に住んでますし……!」


 持ち帰るも何もない。


「あら、そうなんですか? てっきり、私を酔わせてしたいことがあるのかと思ったのですが……♪」


 コロコロと笑う永遠さんの真意は掴めなかった。しかしからかい混じりのその言葉は俺の心の深い部分を刺激するばかりである。


 そんな会話をしていると、店員さんがビールと日本酒を持ってやってくる。


「じゃあ永遠さん、乾杯」

「はい、乾杯です」


 ビールジョッキとお猪口で小さく杯を交わす。


 背後のテーブル席なんかではサラリーマン達が盛り上がって大騒ぎしているが、俺たちは静かなものだ。


 だけどそれが心地よく感じた。


 俺はグッとジョッキを傾けて、ビールを喉に流す。


「ぷはっ、美味い」

「ふふっ。では、私も」


 俺が一口目を呑むのを見届けたのち、永遠さんはゆっくりと上品にお猪口を傾ける。


(ああ……なんか、いいな)


 うまく言葉にできないが、銀髪のメイドさんが日本酒を呑む姿はどうにもアンバランスで、だけど、どうしようもなく美しく映る。


 こくりと日本酒を飲み込んだ永遠さんはホッと息を吐く。


「美味しい?」

「はい。甘くてフルーティで、とても美味しいです」

「それは良かった」


 さすが店主おすすめ。


「日本酒ってどうしてフルーティって言うんだろうね? 果物とか入ってないでしょ?」


「それはたしか、日本酒を生成する際の発酵が関係しているのだとか。発酵によって、リンゴやメロン、バナナなどに含まれる成分と同じものが発生するようですね」


 永遠さんはさらさらと語ってくれる。


「へぇ、だからフルーティなんだ。永遠さんは博識だね」

「メイドには知識も必要なんですよ」

「さすがメイドさん」


 メイドって何でもできるなぁ。


「伊月さんより、少しだけ長く生きていますしね?」


 そう言ってから、永遠さんは何故かムッとする。


「…………少しだけですよ?」


「いや、言ってない! 俺は何も言ってないからね!?」


 スー○ァミの件を薄々気にしているらしい。


 女性に歳の話はタブーだ。

 いや、俺から話題にしたわけでもないけれど。この場合俺はどうすればいいんだ……。


 とにかく永遠さんを宥めた。



「日本酒、呑んでみますか?」


「え、いいの?」


「はい、もちろん」


 俺が気になっているのを察してか、勧めてくれる。

 有り難くお猪口を受け取ると、注いでくれる。

 度数が強いことはわかっているので、少量だけ口に含んで舌の上で転がし、飲み込んだ。


「あ、ほんとだフルーティ。果物入ってないのに、不思議だね」


「でしょう?」


「うん。もう一口いい?」


「もちろん。ああ、でも伊月さん、気づいていますか?」


 永遠さんは自らの唇をそっと指で押しながら、俺の唇を見つめる。


「間接キス、ですよ——?」


「なっ…………!」

 

 ボッと顔が熱くなる。

 一気に酔いが回ったみたいだ。って違うのは分かっているけど!


「いやいやいや、そんなことを気にするような歳でもないからね!?」


「そうなんですか? 真っ赤なお顔で可愛らしいのに……♡」


「〜〜〜〜っ、そんなことないから!? 二口目、いただきます!」


 グッと飲み込む。勢いが良すぎてお猪口の中身を全て流し込んでしまった。


 今度こそアルコールによってカッと顔が熱を帯びた。


 ふいに身体がふらふらと揺れる。


「あら」


 頭がボフっと永遠さんの胸元へ着地。


「柔らかい……」

「もう、甘えん坊さん」


 よしよしと頭を撫でてくれる。



「ちょっとからかいすぎましたね。酔いが醒めるまでこうしていましょうか」


 

 その後、店員さんが料理を運んできたタイミングで慌てて離れた。


 羞恥で悶える頭が冷えるはずもなく、永遠さんとの楽しい時間に酔いは回るばかりである。

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