第13話 その手を引いて

「お料理も美味しいですね」


 続々と提供された料理に舌鼓を打つ。

 永遠さんのお眼鏡にもかなったようで何よりだ。


 お酒もおかわりして、本格的に酔いが回り始めた。

 永遠とわさんの顔もほんのりと色づいて、艶やかな雰囲気を醸していた。


 休日の夜も本番を迎えて、周囲のお客さんの盛り上がりも増していく。


 そしてそれは必然、だらしない酔っ払いを生むということでもあり……


「なぁなぁ、メイドのねーちゃん。そんなところで飲んでないで俺と飲もーぜ?」


 美人な永遠さんをナンパしようという輩も現れる。


「あの、彼女は俺の連れなんですが。見えませんでしたか?」


 席を立って、永遠さんとナンパ男の間に割って入る。


「あぁん? おめぇみたいなしょんべん臭えガキにはつりあわねぇんだよっ」


「は?」


 思わず怒気が混ざってしまう。


「っ、とにかくどけやコラ。ガキはおウチでママのおっぱいでも飲んでろっての!」


 酔っ払って沸点が低くなったナンパ男は、俺がひと睨みしただけで逆上したかのように殴りかかってくる。


「なっ————っ!?」


 さすがにこの急展開は予測しておらず身がすくむ。


 直後、顔面が鈍い衝撃に襲われる……


「——そこまでです」


 ことはなかった。


 美しく澄んだ声が響く。


「お、うぉぉ……!?」


 永遠さんはナンパ男の拳を受け流すと、そのまま流れるように腕を取って関節を決める。


「イ、イテテテテテッ!? ギブギブっ!?」


「もうですか? 堪え性がないですね」


 永遠さんがパッと腕を離すと、ナンパ男は尻尾を巻いて自分の席へと戻っていった。


 それから永遠さんはこちらを振り向いて俺の身体をさわさわと手で確認する。


「お怪我はありませんか? 申し訳ありません、私のせいで」


「永遠さんのせいじゃないよ。むしろ俺の方が情け無いばかりで……ほんとごめん」


 スマートに助けられれば良かったのに。そんなスキルは俺にはない。


「あと、ありがとう」


 己の不甲斐なさに耐え忍びながらも、助けてくれた彼女へ御礼を言う。


「主人を助けるのはメイドの役目ですので。お休み中でしたが、不測の事態ゆえお許しください」


 そう言って、永遠さんは余裕たっぷりに微笑む。


「はは。……それにしても永遠さん、あんなこともできるんだね。俺なんかより全然強そうだ」


 あの様子なら俺が間に入る必要などまったくなかったのだろう。これじゃ俺こそ道化だ。


「メイドとして、護身術は修めております。ですが、強くはありませんよ」

「え?」

「チカラでは男性に敵いません。男性に言い寄られれば、やはり恐怖を感じます」


 ですから、と言って永遠さんは俺の手を握る。


「ありがとうございます。間に入ってくれて」

「永遠さん……」

「嬉しかったです。そして、格好よかったですよ」


 握られた手のひらから、永遠さんの熱が伝わる。こちらを見つめる瞳もまた、熱っぽく揺らめいていた。


 

 その後、騒ぎを起こしたことを店主に謝罪して、店を出た。


 すっかり夜も深まった街を歩く。

 永遠さんはそのまま、俺の手を握っていた。


「これからどうしようか」


 このまま帰るのも良いのだが、それには少し後味の悪い感じだ。

 他のお店に行ってみるのも良いかもしれない。


 そんなことを考えていると、永遠さんの握る手のチカラがギュッと強まる。


「ああ……お礼をしなければなりませんね」


「お礼?」


 いやいや、それはむしろ俺がする側で。


 もし受け取るにしても、それはさっきの言葉で充分なのだが……。


「伊月さんに、ご奉仕して差し上げたいのです」


「……っ」


 ほろ酔いの熱を帯びた視線にあてられる。無意識にゴクリと唾を飲んだ。

 途端に’女性’を意識して、身体が火照り出す。むらむらと下半身にまで熱が集まった。


 さらに永遠さんはトドメを刺すかのように続ける。

 

「相応しい場所に、連れて行っていただけますか?」


 俺は情欲に駆られるまま、彼女の手を引いて、煌びやかなネオンの街へと歩き出した。

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