第25話 カップルの時間
まずはランチということで、永遠さんの希望もあり俺のお気に入りのラーメン屋へやって来たのだが……
「ごめん永遠さん。まさかこんなに混んでるとは思わなくて」
お店の前には10人以上の行列ができていた。
俺の記憶では、ここはそんなに並ぶような店じゃない。隠れ家的でお洒落な、デートにぴったりのラーメン屋だったのに。
知らない間に随分な人気店になってしまったようだ。嬉しいような、少し寂しいような。
とにかく、出鼻を挫かれてしまった形だ。
「他のお店に行こうか。近くにもいくつか知ってるところが……」
「いえ、並びましょう」
永遠さんはあまり気にしたふうもなく俺の手を引いて列の最後尾についてしまう。
「いや、席数少ないしけっこう時間かかると思うよ?」
「それはここのラーメンにそれだけの価値があるということでしょう。なにより、伊月さんのおすすめの味。私だって楽しみにしていたのですから、ここでお預けなんて許しませんよ?」
「永遠さん……」
「大切な恋人と一緒なら、待つのも決して悪いことではありません」
そう言って永遠さんは腕を組み直し、身体を密着させる。
「むしろ爽やかな秋空の下、身を寄せ合って行列に並び、睦み合うというのはとても素敵なことだと思いませんか?」
まったく、この人は相変わらず言葉が上手い。どうしてこうもスラスラと、ダメな彼氏の心を救うことばかり言えるのか。
大人でメイドな彼女はきっちりと彼氏を立ててくれる。
「そうだね。こんな時間もありかもしれない」
「はい。順番が来るまでたっぷりイチャイチャして、温みましょう」
クスッと笑顔を向けてくれる。
「……ありがとう、永遠さん」
「あら、なんのことですか? 私は好きな人とこうしていられることが幸せなだけですよ?」
「好き」
ああ、好きだなぁ。
「私も、好きです」
まるでお互いをくすぐり合うかのような、傍から見れば小っ恥ずかしい会話を繰り返していると、すぐに店内へ案内されたのだった。
実際は30分くらい経っていたのだけど、本当に一瞬だった。
もっと並んでいても良かったと、そう思うくらいに。
お洒落で落ち着いた雰囲気のこのラーメン屋は、元フレンチシェフの作る繊細な塩ラーメンがメインのお店だ。
何種類ものダシの旨みが詰まった黄金のスープは、まさに絶品である。
2人とも塩ラーメンを注文することに。
「紙エプロンはお使いになりますか?」
すると店員さんが柔らかな微笑みを浮かべながら聞いてくれた。
「お願いします」
快く受け取って、胸元に広げる。
「最近のラーメン屋さんはすごいのですね。お洒落ですし、まるでレストランのようなホスピタリティに溢れています」
同じように紙エプロンをしながら、永遠さんは関心したようすで呟いた。
「ちょっぴり値段は張るけどね」
まぁそれもラーメンと考えればの話で、こんなにデートに最適な演出をしていただけるのなら、むしろめちゃくちゃ安い。
「味も保証するよ」
「楽しみです……♪」
まもなくラーメンが到着して、ふたりで舌鼓を打つ。
ゆったりと上品な所作で麺を啜る永遠さんの姿はやはり美しくて、少し見惚れた。そして忘れずに美味しいと言って微笑んでくれる。
やっぱり俺は彼女が麺を啜っているところを見るのが好きなようだ。なんだか、妙に色っぽくて、惹かれてしまう。ずっと見ていたい。
それもまた、彼女が気になり始めた原初的な理由なのかもしれないと気づくとなんだか少し可笑しかった。
ランチを済ませると、今度は腹ごなしにゲーセンへ顔を出してみる。
大人の女性である永遠さんには退屈かもしれないと一瞬思ったが、ゲームには絶賛ハマってくれているので問題ない。
毎週末はふたりでゲームをして盛り上がっているくらいだ。
「ゲームセンター、初めてです……っ」
それもあって心なしかテンションが上がっているように見えた。
永遠さんを連れて説明をしながら、いくつかのゲームを試してみる。
どれも初めてだからなかなか上手いことはいかないが、そこで終わる努力のメイドさんではない。
すぐに俺のプレイを見て研究し、着実に上手くなる。
「やりましたっ。これで次のステージへいけますねっ」
「おお、やったね永遠さん」
「はい、やりましたっ。伊月さんっ」
自然と興奮してハイタッチを交わす。
「まだまだいきますよ♪」
そうやって熱中し、夢中になっている永遠さんはいつもより少し幼く、とても可愛らしいのだった。
「あ。あれって……」
やがて永遠さんの視線はとある一角へと引き寄せられる。
「あれ、やってみたいです」
「え、あれ?」
「はい。行きましょう」
「ちょ、ちょっと永遠さん……!?」
ぐんぐん進んでいく永遠に連れられて、俺はその筐体へと入っていった。
そして——
「ぷ。ぷふふっ。伊月さんの目、大きすぎっ。まつ毛も長くて……ふふふっ」
永遠さんは筐体から排出された数枚の写真を見て、ぷるぷると身体を震わせて笑う。
「それやったのぜんぶ永遠さんだからね!?」
「し、仕方ないじゃないですか。盛れば盛るほど可笑しくなるのですから。でも大丈夫。可愛いですよ、伊月さん」
「いや、可笑しいのか可愛いのかはっきりしてよ……」
「ふふふっ♪」
永遠さんが興味を持ったのはプリクラだった。
こればかりは俺も初めてで、手探りのプレイになる。そして俺は永遠さんによって世にも恐ろしいモンスターに仕上がった。
自分のことはしっかり可愛く補正をかけているところがなんとも憎らしいが、楽しそうなのでまぁいいかなと思ってしまう。
「ふたりで撮る初めての写真ですね」
「……そういえばそうだね」
だから永遠さんはあんなにも問答無用で、プリクラをやりたがったのかもしれない。
「もう一回撮りましょうか」
「え?」
「この写真もとても素敵ですが、今度はおふざけなしで撮りたいです。ダメですか?」
「それはもちろんいいけど……ほんとに変なことしない?」
「さぁ。それはどうでしょう」
「永遠さん!?」
結局、ちゃんとした写真が撮れるまでは1時間ほどの時を要した。
「たくさん貼れますね」
「どこに張るつもりなの?」
「そうですね……まず、冷蔵庫は外せません。私が一番よく見る場所ですし。あとはトイレにベッド、テーブル、玄関、本棚……」
「部屋の中、プリクラだらけになるんじゃ……」
あまりにもバカップルな部屋が誕生してしまいそうな予感だ。
「でも、いくつかは貼らないで残しておきたいですね。お財布に入れて、ずっとずっと、大切な思い出に…………」
永遠さんは嬉しそうに、プリクラの写真を胸元で抱きしめていた。
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