一章

牧原茜さんは笑顔だ。

中学二年生の時に、修学旅行へ行った。

理系女子五人で、グループになった。

本当は、クラス毎に五、六人で七グループに分かれて行動する事になっていた。

豊田美沙は、牧原さんと同じクラスだった。

しかし、修学旅行のグループは、別々になった。


美沙は、中学一年生の時、牧原茜、北村純奈の二人と友達になった。

きっかけは、理科の授業だった。


七班に分かれて「塩化水素」を作る実験だった。

班の一人が、実際に実験をする。

他の生徒は、実験ノートを作成する。

七班のうち、四つの班で、男子が実験をしている。


女子が実験しているのが、牧原茜、北村純奈、そして美沙だった。

実験に成功したのは、女子が実験した三班だけだった。


「実験。好き?」

理科の授業の後、休み時間に、牧原さんが話し掛けて来た。

美沙は頷いて「牧原さんも?」尋ねた。

「大好き」牧原さんが答えた。そして「純奈!」牧原さんが、北村さんを呼んだ。


「豊田さんもリケジョやったわ」

牧原さんが、北村さんを呼び寄せて云った。


「やっぱし」

北村さんが、嬉しそうに云った。

二人は、同じ小学校の出身だった。

もう一人、別のクラスに、同じ小学校出身で、森本薫子という理系女子が居るそうだ。

美沙には分かる。

大抵、理科の実験というと、活発な男子が飛び付く。

理系女子は、少ない。

美沙にも、同じ小学校出身で、大垣由紀という、理系女子の友達が居る。

美沙も由紀も、実験を奪い取り主導していた。


放課後、理系女子の五人は、途中まで一緒に帰宅するようになった。


中学三年生になって、五人は、隣町の石鎚山高専への進学を目指した。


男子三人が、推薦選抜で受験した。

皆、ちょっと変わった男子だ。


男子で合格したのは、入谷君と小森君の二人だった。

推薦で失敗した男子の須崎君は、学力選抜で合格した。

須崎君は学科を変更して、合格した。


理系女子五人は、学力選抜で全員合格した。

入谷君と須崎君とは、中学校二年の時、同じクラスになった。

小森君とは、同じクラスになった事がない。


男子は、入谷君と須崎君が入寮を希望した。

女子は、由紀以外の四人が入寮を希望した。

由紀は自宅から通う。

通学には、電車で二十分、徒歩で二十分くらいだ。

古条市は、石鎚山市に隣接する。

自宅から通える距離だ。

それでも、寮の定員に余裕があれば、入寮出来る。


希望した全員の入寮が許可された。

男子二人と理系女子四人は、入寮準備で忙しい日々を過ごしていた。


二月半ば、高専へ進学する事が決まって、男子とも、仲良くなっていた。


何度か、ファミレスに集まって、食事をした。

まだ、入学式も入学手続もしていないのに、五年後の進路を話していた。

就職、大学編入、専攻科。

どうしよう。と話し込んでいた。


だが、決まって、最後は、留年しないように勉強が先決だ。

と云って解散した。


三月半ば、入学説明会にも、男子三人と女子五人で出掛けた。

入学手続書類を提出し、製図用具を受け取った。

教科書を購入、制服を注文した。

もう、高専の学生になった気分だった。


そして、四月。

桜が満開。

新型コロナも少し、落ち着いている。


石鎚山市の岩屋公園は、市街地から少し離れた場所にある。

市内の公園ほどではないが、それでも、花見客で賑わっている。


夜桜見物の花見客が、遺体を発見した。

池の畔にあるベンチに倒れていた。

向岸の桜を観ていたのだろうか。

ベンチのすぐ、後ろにも二本、桜の木がある。

ベンチの上まで、桜の枝が張り出している。


遺体は、牧原茜だった。

私服の上に、高専の制服を肩から被っていた。

午後から制服を受け取りに石鎚山市へ出掛けた。

その後、友達と花見をしてから帰る事になっていた。


知らせを聞いて、美沙は、エイプリルフールだと思った。


本当だと分かって、茜の自宅を訪ねた。

だが、お父さんが、泣きじゃくるお母さんを慰めていた。

慰めるお父さんも、目に、いっぱい涙を溜めていた。


純奈も、薫子も、由紀も、駆け付けている。

入谷君も、小森君も、須崎君も居る。

だが、誰も、両親に声を掛けられなかった。


司法解剖の結果、死因は、失血死だった。

心臓まで達した刺傷が致命傷だった。

防御創は無かった。


茜が自宅へ帰って来たのが、今日だった。

昨日の雨で、桜も散ってしまった。

犯人は、まだ、分かっていない。


今日、午後六時からの通夜に美沙も参列した。


牧原茜の殺人事件は、地元で大きく報道された。

葬儀会館には、多くの報道関係者が詰め掛けている。

美沙は、顔を隠すように、俯向いて会場へ入った。

皆、同じだった。


純奈も薫子も由紀も参列している。

皆、目を赤く腫らして泣いている。

入谷君も小森君も須崎君も参列している。


中学三年生の時の担任、西本先生が、今、焼香をしている。

先生も泣いている。


続いて、小森君が焼香に出た。

小森君が、大粒の涙を流している。

入谷君が、号泣している。

須崎君は、涙を堪えていたが、焼香に進んで、堪えきれず、涙を溢した。


美沙が焼香に進んだ。

やはり、涙が止まらなかった。


葬儀は明日正午からだ。

しかし、明日は寮への、荷物の搬入日なっている。

午前十時から正午までに荷物を運び込み、片付けて、入寮出来るように、しなければならない。

午後四時から入寮する。

だから、美沙は葬儀に参列出来ない。

純奈と薫子も参列出来ない。


しかし、正午から午後四時まで、自由時間だ。

入寮整理後、皆で、お別れに行く事にした。

それまで、茜の両親を励ますよう、由紀に頼んだ。


二年生の修学旅行にも、携帯電話は禁止だった。

皆、型の古いデジカメを持って来た。


修学旅行の二日目、自由行動の時間があった。

理系女子五人は、やっと一緒に行動する時間が出来た。

デジカメで、写真を撮り合った。


修学旅行から帰って、その時の写真をプリントして、配り合った。

その中の一枚だろう。


真ん中に掲げられた、遺影写真の牧原茜は笑顔だ。

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