2.悲報

今日から授業が始まった。

昨夜、寮生が、行方不明になったというのに、それでも、授業は、情容赦無く、始まった。


しっかり予習をしている。

ノートに、授業メモの空欄を設け、下段へ予習ノートを作成している。

井上先輩にアドバイスしてもらった。


学科毎に、先生の授業の特徴を教えてもらっている。

鈴音寮って最高。と思っていた。


自信たっぷりで、授業に臨んだ。

ところが、初日から、猛スピードで授業が進む。


あっという間に、作成した予習ノートの半分が終わってしまった。

更に、膨大な課題が出ている。

この課題を終わらせて、予習ノートを埋めるとなると、何時に寝られるのだろう。

いや、眠れるのだろうか。


午前の授業が終わった。

茫然自失。

学寮食堂へ入った。

放心状態のまま、昼食を食べた。

寮へ戻って、上履きに履き替えた。


何か、いつもと、と云っても、五日目だから、四日間と比べて、支援事務室が忙しそうだ。


覗いてみると、四人の職員さんが、慌ただしく電話対応している。


何かあった。と思った瞬間。

森本さんの事だと思った。

朝は、緊張したような雰囲気だった。

森本さんが、見付かったのだ。


ただ、職員さんに、安堵の表情は見られない。

沈痛な面持ちで、しかも慌ただしく、電話対応に集中している。

悪い知らせだと分かった。


井上先輩が、寮に戻って来た。

「昼食、食べた?」

と千景に尋ねて、事務室の様子に気付いた。

千景が、頷くと。


「先、食べて来るわ」

井上先輩は、状況を察した。

靴を履き、学寮食堂へ出掛けて行った。


千景は、部屋へ走った。いや、急いだ。

気が引き締った。一気に気合が入った。


洗濯物を引っ提げ、ランドリースペースへ走った。いや、急いだ。

今のうちに、洗濯を済ませておくべきだと直感した。


洗濯物は、乾燥まで終了しているが、もう一度、部屋に干す事にしている。

洗濯物を干し終えて、すぐに寮から出た。

他の寮生も、何か忙しく寮から出て行った。


三眼目は、午後一時十分から午後二時四十分まで、初めて、学科別の授業だ。

情報リテラシーの授業だ。


行方不明の寮生の事は、忘れて、授業に集中だ。

授業は、文書管理ソフトと、表計算ソフトの習得だった。


あっという間に、授業が終わった。

教室を移動しようとしていると、館内アナウンスが流れた。

アナウンスが、四限目の講義は、臨時会議のため、休講にすると知らせた。

基礎製図の授業が休講になった。

授業初日から休講か。気分も急降下。

ごめんなさい。


ただ、臨時会議の内容は、想像出来る。

行方不明の寮生の件だ。


鈴音寮の玄関前には、既に、寮生が戻っている。


千景は、支援事務室を覗いてみた。

先程とは違って、落ち着きを取り戻していた。


窓口を管理棟の事務所に、一元化したのだろう。

寮生は、次々に戻って来ている。


千景は、三階へ上がった。

コミュケーションスペースに、何人か集まっていた。

井上先輩が、手招きしている。


千景は、スクールバッグを見せて、部屋へ向かった。

バッグを置き、すぐにコミュケーションスペースへ戻った。

皆、おそろしく静かだ。


午後三時。

五年生の指導寮生が、「今から、お知らせがあります」と云って、説明を始めた。

千景に、誰からも、コミュケーションスペースへ集合。という連絡は無かった。

他の寮生も同じだろう。


ただ、階段を上がってすぐの場所にコミュケーションスペースがある。

皆、その場所を通って、自室へ向かう。


何か催されていれば、気付かかい訳がない。

皆、自発的に集まった。という事?だろう。


行方不明の寮生の事は、皆、心配しているのだ。

それは、間違いない。

目で数えてみると、三階の寮生、全員揃っているようだ。

館内アナウンスの「臨時会議」で、皆、事態を想像していた。


指導寮生が云った。

「森本さんが、亡くなりました」

皆、驚かない。


今朝、九時頃、遺体で見付かった。

発見された場所は、岩屋公園のベンチ。


「えっ」

千景は驚いた。

入寮日の前日、千景は、景子さんと弘君の三人で、岩屋神社へ参った。


近くに、小さな池のある公園があった。

池の向岸に、桜が満開だった。

ベンチの下に、いくつかの花が供えられていた。

そこが、岩屋公園だ。


男性から警察へ通報があった。


ここからは、報道を元に、情報をまとめて伝えたようだ。


第一発見者は、岩屋公園の近所の、農家の男性だった。

農作業のため、岩屋神社の参道脇から、農道を通って畑へ向かっていた。


農道から、岩屋公園の池が見える。

池の畔のベンチに、人が横たわっている。


不審に思い、近付いてみると、胸の辺りに、血が見えた。

ブレザーの胸が、はだけていた。

白いブラウスシャツの胸が、真っ赤に染まっていた。


男は驚いた。

すぐに警察へ通報した。


警察車両が、到着した。

警察が到着して、すぐに規制線が張られた。

心臓を一突き。

警察は、殺人事件と断定した。


午後五時。

五年生の指導寮生が、解散と云った。


皆、何か物足りない表情だ。

一旦、皆、部屋へ戻った。

千景は、浴室へ向かった。


夕食のため、学寮食堂へ向かう寮生。

シャワーを浴びるため、浴室へ向う寮生。

外出する寮生。


午後六時。学寮食堂で、夕食を食べた。

洗濯は、終わっている。

共用部清掃まで二時間ある。


千景は、ネットでニュースを見ようと携帯を見た。

弘君からメッセージが届いていた。


「去年の事件」と題して、リンクを貼っていた。

クリックして、リンク先の記事を読んだ。


被害者は、牧原茜さん。

石鎚山高専に入学予定だった。

牧原さんは、数日後に、入学式を迎える筈だった。


「えっ」

この事件も、岩屋公園になっている。

犯人は、まだ捕まっていない。


「これは」

森本さんが殺害された現場と同じだ。


偶然なのか。

それとも、森本さんの事件は、牧原さんの事件と関係しているのか。


弘君の、制服に関する推理が、書き込まれていた。

後「因みに」と、もう一つリンクが貼ってあった。

高専ホームページの「提出書類書式」だった。

「入寮申請書」の様式があった。



入寮日に、一室だけ荷物が運び込まれなかった。

誰かが、他人の名前で、入寮申請をしていたナリスマシ事件だ。

成程。誰でもナリスマシは、可能だと結論付けていた。


森本さんが、殺害された事件で、関心が薄れてしまった。

何か、関係が、あるのかもしれない。


それにしても、正本先輩も井上先輩も、去年の事件について、触れなかった。


午後八時三十分。共用部清掃の時間。

各所、分担する四班の寮生が移動している。

コミュケーションスペースの班は、一名足りない。

しかし、律子が自主的に加わった。


共用部清掃の後、井上先輩が云った。

「点呼の後、部屋へ行くわ」

井上先輩は、無表情だった。


森本さんの事件についての話しだろう。

それ以外の話題が、思い浮かばない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る