1.記事

二十四時間営業の、スーパーアックスから帰宅したのが、午前七時三十分。


少し仮眠を取って、起きたのが、午前十一時前だ。


お母さんは、八時過ぎに仕事へ出掛けた。

筈。


朝食兼昼食の弁当を温めている。

キッチンからテレビを眺めていた。


テレビで報道番組が流れている。

ふと、テレビ画面に目が止まった。


地方局の中継ニュースで、石鎚山市で起こった事件が流れた。

目に止まったのは、「岩屋公園」だった。

つい一週間前の月曜日に、行った公園だ。


弘は、月曜日が休日だ。

土曜、日曜、月曜日の三日間、午前零時から午前七時までの七時間、内、休憩三十分の契約で、アルバイトをしている。


時給は、秘密だ。

深夜割増と早朝手当が付くので、意外と稼ぎになる。


「何でもするゾウ」で、以前、人探しをした。

「何でもするゾウ」は、寺井社長が経営する、何でも屋だ。


弘は、「何でもするゾウ」へは、水曜、木曜、金曜日の三日間、午前八時三十分から午後五時三十分までの九時間、内、一時間休憩の契約で嘱託社員をしている。


事務処理が主な仕事だが、現場作業に入る事もある。

現場作業がある日は、曜日に係わりなく、呼び出される。

だから、勤務形態や休日は、自由に設定出来る。


行方不明になった人は、アックスでパート社員をしていた。

弘は、アックスでアルバイトをして、情報を得ようとしていた。

だが、とんでもない事件に、巻き込まれてしまった。


事件は解決したのだが、それ以来、アックスでアルバイトを続けている。


長々と、身の上話をしてしまった。

要するに、月曜、火曜日が、現在の弘の休日だ。


それで、午前十一時、朝食と昼食を兼ねて、弁当を食べようとしていた。


勿論、アックスで、半額シールの貼られた弁当ではない。

今朝、五時に、アックス本部のデリカセンターから入荷した、幕の内弁当だ。

退勤後、店内に入り、正規の値段で買い物した。


幕の内弁当は、時給、一時間分近くに相当する。

弁当類は、去年の十月に、十円から十五円くらい値上げしている。

この四月から時給が、十円上がるので、まだ、時給よりは、幕の内弁当の方が安い。


ただし、当然だが、四月分のバイト料は入っていない。

また、話しが逸れてしまった。


一週間前、岩屋公園の、池の向岸の桜が満開だった。

池の畔にベンチがあった。


ベンチの下に、花が供えられていた。

テレビ画面のテロップに見入った。


「十五歳の少女」「死亡を確認」「殺人事件!」

慌ててボリュームを上げようとしたが、生憎、リモコンが食卓テーブルだ。

画面を見たまま、居間へ向かった。


「あのベンチや」

弘は、呟いた。


電子レンジは、弁当が温まった事を知らせた。

弁当は、温まったが、そのまま、テレビの画面を見続けた。

画面には、鑑識捜査の様子が映っている。

画面が、全国放送に変わった。


弘は、弁当を取りにキッチンへ戻った。

弁当を持って、食卓テーブルに着いた。

「岩屋公園」「殺人事件」というのが気になった。

テレビを見ながら、弁当を食べた。


弘は、携帯で、ネットニュースを検索した。

「あった」

たった今、流れたニュースは、まだ掲載されていないだろうと思った。

しかし、事件の記事が掲載されていた。


弘は、記事を読んだ。

牧原茜さん十五歳。

古条西中学校を三月に卒業し、四月から、石鎚山工業高等専門学校へ、入学する直前だった。


午後一時頃、古条市の自宅から、石鎚山市へ向かった。

石鎚山駅から東雲町まで、バスで向かった。

注文していた洋装店へ、制服を受け取りに向かった。


午後三時三十分過ぎ、洋装店で制服を受け取った。

受け取ったのは、ジャケット二着とスラックス二本だった。

白いペーパーバッグを提げて、東雲町からバスで石鎚山駅に戻っている。

駅前から徒歩でアーケード街へ行っている。


午後四時三十分頃、マドンナ通りの本屋へ立ち寄っている。

買い物はしていない。


午後五時過ぎ、石鎚山駅前から岩屋町行のバスに乗った。

バスは、岩屋神社前へ午後五時四十五分頃、到着している。


バスを降りた後、消息が分からない。

午後七時頃、岩屋公園で、夜桜見物の宴席を始めた花見客が、不審に思った。


向岸のベンチに、ずっと横たわった人がいる。

気になって、公園を出て、神社の参道から池のベンチへ向かった。

そして、遺体を見付けた。

すぐ警察に通報した。


警察が捜査を始めた。

遺体は、心臓を鋭利な刃物で一突きだった。

洋装店で受け取ったジャケットが、肩から被せられていた。

洋装店で受け取ったジャケットだ。

ただ、後、ジャケット一着とスラックス二本が見付かっていない。

それと、白いペーパーバッグも無い。


防御創が無かった。

ジャケットが被せられていたのは、胸から流れた血を隠す目的だと思われる。

抵抗した形跡がなかった。

それで、顔見知りの犯行だと思われた。


犯人は、犯行時、返り血を浴びた可能性があった。

犯人は、被害者の持っていた制服に着替えて、返り血を浴びた服を白いペーパーバッグに入れて立ち去った。

と、警察は考えている。


関係者から聞取り捜査をしたが、容疑者は、浮上しなかった。

それで記事は終りだ。


しかし、制服に着替えて、立ち去ったのなら、被害者と背格好が似ている事になる。


容疑者は、浮上していない。という事は、事情聴取をしたが、何も出てこなかったという事だ。


犯人は、証拠の制服を持っているかもしれない。

背格好が似ている人が、何人居たのかは、分からないが、該当者が、居なかったのだろう。


ただ、犯人の、背格好が、被害者と似ていて、石鎚山高専の学生なら、厄介な事になる。

犯人自身が、被害者の制服を着ても、不自然ではないから。


おまけに、持ち去られた制服は、ジャケットとスラックスだ。

背格好が似ていれば、男子学生でも不自然ではない。

しかも、少し、大き目のサイズだったとすると、もっと範囲が広がる。


証拠の隠し場所としては、打って付けだ。

勿論、制服と、白いペーパーバッグを処分した可能性もあるけど。


凶器はどうだろう。

鋭利な刃物。

これは、決め手になるだろが、発見されていない。


現場周辺に、防犯カメラが無い。

目撃証言もない。

捜査が難航しただろう事は、容易に想像出来る。


その後、犯人が捕まった。という記事は、無かった。


午後の報道番組で、岩屋公園の殺人事件が取り上げられている。

被害者は、森本薫子、十六歳。

石鎚山高専の二年生だ。

現場は、岩屋公園。

まだ詳細は報道されていない。


「これは」

たった今、ネットニュースで読んだ記事ではないのか。

そんな錯覚に陥った。


弘は、寺井社長に電話を入れた。

「お疲れさまです。秋山です」

会社勤め時代からの、弘の電話で最初に発する決り文句だ。

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