3.集会

午後九時三十分。

千景の部屋へ井上先輩が、正本先輩と一緒に訪れた。

話しは、森本さんの事だと、分かっている。


律子も部屋へやって来た。

そう云えば、午後三時の説明会に、律子は来ていなかった。

夕食にも会わなかった。


四人で話しをするには、部屋が狭い。

四人は、コミュケーションスペースへ場所を移した。


コミュケーションスペースのテーブルを沢山の寮生が占拠していた。

「こんばんは」

口々に、挨拶を交わす。


「こちらへどうぞ」

何人かの寮生が、隣の席を示した。


皆、森本薫子さん殺人事件の話しをしていた。

もう、勉強にならない様子だ。

ネットニュースでも、かなり詳細な記事が流れているそうだ。


空いた席へ四人は、バラバラに着いた。

隣の席の寮生は、誰だか分からない。

初めて見る寮生だ。


皆、ホワイトボードに向いている。

四年生の寮生が、ホワイトボードにペンで書き込む係のようだ。


ホワイトボードの内容は。

両親の証言。

昨夜、七時前、森本薫子さんは、自宅を出た。


防犯カメラ確認。

午後七時五分頃に、古条駅から電車に乗った。

午後七時二十五分頃に、石鎚山駅に電車は到着した。


すぐ、駅前のバス乗場から岩屋神社行のバスに乗っている。

午後七時四十五分頃、バスは岩屋神社前のバス停に到着した。


バスの車載カメラ確認。

乗客は六人だった。

石鎚山駅から岩屋神社前まで、内町バス停で四人降りて、二人乗車した。

四人はサラリーマンらしい男性だった。

内町はオフィス街で、防犯カメラでも確認出来た。


その後、誰一人昇降していない。

終点の岩屋神社前で乗客四人全員下車した。

森本さんも、そのバス停で降りている。


ここまでは、防犯カメラと、バスの車載カメラから確認が取れている。と云う事だ。


携帯のネットニュースの記事から、抜粋したようだ。


後は、午後三時で自然発生した説明会での内容が書き込まれている。

真新しい情報は無い。


ただ、この集会も自然発生だ。

正本先輩にも、井上先輩にも誘いは、無かったし、知らなったようだ。

だから、千景の部屋を訪ねたのだ。


「岩屋神社前から高専前まで、どれくらい、掛かるんかなぁ」

千景は、隣の律子に尋ねた。


「ごめんなさい。分からない。私、眉山市から来てるから」

律子じゃなかった。

隣の寮生が答えた。


「あっ。ごめんなさい。私」

千景は、つい、律子のつもりで、喋っていた。

千景が、名前を云おうとすると、その寮生が遮った。


「知ってます。秋山千景さん。栗林市出身ですね」

隣の寮生が云った。


「私は、山岡聡子」

山岡さんが云った。


「どうして?」

千景は、驚いた。何故、知っているのか。

山岡さんが説明した。


昨夜、捜索隊が、森本さんを探しに出発した。

その後、宿直室の窓を覗いた。

二人が、連絡係をしているのを見ていた。


捜索隊が鈴音寮へ戻ったのが、分かった。

更に、午前一時過ぎに、正本先輩と二人が補食室で、ラーメンを食べていた。

とっくに消灯時間を過ぎていた。


山岡さんは、こっそり補食室へ行ったが、三人でラーメンを食べていた。

その時、二人の名前が分かった。


「それで、何故、岩屋から学校までのバスの時間を知りたいの」

山岡さんが尋ねた。


森本さんは、共用部清掃の当番だった。

何故、帰寮しなかったのか。


午後七時四十五分頃、岩屋町まで行った。

それで、午後八時三十分に帰寮が可能だったのか。それを知りたかった。


「十五分くらいよ」

誰かが云った。


周りを見渡すと、二階と四階の寮生も集まっていた。

寮生の部屋は、二階、三階と、最上階の四階だ。

コミュケーションスペースに、寮生全員が、着席出来るだけの余裕は無い。

立ったままの寮生も居る状態だ。


「岩屋神社前から高専前まで、バスで十五分くらいだわ」

先程の寮生が携帯を見て云った。


ネットで、路線バスの時刻表を確認したようだ。

岩屋神社前から、高専前の路線バスは、午後八時五分と、午後八時四十分の便がある。と付け加えた。


午後七時四十五分に、岩屋神社前へバスが到着した。

何もせずに、帰寮したとすると、共用部清掃時間には間に合う。

午後八時四十分のバスだと、ぎりぎり、門限に間に合うくらいだ。


用も無いのに、わざわざ、岩屋公園まで行かないだろう。


共用部清掃の時間に、帰寮するつもりは無かったのだろうか。


「忘れていたんじゃないの」

別の寮生が、森本さんは共用部清掃当番を忘れていた。と云った。


「それは無いわ」

井上先輩が云った。


森本さんは、当番始まりの金曜日も、翌日の土曜日も清掃に来ている。

日曜日に、清掃当番を忘れる可能性は、零に近い。


共用部清掃の時間に、帰寮出来ないのなら、誰かと当番を交替していたと思う。

しかし、当番交替者は現れなかった。

もしかすると、交替者が忘れていたのか。


なんだか、千景が説明しなくても、知りたかった方向へ、話しが展開する。


「誰?」

森本さんから、清掃当番の交替を頼まれたのは、誰なのか。


「止めなさい」

正本先輩が静かに云った。

掃除当番の、交替者探しを止めた。


掃除当番の、交替者が判明したところで、森本さんの事件が、解決する訳ではない。


また、交替者が、現れていたとしても、事件が解決する訳でもない。


交替した事を忘れていて、騒ぎが大きくなってしまい、言い出せなくなったのかもしれない。


「または、交替者も、共用部清掃の時間に間に合わなかったのか。ね」

また、別の寮生が、気になる言い方をした。


「それは、どういう意味?」

正本先輩が尋ねた。


「それは」

寮生が、説明した。


交替者も外出していた。

事情があって、共用部清掃に、間に合わなかった。

点呼の時に居なかったのは、森本さんだけ。

つまり、共用部清掃には、間に合わなかったが、門限には、間に合った。


寮の玄関に、防犯カメラが設置されている。

誰が、門限ぎりぎりに帰寮したのかは、判明する。


ただ、共用部清掃当番でない限り、四年、五年生、専攻科の、ほぼ全員、門限ぎりぎりだ。


一年生以外は、午後五時から六時までに、夕食、入浴を済ませ、外出している。

一度帰寮して、また外出する寮生さえ居る。


誰も云わないが、皆、想像している。

例えば、午後八時に、岩屋公園へ森本さんを呼び出した。

そして、森本さんを殺害した。


岩屋神社前から、高専前までは、十五分程度。

午後八時十分のバスに乗れば、ぎりぎり共用部清掃に間に合う。事になる?


それでは、午後八時三十分に、岩屋公園へ森本さんを呼び出した。


しかし、交替者、本人が呼び出したとすると、森本さんは、不審に思う。


そんな時間に、交替者が森本さんを呼び出したりすると、共用部清掃当番が足りなくなる。

森本さんに怪しまれる。

だから、誰か別の人が。呼び出した?事になる。


そして、森本さんを殺害した。


午後八時四十分のバスに乗れば、午後八時五十五分に高専前へ到着する。

門限の午後九時には、帰寮出来る。


もっとも、推理というより、想像に過ぎない。


第一、動機が分からない。

もし、想像が当たっているなら、犯人は、寮生という事になる。

そんな事は、考えたくない。

もっと別のところに、犯人は、いる筈だ。

しかし、ついつい、想像してしまう。


気付くと、消灯の時間を過ぎていた。

しまった。

皆、空想から現実に戻り、自室へ戻った。

課題も予習ノートも手付かずだ。


今からするしかない。

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