4.外出
慌ただしい朝。
起床、洗面、検温。
外へ出て、点呼、ラジオ体操。
そのまま、学寮食堂で順番に朝食。
部屋へ戻って、登校準備。
すると、館内アナウンス。
「本日、学校は、休校です」
理由は、本校学生が殺れた事件の、学校としての対応について、記者会見を実施するとの事だ。
寮生については、外出を自粛する事。
また、やむを得ず、外出する場合は、良識ある行動をとる事。
校庭内外に、報道関係者が、多数、詰め掛けている。
インタビューを求められた場合、責任ある発言をする事。
同じ内容をホームページの学内掲示板に掲載している。
熟慮ある行動を期待する。
成程。外出は、しようと思えば、出来るのか。
インタビューに、応じても良いんだ。
そう云われると、外出は、為難い。
インタビューについても、想像や空想を云う事は無いにしても、応じ難くなる。
一つ云える事は、予習ノートを仕上げる時間が出来た。
あれだけのスピードで、授業を進められるとは思わなかった。
千景は、予習ノートの作成を始めた。
不謹慎だが、助かった。
課題を終わらすのに、今朝二時まで掛った。
課題だけでも、終わらせていて良かった。
あっという間に、時間が過ぎた。
昼食の時間になった。
学寮食堂へ向かうと、井上先輩と一緒になった。
「落ち着かないわね」
井上先輩が云った。
「でも、予習ノートが捗りました」
千景が云った。
学校を卒業するまで、予習ノートの作成に終りはないのか。
「やっぱし。秋山さんは、図太いのね」
井上先輩が、云った。
皆、森本さんの事件で、ショックを受けている。
井上先輩のところへ、勉強が手に付かない。
と相談に来る寮生が、多数いるそうだ。
褒めているのか、貶しているのか。
寮生のために、カウンセラーが派遣されるらしい。
「小倉さんが、外出したけど、どこへ行ったの?」
井上先輩が尋ねた。
「えっ?出掛けてたんですか?」
千景は、知らなかった。
「そう言えば、昨日の説明会にも居なかった。昨日も外出していたようだし」
井上先輩が云った。
「気が付かなかった」
千景は、律子が、居ないのは、分かっていた。
外出していた事は、知らなかった。
「小倉さんも無鉄砲だし、秋山さん。何かあったら、相談に乗ってあげてね」
井上先輩が云った。
井上先輩が、「小倉さんも」と云った。
他に、誰か、無鉄砲な人が、いるのだろうか。
昼食後、また予習ノートの作成に没頭した。
午後二時。
学校の記者会見が始まった。
寮生は各階のコミュケーションスペースに集合した。
寮に、テレビは無い。
オンライン授業用のパソコンに、プロジェクターを接続して、スクリーンに映した。
校庭内の東雲会館だ。
校長、学科主任、寮務主事という顔ぶれだ。
大変、お騒がせしている事への、お詫びの言葉から始まった。
次に、被害者の冥福。遺族の方々へのお悔みの言葉を述べた。
今回の事件について、経緯を説明した。
特に真新しい情報は無かった。
最後に、学校の対応として、警察への全面協力を約束する。と方針を示した。
更に、学生に対する心理カウンセラーの派遣を決定している。
報道関係者からの質問になった。
記者からの質問。
学校の責任について、見解を尋ねられた。
校長の回答。
はっきりと、責任はある。と明言した。
どのような状況であれ、本校の学生を事件から守れなかった事は、学校の責任である。
本校の、仕組みのどこかに、欠陥があったものと考えている。
記者からの質問。
どのような責任をとるのか。
校長の回答。
今回の事件が、解決した段階で辞職する。
左右に臨席した先生方が、一斉に校長を見た。
この発言は、学校の先生方も聞いていなかったようだ。
今回の事件が、何故起こったのか、原因を明らかにするのが先決だ。
その原因から未然に防ぐ仕組みを創らなければならない。
本当は、その後、辞職するつもりだった。
しかし、どんなに仕組みを改善しても、完全な仕組みなどは無い。
その都度、原因を究明し、反省して、新たな仕組みを創らなければならない。
新しい人が、新しい仕組みを創る時期だと思う。
記者からの質問。
今回の事件を受けて、学生の行動をどのように、制限や自粛を検討しているのか。
また、授業を再開するのか、当分、オンライン授業で対応するのか。
校長の回答。
勿論、通常通り、新型コロナ感染症に関する注意と同様に、注意喚起を既に掲示している。
「自主」「協調」「創造」
学校の基本理念に基づいた行動を期待するばかりだ。
尚、明日から授業を再開する。
記者の皆さんに、登下校の学生に対して、取材の際は、配慮ある言動をお願いする。
とんでもない事になった。
いや、事件自体が、とんでもない事だが、校長の辞職にまで及ぶ事になった。
午後五時。
千景は浴室でシャワー。
学寮食堂へ急ぎ、夕食をかき込む。
ランドリースペースで洗濯。
洗濯が終わるまで、時間が掛かる。
律子の部屋を訪ねてみた。
ロールカーテンが閉まっている。
ノックをしてみたが、応答がない。
まだ戻っていないようだ。
それにしても、こんな事件が起こって、犯人も捕まっていないのに、よく外出できるものだ。
共用部清掃の時間になった。
今日も律子が、清掃の当番に入った。
午後八時三十分には、帰寮していたのだ。
門限、点呼の後、井上先輩が、千景を呼びに来た。
二階のコミュケーションスペースへ来いと云う。
行ってみると、正本先輩も居る。
正本先輩、井上先輩、律子。
もう一人、山岡さんも居た。
正本先輩が、律子に意見していた。
正本先輩は、指導寮生だ。
注意するのは分かる。
外出を自粛するように、と掲示されていた。
それなのに、休校を良い事に、外出して、門限まで帰寮しない。
「いえ、共用部清掃には、戻ってました」
云わなくても良いのに、律子が正本先輩の発言を訂正した。
しかし、何故、千景と山岡さんが、呼び出されたのか、理解出来ない。
矛先が千景に向いた。
「あなたは、小倉さんの友達でしょ」
どうして、律子が、外出するのを止めなかったのか。と叱責された。
待て、待て、千景は、律子の御守り役ではない。
千景が反論しようとした。
「それで、どこへ行っていたの」
井上先輩が尋ねた。
「岩屋公園へ」
律子が答えた。
「今日もなの?」
井上先輩が更に尋ねた。
「はい。昨日も今日も、岩屋公園へ行って来ました」
律子が答えた。
「よく、記者の人に、捕まんなかったわね」
正本先輩が云った。ちょっと驚いている。
「私は、全速力でダッシュして、突破しました。昨日もです」
律子が云った。
成程。無鉄砲かもしれない。
正本先輩が、律子を注意して、補食室から出て行った。
井上先輩も、律子と一緒に、補食室から出て行った。
「ごめんなさい。秋山さん。私の所為で」
山岡さんが、呟くように云った。
えっ。千景は、驚いた。
確かに、先輩達が、千景に、言い掛りを付けるのは分かる。
何で、山岡さんまで、呼び出されたのか、理解出来なかった。
「でも、山岡さんは、外出してないん、ですよね」
千景が、尋ねた。
「私は、昨日、今日と、古条市へ行きました」
山岡さんが、答えた。
そういう事か。
千景は、やっと分かった。
「私は、手で顔を覆って、泣きしながら、ゆっくり、歩いて出ました。誰も、近付きませんでした。昨日もです」
山岡さんが云った。
「無鉄砲」か。
居たんだ。もう一人。
井上先輩の表現が当たっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます