7.鼓動

今日、伝言板に書込みがあった。

誰が、書込んだのか分からない。


あの日も、水車公園の隣、道の駅の伝言板に書込みが、あった。

それで、薫子は、水車公園へ行ったのだろうか。

道の駅の、伝言板を見て、岩屋公園へ行ったのだろうか。


「午後八時、岩屋公園で待つ」

そして、小森君のサインがあった。


鈴音寮には戻らず、自転車置場へ行った。

自転車で、岩屋公園へ向かった。


午後八時前に岩屋公園に着いた。

薫子に、会って、本当の事を打ち明けようと思った。


まっすぐ、池の前のベンチに向かった。

薫子が来ていると思っていた。


ベンチが見えた。

しかし、薫子の姿が見えない。

ベンチの前に回った。


ひっ。

声にならない悲鳴を上げた。


薫子が、ベンチに倒れている。


一年前と同じだ。

胸を一突き。だろうか。

胸から、血が流れている。


ナイフは、抜き取られたのだろう。

突き刺さっていない。


焦った。


今年も入寮日に、異変が起こっていた。

薫子の部屋で、入寮申請に合わせた内容の、プリントを見付けた。


氏名の表記欄は、「大垣由紀」になっていた。

あるいは、意図的に見せたのかもしれない。

薫子が、疑っていると思っていた。

だから、伝言板に書込んだのは、薫子だと思っていた。


茜の制服の入った、白いペーパーバッグをまだ隠し持っている。

薫子の部屋へ隠す事を思い付いた。


どうしようか、迷った。

薫子の上着のポケットに手を入れた。

部屋の鍵があった。


午後八時二十分。

自転車で、旧道を通って寮へ戻った。

まだ、共用部清掃は、始まっていない。


自室のロッカーから、洋装店の白いペーパーバッグを引き出した。

薫子の部屋の鍵を開け、バッグを持ち込み、ロッカーへ入れた。


午後八時二十五分。

そのまま、寮を出て、また自転車で旧道を通って、岩屋公園へ向かった。


薫子の遺体は、まだ、発見されていない。

急いで、薫子の上着のポケットへ鍵を戻した。


午後八時五十五分。

また、自転車で寮へ戻った。

門限、ぎりぎりだった。


意外だった。

道の駅の、伝言板に書込んだのは、薫子だと思っていた。


薫子の遺体が、発見されて、午後から休講になった。


午後二時頃。

水車公園の、道の駅へ行った。

伝言板の、あの書込みが、消されていた。


月曜日の、午後五時半頃まで、伝言板の書込みは、消されない筈だ。

誰かが消した。

薫子を殺害した犯人か。


一年前。

石鎚山高専に、入学が決まって、女子五人のグループに、男子三人も加わって、八人のグループになった。


長い春休みも終りの頃。

小森君が、茜をデートに誘った。

二人の花見デートを須崎君から聞いた。


場所は、水車公園。

水車公園で、午後六時に、待ち合わせしている。


翌朝、水車公園の隣、道の駅へ行き、伝言板に、チョークで書込んだ。

「岩屋公園。六時。待っています」そして、小森君のサインを記した。


悪戯のつもりだった。

いや、心の底では、茜が小森君と会えないように、願っていたのかもしれない。


茜に電話を掛けた。

小森君が、道の駅の伝言板に、何か書込んでいると嘘を吐いた。


茜が、石鎚山市へ、制服を受け取りに行く前に、水車公園へ立ち寄るだろうと思った。

もし、道の駅へ立ち寄らなければ、それはそれで良いと思った。


待ち合わせ場所は、岩屋公園に変更している。

しかし、岩屋公園へ行かないのなら、それでも良いと思っていた。

また、直接、小森君に確信したのなら、それでも良いと思っていた。


午後六時。

どうなったのか見たい。

岩屋神社から、公園へ回った。


ベンチを見ると、誰か、上向きに倒れている。

高専の制服を肩から胸に被っている。

茜だ。

そう思った。


可怪しいと思い、ベンチへ回った。

やはり茜だ。

眠っているのだろうか。


羽織った制服の、胸の辺りが突き出ている。

制服を逸ると、胸にナイフが突き刺さっていた。


思わずナイフを握った。

ナイフを胸から引き抜くと、血が飛び散った。

着ていたジャンパーにも、血が付いてしまった。


この状態で、誰かに見られると不味い。

何とかしないと。


ベンチの下に、洋装店の白いペーパーバッグがあった。

茜が今日、洋装店から受け取った物だろう。

中には、もう一着、制服のジャケットが入っていた。


血の付いたジャンパーを脱ぎ、制服のジャケットに着替えた。

血の付いたジャンパーをバッグの奥に押し込んだ。

血の付いたナイフも入れた。


元通り、茜に制服のジャケットを肩から被せて胸を蔽った。


バッグを提げ、慌てて、岩屋公園から立ち去った。

茜に、手を合わす事さえ、忘れていた。


軽率な行動から、とんでもない事になってしまった。


茜の遺体が発見されて、大変な騒ぎになっている。

どこか実感が無かった。


水車公園へ行った。

道の駅の、伝言板の書込んだ伝言を見た。

怖くなって、伝言を消した。


西峰かもしれない。

西峰は、ファミレスでのトラブル以来、薫子に付きまとっていた。


西峰と一緒にファミレスに居た長田が、西峰を説得して、収まっていた。

小森君が、長田と話し合って、交渉したそうだ。

長田が、どのように、説得したのかは、分からない。


ただ、長田にしても、西峰の仲間だから、小森君のように、無条件に信用するのは危険だと思った。


きっかけは、薫子かもしれない。

しかし、元々は、長田が、ファミレスの店員からトレーを受け取り損ねたからだ。


穿った見方をすれば、わざとトレーを落とした可能性だってある。


ただ、因縁を付けて金品を要求する事が、目的だったのかもしれない。

しかし、金品の要求などは無かったようだ。

何が目的なのか分からなかった。


事件のすぐ後なら、まだ警察へ出頭して、説明する事が出来たかもしれない。

しかし、今となっては、もう、誰にも相談出来ない。


ペーパーバッグを段ボール箱に詰めて、そのまま入寮した。

茜の制服だけが、入寮した。


一年前、茜の名前を騙って、寮の部屋の鍵を受け取ったのは、薫子だと思った。


そして、今日、また、伝言板に書込みがあった。

今日こそ、決着を着ける。


上着のポケットに、カッターナイフを忍ばせている。

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