6.不在
「あっ。居た。居た」
稲田先輩が、千景の部屋を覗いた。
「小倉さん。清掃手伝って」
稲田先輩は、律子を探していた。
北村さんが、共用部清掃に来ない。
部屋を覗いたが、部屋に居ない。
律子に共用部清掃を手伝うように頼んだ。
「ちょっと待ってください。これを」
千景は、稲田先輩に、横山先輩からの添付写真を見せた。
「これは、大変かもしれない」
稲田先輩が慌てている。
千景は、稲田先輩から、正本先輩へ、北村さんが、帰寮していない事を伝えるように指示された。
「先輩は?」
稲田先輩は、どうするのかと思った。
「掃除する」
どこまでも、愚直な稲田先輩だ。
この状態で、まだ、共用部清掃に行くと云う。
思考が、停止しているようだ。
「豊田さんは!」
千景は、更に尋ねた。
森本さんの、事件があったばかりだ。
しかも、北村さんは、森本さんと親しかった。
と、すると豊田さんは、寮に居るのか、
「すぐに調べて!」
稲田先輩が、やっと気付いて指示した。
千景は、四階へ上がった。
豊田さんの部屋は、南側の一番奥の部屋だ。
ロールカーテンは閉まっている。
ドアをノックして、部屋の前から声を掛けた。
返事が無い。
もう一度、声を掛けた。
返事が無い。
千景は、グループメッセージで…。
グループメッセージが無い。
と思ったが、グループメッセージ名称が変更されていた。
グループ「藤棚会」に、「豊田さんも不在」と書込んで送信した。
正本先輩、井上先輩と岸先輩が、三階のコミュケーションスペースに集合した。
三階のコミュケーションスペースの清掃は、今、始まったばかりだ。
稲田先輩と律子は、共用部清掃に行っている。
「一旦、部屋に戻りましょう」
正本先輩が云った。
北村さんも豊田さんも自室に居ない。
二人に何かあっては困る。
皆、自室へ戻った。
これは、また、困った事になった。
早く手を打たないと、大変な事態になる。
今日の宿直の先生は、また、白川先生だ。
正本先輩と稲田先輩が、白川先生へ報告に行った。
岸先輩が、グループメッセージに緊急事態を送信した。
グループの名称は、「鈴音探偵団」から「藤棚会」へ変更になっていた。
いつの間に変更したのか。
もうすぐ午後九時。門限だ。
これ以上、鈴音寮の仲間を殺されては堪らない。
午後九時過ぎ。点呼の時間だ。
その時、館内アナウンス。
「執行部会員は、一階のコミュニケーションスペースへ、集合してください。繰り返します。執行部会員は…」
どうやら、大変な事になるようだ。
「行こう」
千景は律子を誘った。
「えっ?」
律子が驚いた。
「早く行こう。一階のコミュニケーションスペースや」
千景は、ドアを開け、廊下へ出た。
繰り返し誘った。
「執行部会員じゃないし」
そう云いながらも、律子が慌てて、部屋から出た。
千景は、ドアの鍵を閉めた。
「北村さんも豊田さんも居らんのや」
千景は、放っておけない。
「リッツもその所為で、掃除当番、替わる羽目になったんやで」
千景は、躍起になった。
律子も覚悟を決めたようだ。
千景に付いて来る。
千景は、階段を駆け下りた。
二階から正本先輩が、駆け下りているのが見えた。
回り階段の上を見上げると、井上先輩も見える。
後は、見た事はあるが、話しをした事のない先輩も駆け下りて来る。
一階のコミュニケーションスペースへ入った。
寮務委員の先生三人が、来ている。
宿直の白川先生もいる。
皆で、長テーブルとパイプ椅子を運んでいる。
千景と律子も手伝った。
長テーブルを置く音と、パイプ椅子の軋む音だけが響いている。
声一つ聞こえない。
会議が出来る状態になると、皆、空いた席に着いた。
千景と律子も席に着いた。
白川先生が、寮生を見渡して云った。
「二年生の、北村さんと豊田さんが行方不明になっている」
白川先生は、もう一度、寮生を見渡して状況を説明した。
豊田さんは、午後一時頃、寮に戻った。
そして、午後三時頃、外出した。
北村さんは、朝、登校した後、一度も寮に戻っていない。
警察官が、帰寮、外出を記録していた。
ただ、午後五時以後は、分からない。
家宅捜索が終わっていた。
その後は、玄関の防犯カメラで確認した。
しかし、二人が、寮に戻った映像は無かった。
以後、二人とも、連絡が取れない。
気付いたのは、共用部清掃に北村さんが現れなかったからだ。
北村さんが、共用部清掃の当番だ。
二人とも、夕食に、学寮食堂へ、行ったがどうかは、分からない。
しかし、誰も二人を見た寮生は、居なかった。
門限にも戻っていない。
北村さんも豊田さんも、携帯電話の電源が入っていない。
白川先生が、二人の自宅へ連絡したが、帰って居なかった。
両方の両親に、警察へ行方不明者届を提出するように伝えた。
白川先生が、警察に通報し、警戒パトロールを要請した。
鈴音寮の緊急事態。
白川先生が、寮務主事と四名の寮務委員を招集した。
学校の自動車で捜索に当たる。
成程。寮務主事と寮務委員は、運転手だ。
入谷君、須崎君は、北村さんの自宅へ、小森君は、豊田さんの自宅へ向かう。
何かあった場合の連絡係だ。
寮務主事一名と寮務委員四名。
三つの男子寮から、各寮、指導寮生三名ずつと、専攻科の寮生一名で計十名。
勿論、清明寮の戸田先輩も参加する。
鈴音寮から、指導寮生三名と、四年生の指導寮生候補二名の五名。
総勢二十名。
五台の自動車で、五班編成する。
メンバーリストが配られた。
少しざわめいた。
寮務主事が到着したのだ。
正本先輩が三番目の班に入っている。
稲田先輩も四番目の班に入っている。
やはり、寮務主事と寮務委員は運転手になっている。
一回の捜索は、二時間程度。
明日、午前七時三十分までを想定している。
宿直の白川先生は、鈴音寮で待機し、連絡を待つ。
捜索開始時間は、午後九時。
もう、既に始まっている。
寮務委員一名、そして、男子指導寮生二名と岸先輩が、岩屋公園へ先発している。
寮務委員一名が、入谷君、須崎君を乗せて、北村さんと豊田さんの自宅へ向かっている。
もう、午後九時十五分だ。
捜索隊が、二人を発見した場合は、捜索を終了する。
たたし、翌日、午前三時までに発見出来なかった場合も、一旦、捜索を終了する。
発見されなかった場合、明日は、臨時休校にする。
寮務主事に承認を得た。
最後に、何か質問があるか。と白川先生が云った。
誰も質問しない。
白川先生が、「準備開始」と云い掛けた。
千景に何か、「音」が聞こえた。
「はい」
千景は、手を挙げた。
皆、一斉に千景を見た。
隣で、律子が唖然としている。
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