5.伝言

「お疲れさまです。秋山です」

着信は、横山先輩からだ。


「今、岩屋公園に居るんや」

横山先輩が、挨拶なしに云った。


「どうしたんですか?」

千景は尋ねた。


「それがなあ、バイト、終わって、家に帰ってたんやけど」

横山先輩が云った。


道の駅の営業時間は、午後五時三十分までなので、横山先輩は、店舗の片付けをした。

出入口に閉店のボードと「火曜日は店休日」の看板を掛けた。


「明日。休み、なんですか?」

千景が尋ねた。


「秋山さん。実は、バイト上りに、伝言板を消しに行ったのよ」

横山先輩が云った。


「えっ?」

千景は、驚いた。


「今日、書込まれた伝言も消すんですか?」

千景は、尋ねた。

ずっと以前に書込まれた伝言なら分かるが、今日、書込まれた伝言まで消し去るのか。


「伝言板の書込みをいつまでも、そのままには、出来んでしょ」

横山先輩が答えた。


成程。何時か、誰かが消すのだ。

道の駅の店舗が、休日の前日に、伝言板の書込みを消す事に決めている。


今日の日付の伝言も、綺麗さっぱり、消し去った。

そして、午後六時頃、帰宅した。


横山先輩は、帰宅して、研究課題のプリントを道の駅へ忘れていた事に気付いた。

研究課題は、明日が提出期限になっている。


午後七時頃、店長に報告して、道の駅へ取りに戻った。


従業員出入口から店舗へ入り、バックヤードのロッカーから、プリントを持って外へ出た。

帰る途中、何気なく展望所の前を通った。

伝言板に何か、書込みがあった。


月曜日の閉店後、伝言板を消した後に、書込まれた伝言は、消さない事にしている。

横山先輩が、何を書込んでいるんだろうと思い、伝言板を見た。


「八時半。岩屋公園で待ちます。林木」という書込みだった。

「林木」なのかどうかは、分からない。

「木」が三つ、横並びに記されている。

無理やり読めば、「リンボク」だ。


それで、横山先輩が、岩屋公園へ向かったのだ。

先週、森本さんが岩屋公園で殺されている。

何かあってはいけないと思ったそうだ。

何もなければ、それはそれで良い。


横山先輩が、携帯で伝言板の写真を添付して、メッセージを送信してきた。

それで、電話は切れた。

無茶をしないように、と云いたかったが、さっさと切られてしまった。


千景はメッセージの着信を確認した。

成程。伝言ゲームで、牧原さんを岩屋公園へ誘導した小道具は、古風にも伝言板だったのかもしれない。


メッセージアプリでも、メールでも電話でもなかった。

伝言板だったのか。

気付かなければ、月曜日の夕方には、消えて無くなる。

勿論、横山先輩のように、写真に撮っていれば別だが。


牧原さんは、誰かから、聞いたのだ。

水車公園の道の駅、伝言板に、待ち合わせ場所の変更が、書込まれていると。


そうでなければ、その書込みが、花見デートの待ち合わせ場所の変更とは、分からないだろう。


事件当日、午後一時頃、自宅を出ている。

古条駅、午後二時十分発の電車に乗った。


その前に、牧原さんは、水車公園の道の駅へ立ち寄ったのだ。

その内容を小森君に直接、確認しなかった。


道の駅の伝言板に、時間と場所を書込んだ人物が、犯人だろうか。

と、云う事は、牧原さんと小森君が、水車公園で待ち合わせしている事を知っている人だ。


おそらく、研修所に集まった女子三名、男子三名の六名全員が、知っていたのだろう。

そうなると、その六名全員が、対象と云う事になる。

小森君は、犯人ではないだろう。

ずっと、水車公園で、牧原さんを待っていたのだから。


西峰はどうだろう。

西峰は、知っていたのだろうか。

西峰と接点があるのは長田だ。


長田は小森君と接触している。

小森君が、不用意に漏らしていれば、それが西峰にも伝わっているかもしれない。

西峰は、牧原さんの事件の時には、大阪に居た。

それなら、長田はどうなのだろう。

長田は、古条市に居たのだろうか。


小森君は、安易に長田を信用しているようだが、本当に信用出来るのか。

直接、小森君に確認してみよう。


森本さんは、どうして岩屋公園へ行ったのだろうか。

牧原さんと同様、水車公園の道の駅へ行って、伝言板を見たのだろうか。

そして、岩屋公園へ誘導されたのだろうか。


それにしても、牧原さんが殺害された、同じ岩屋公園へ行くだろうか。

行くとしたら、相当信頼している相手だろうか。

そうでなければ、相当の覚悟を持って行ったのだろう。


あれ。森本さんの殺害された状態が伝わって来ない。

牧原さんの時は、「防御創が無かった」と伝わっていた。

森本さんの場合は、どうだったのだろう。

警察が発表を控えているのだろうか。


「誰から、なん?」

律子が尋ねた。

じっと喋らない千景を見て心配したようだ。


「横山先輩や」

千景は答えた。

入寮日の前日、教科書を販売している本屋での出来事を説明した。

律子は、横山先輩とは、会っていないのか、それとも覚えていないのか、知らなかった。


「これを見て」

千景は、律子に、携帯の着信メッセージを見せた。


「これって、待ち合わせ場所を水車公園から岩屋公園へ変更した手口やないん」

律子が驚いている。


今回の一連の事件に何か、関係しているのだろうか。

それにしても「木、木、木。林木。リンボク?」何だろう?

何か起こらなければ良いのだが。


横山先輩と同じく、何も無いように祈った。

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