4.疑惑

午後八時二十三分。

鈴音寮に帰寮。


岩屋神社前のバス停から、午後八時五分のバスに乗って、高専前のバス停で降りた。

ぎりぎり、共用部清掃の時間に、間に合うのだが。


森本さんは、共用部清掃の当番を誰かに、替わってもらっていたのだろうか。


森本さんと仲が良かったのは、豊田さんと北村さんだ。

豊田さんは、当日、インフルエンザ感染のため、寮を一時退去している。

自宅に帰省していて寮には居なかった。

もし、森本さんが、当番の交替を依頼したのであれば、北村さんだろう。


勿論、二年生だから、他にも当番交替を依頼できる友達くらいは居るだろう。

ただ、予めの当番交替なら、北村さん以外に依頼できたかもしれない。

しかし、当日に突然、依頼できたのは、北村さん。

だけ、だろう。


突然だったのか?


北村さんが怪しい。

鈴音寮の一年生を除く全員が、そう思っているそうだ。


更に云うと、北村さんは、森本さんと当番交替していたが、それを忘れて、外出していたのだと、陰で噂されている。

もっと酷いのは、北村さんが、森本さんを殺したのではないかと、疑う声もある。


「犯人探しになるから、当番交替者の詮索は止めよう」

だったかなあ。

集会の最後に、当番交替者は誰かという犯人探しになりかけた。

それを制止したのが、正本先輩だった。


水車公園から寮に戻ると、その正本先輩が待っていた。

正本先輩の部屋に、呼び付けられた。

また、外出した事について、叱責されるのかと思った。


しかし、正本先輩は、千景に、相談を持ち掛けたのだ。

また、千景を嵌めるつもりかと思った。


余りにも、北村さんに対する陰口が多いので、正本先輩も少し調べてみた。

森本さんが、帰省先から行方不明になった当日。

北村さんも外出していた。


玄関の防犯カメラで確認した。

北村さんは、午後八時二十分頃、帰寮している。


そして、その五分後、また外出している。

午後九時、門限ぎりぎりに、帰寮していた。


確かに、一旦、買物から戻って、買い忘れに気付き、また買物に出掛けることはある。

だから、不自然ではない。

だが、誰も確かめていない。


正本先輩の話しを聞いてみると、また、噂話の火消しの相談だった。

考えてみます。と応えて、さっさと自室へ戻った。


即答しなかった。

前回、正本先輩から相談された事で、ちゃんと学習しているのだ。


ただ、口にはしないが、実は、千景も北村さんを疑っている。

北村さんは、森本さんの捜索隊に加わっていた。


昨年、牧原さんの事件があった。

それを先生に伝えて、真っ先に、岩屋公園へ捜索に行こうと主張するだろう。


しかし、云わなかった。

だから、岩屋公園を捜索していない。


勿論、死亡推定時間が、午後八時前後だから、捜索に行ったとしても、遺体を発見するだけだったのだが。

それでも、もっと早く、警察の捜査が始まっていた筈だ。


早期に事件が解決していたかも分からない。


怪しいと云えば、豊田さんも怪しい。

帰省中だったので、自由に外出が出来る環境だった。

門限も点呼も無い。

森本さんを殺害して、何食わぬ顔をして、自宅へ帰ることもできる。


第一、森本さんの通夜の時も、涙一粒、流さなかった。


ただ。

そう。ただ、動機が分からない。


千景は、水車公園から戻って、また出掛けた。

高専前のバス停から、午後七時三十分のバスに乗り、岩屋公園へ向かった。


午後七時四十五分定刻に、岩屋神社前のバス停に到着した。

参道を通って公園へ歩いた。

何もせず、また岩屋神社前のバス停でバスを待った。


午後八時五分発のバスに乗って、高専に戻った。

そして、鈴音寮に帰寮したのが、午後八時二十三分。


森本さんは、共用部清掃の時間に、帰寮するつもりだったのかもしれない。

ただし、帰寮できない場合の交替者は、やはり、北村さんしか、思い浮かばない。


千景は、自室に戻り、殺害動機を想像していた。

森本さんと北村さん、それから豊田さんは、牧原さんと親しかった。

仲違いしていた。という様子もなかったようだ。


ただ、森本さんの部屋から、牧原さんの物と思われる制服の入った、白いペーパーバッグが発見された。

血の付いたナイフも入っていた。

だから、牧原さんの殺人事件の犯人は、森本さんだったと疑われている。


千景にとっては、不思議なのだが「ナリスマシ」事件に、使用されたと思われる用紙も、白いペーパーバッグから発見されている。

しかし、千景には、どうしても違和感を拭えない。


もう一人、事件当初から、容疑者として浮上していた、西峰という男がいる。

西峰とはファミレスでトラブルになっていた。

ただし、西峰が、付きまとっていたのは、森本さんに、だった。

牧原さんでは無い。

そこまでは、警察も把握している。


小森君は、西峰と一緒にファミレスに居た長田という男に、トラブルの相談をしていたらしい。

それで、一旦は、森本さんに対する付きまといが、収まっていた。


牧原さん殺人事件の捜査初期段階で、事件当日、大阪に居た事が分かっている。

警察の捜査線上から消えた。


だが、西峰は、今年、大阪での仕事を辞めて、地元に戻っている。

だから、森本さん殺人事件については、警察が注目しているだろうと想像できる。


律子が、千景の部屋へやって来た。

「何か、分かった事あるん?」

興味津々。

律子が尋ねた。

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