5.勇気

午後十一時三十分。

「お疲れさまです。秋山です」

千景の携帯電話に、平沢先輩からだ。


平沢先輩が、グループメッセージを見たようだ。

「藤棚会」の五年生は、岩屋公園へ、北村さんの捜索に出掛けている。


平沢先輩が、今から鈴音寮に来る。

平沢先輩も捜索に加わると云う。


それまでに、宿直の先生を説得するように、指示があった。


気付かなかった。

今日程、自宅での生活が、自由だったと思った事は無い。

どんなに、我儘を云っても、必ず、弘君か景子さんが、何とかしてくれた。


仕方が無い。

千景は、白川先生と直談判だ。


「先生」

千景は、白川先生に、発言の許可を求めた。


「なんや」

白川先生は、真っ直ぐ、千景を見ている。


「今から、私は、北村さんを探しに行きます」

千景は、まったく、後先云わずに宣言した。


「焦る気持ちは、解る」

白川先生が云った。


千景には、白川先生の、引止める言葉を跳ね返す用意が無い。

しかし、白川先生が、意外な事を云った。


「分かった。一年生。行って来い」

白川先生が云った。

ただ、校長の言葉を忘れるな。


校長は、これ以上、事件で、被害者を出してはいけないと云っている。


「絶対。無事に帰って来い」

命令だ。

白川先生の優しい命令だった。

勿論、千景に何か事故でも起こったら、白川先生の責任問題になる。


千景は、心から石鎚山高専に入学して、良かったと思った。


携帯にメッセージ着信。

平沢先輩からだ。

「校庭の駐車場に着いた」


白川先生の許可は得たが、まだ、考えの整理は出来ていない。


「お待たせしました」

千景は、平沢先輩の車に乗った。


「旧道から、岩屋公園へ行ってみようか」

平沢先輩が、提案した。


しかし、旧道もバイパスも警察がパトロールしている。

それでも、北村さんは、未だに行方が分からない。


弘川も警察が追っているが、これも行方が分からない。

長田さえも、行方を晦ましている。


長田が居ないのは、不自然だ。

長田は、西峰とのトラブルについて、小森君の相談に乗っていた。


弘川や西峰とは、違う立場。

つまり、高専入学組の味方。

の筈だ。


しかし、考えてみれば、長田も弘川や西峰の仲間だ。

牧原さん事件の時、道の駅で、伝言板に書込んだ女子を見たのは、長田かもしれない。


そして、森本さん事件の時、その女子の書込みを真似た。

長田が、道の駅の伝言板にメッセージを書込んだ。


森本さん事件の時、西峰に、道の駅の伝言板に、書込みがある事を伝えたのは弘川だ。

しかし、長田が伝言板に書込みをして、弘川に伝えた。


そんな可能性もある。

ただ、そんな事をする理由が分からない。


長田は、小森君の相談に乗っていた。

と見せかけて、本当は長田自身も五人の女子を狙っていたのかもしれない。


豊田さんの母親の言葉を借りると。

聞くのも虫唾が走るし、云うのも汚らわしく、考えただけで忌々しい事を企んでいた。


もう既に、二人が殺害されている。

早く北村さんを見付けなければ、三人目の被害者が出てしまう。


男子寮、女子寮の寮生委員の五年生は、全員、岩屋神社、岩屋公園へ捜索に向かっている。

バイパスと旧道の両ルートとも、コンビニ、スーパーの駐車場、あらゆる所を捜索している。


律子に連絡係を頼んだ。

何か情報があれば、その都度、携帯で伝えてもらうことにした。


牧原さんは、昨年、岩屋公園で殺害されている。

先週、森本さんが、岩屋公園で殺害された。


そして、今日、岩屋公園で、西峰が豊田さんを襲った。


誰もが、弘川と長田も岩屋公園の周辺に居るだろうと思っている。


だから、岩屋町を集中的に捜索している。

つまり、誰も、水車公園を捜索していない。


「平沢先輩。行きましょう」

千景は決めた。


「旧道で良い?」

平沢先輩が云った。


「いいえ。違います」

急がなければ。

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