4.機会

今日、水車公園の隣の道の駅で、伝言板の書込みを見た。

伝言板に、縦書きの、その書込だけが残っている。


「林木」を見て、小森君のサインだと思った。

「小」の字形に合せて、「木」を配置して「森」を表現しているのだろう。

すぐに解った。


「八時半、岩屋公園で待ちます」「小森」という内容だ。


一年前、茜は小森君と水車公園で、待ち合わせていた。


何故か、茜は、岩屋公園で殺害された。

茜が、岩屋公園へ行ったのは、この同じような、書込を見たからなのかもしれない。


もしかすると、薫子も、この書込を見て、岩屋公園へ誘き寄せられたのかもしれない。

小森君は、茜、薫子、純奈と同じ小学校だ。

だから、「林木」は、「小森」だと、分かっていたのかもしれない。


一年前の入寮日に、茜が入る筈だった鈴音寮の、部屋の鍵を受け取ったのは、薫子だと思っている。


薫子は茜が殺害されて、犯人を憎んでいた。

もしかすると、純菜を犯人だと思っていたのかもしれない。

だから、茜は皆と一緒に入寮したのだと、純菜を暗に脅していたのかもしれない。


勿論、入寮日の受付担当寮生のミスだった可能性もある。

もう確認は、出来ない。


これも、もう確認、出来ないが、今年の入寮日、由紀に「ナリスマシ」たのも、森本さんだと思っている。


薫子は、一年間、純菜を探っていたのだろう。

しかし、何も分からなかった。


そこで、薫子は純菜に、揺さぶりを掛けたのだろう。

犯人を知っているぞと、純菜を脅したのだろう。


それに。

入寮申請の様式に合せて、書類を作成する事が出来るのは、森本さんしか居ない。

入寮申請書類を偽造する事は、おそらく、誰でも可能だ。


しかし、申請書類で、寮費の引落口座を偽造する事は出来ないだろう。

銀行預金口座番号は、本人と家族以外、知り得ないし、コピーも取れないからだ。


ただし、唯一、薫子だけ、知り得た可能性がある。


一年前、高専に入学する八人は、入学書類一式をコンビニで二部コピーした。

自宅保管用と自分保管用の二部だ。


自分保管用は、携帯のカメラで撮って保存する予定だった。

ただ、携帯を紛失するかもしれないし、ウィルス感染で情報が流出する可能性もある。


それで、全て、トラディショナルに、紙で保管する事にした。


由紀は、薫子と入谷君の三人一緒に、コンビニでコピーを取った。


一人ずつ、記入だけの書類は、コピー機に原稿自動送りから、二部連写した。

まず、入谷君、次に由紀、最期に薫子の順番にコピーをした。


そして、原本の写し、つまりコピーを貼付した書類がある。


一つは、金融機関の受付日付判のある、入学金の振込依頼書の写し。

もう一つは、学費等の引落口座を指定する通帳のコピーだ。

これは、一回ずつ、コピー機の原稿ガラスにセットしてコピーを取った。


皆と別れた後、自宅でファイルに綴じようとした時、薫子の書類のコピーが紛れ込んでいるのが見付かった。

由紀は、すぐに薫子に連絡し、自宅を訪れて、書類のコピーを返した。


おそらく、あの時だ。

原稿ガラスに、振込依頼書と通帳の写しをセットして、コピーを取っていた時、エラーが出ていた。

由紀は、気付かなかったが、薫子が、コピーを始めた時、入谷君が教えてくれた。


薫子のコピーが終った後、由紀は、再度、書類をセットしてコピーを取った。

その時、薫子のコピーを気付かずに取ってしまったのだろうと思う。


薫子も入谷君から、コピー機のエラーを聞いて、もう一度、印刷実行キーを押したように思う。

薫子の通帳のコピーが、間違えて由紀の手元にすり替わった可能性がある。

それでは、由紀の書類のコピーはどうなのだろうか。


由紀は、振込依頼書と通帳のコピーの際、コピー機の実行キーを三回タッチしている。

エラーが復旧した後、三部コピーされた、のではないだろうか。


薫子に確認したが、手元には、由紀の書類は混ざっていないとの事だった。

その時は、そのまま信じていた。


そして、寮の薫子の部屋から白いペーパーバッグが発見された。

中から、入寮申請書類を偽造したと思われる用紙が見付かった。

寮費引落預金口座の、通帳のコピーが無ければ、提出書類は完成しない。

しかも、薫子には、由紀の預金口座の通帳を持っていた可能性がある。


だから、「ナリスマシ」は、薫子の仕業だろう。

それでは、何故、薫子が、茜の白いペーパーバッグを持っていたのだろう。

薫子に何があったのか。


もし、薫子が、伝言板の書込みを見たとすると、何故、岩屋公園へ行ったのだろう。

茜が殺害された現場なのに。

何故、誘き寄せられるように、岩屋公園へ行ったのか。


犯人と決着を着けるつもりだったのか。

気の強い薫子ならやりかねない。


そして、逆に殺されたのか。


でも、どうして誰にも、相談しなかったのか。

犯人と思っていた人物が、身近な人物だった可能性がある。

だから、グループメッセージにも、書込めなかったのか。


そうだ、グループメッセージに、書込める内容と、書込めない内容がある事は、由紀も思っていた。


道の駅で、伝言板に書込みを見て、薫子も悩んだのだろう。


道の駅の伝言板の書込みは、あの一行だけだ。

まだ、伝言板に書込まれたままなのだろうか。

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