2.入寮

部屋は、三階の奥から二番目、日当りの悪い北側に窓がある。


男子寮は、清音寮、清風寮と清明寮の三つの寮がある。

女子寮は、鈴音寮だけだ。


指定された午前十時前に校庭へ入った。

係員に誘導されて、寮の入口付近に到着した。

千景が移動する時は、いつも驚くほど快晴だ。

試験当日も入学説明会も書類提出日も快晴だった。

そして、昨日も今日も快晴だ。

千景は、晴れ女だ。


しかし、昨夜は、あまり眠れなかった。

昼前に参拝した神社の近くに、公園があった。

小さいけど、綺麗な池があった。

池の向岸の桜が満開だった。

池の畔のベンチへ向かった。


途中、石鎚山高専の制服を着た、男子学生とすれ違った。

高専の先輩だ。

花見にでも来ていたのか。

それにしても、無表情だった。


「何か、あの学生を付けてる。みたいやなぁ」

弘君が、云った。

千景は、振り返った。

成程。弘君に、そう云われてみると、男子学生の後を若い男が、付けているように見える。


ただ、弘君は、何でも、事件に結び付けて、しまう癖がある。


「あっ」

ベンチに近付くと、花束がベンチのすぐ下に置かれている。

沢山の花束。


「これは」

弘君が、このベンチで、誰だかが亡くなったのだろう。と云った。

弘君が手を合わせた。

景子さんも千景も、それに倣って手を合わせた。


その後、景子さんが、制服を受取に行こうと云った。

早めに、制服を受取りに行く方が良い。と主張した。

弘君は、先に昼食にしようと云った。

意見が別れた。


朝、慌ただしく出発した。

途中、コンビニで、サンドイッチとおにぎりを買った。

景子さんと千景は車内で食べた。

弘君は、運転手。しかも、高速道路。

食べられる訳がない。

神社の広場で、景子さんが弘君に、食べるように云った。

しかし、弘君は、もうすぐ昼だからと云って食べなかった。


結果、遅めの昼食になった。

午後三時まで待って、チェックインした。


夜は、焼肉を食べに出掛けた。

夜空が明るい。満月が近いのだろう。


ホテルへ戻ったのが、午後十時過ぎ。

千景は、シャワーを浴びて、ヘッドで横になった。

窓の外が明るい。

月の光が長く伸びて輝いている。

その時、ふと、思い出した。


池の畔のベンチに置かれ花束。

弘君は、誰かが亡くなったのだろうと云った。

何があったのだろうか。

千景は、暫く、寝付けなかった。


寮の広場には、既に何台か車が停まっている。

弘君の車と同県ナンバーの車が停まっている。

もう、荷物の搬入が、始まっている。

受付の順番を待っていた。


すぐ、また一人。千景の後ろに並んだ。

先に並んでいる先頭の人が、鍵を受け取り、車へ戻った。

次の人が、学年、学科と名前を云った。

受付をしている人が、何か三、四枚の資料を見て、鍵を渡した。

成程。あんな要領なんだ。

千景の前の人が、同じ要領で学年、学科、名前を云った。


何か手間取っている。

三枚の資料を見比べて、確認していた。

受付係は四人だ。

受付係が、鍵を渡している人に確認した。

鍵を渡している人が責任者のようだ。

責任者らしい人が、自分の資料を見て、「あっ。この人」と云って、鍵を渡した。

千景は、ちょっと不安になった。

自分の名前が、無かったらどうしよう。

次は、千景の番だ。

千景は、学年、学科、名前を云った。

すぐに、鍵を渡された。

安心した。


受付を終えると、鍵を渡され、部屋番号を伝えられた。

鍵にも、部屋番号のタグが付いていた。


車へ戻ると、隣に駐車していた車は、寮の入口付近から出て行った。


三人で、車に積んでいる荷物を部屋へ運び込んだ。

千景は、カバンだけ持ち運んだ。

弘君は、何だか、重そうな、段ボールを持った。

景子さんは、最後まで悩んだ、袋ケースに押し込んだ毛布を持った。


年に何回か、部屋替えがある。

だから、極力、荷物を減らしたい。

温かい日が続いているので、毛布は要らないと思っている。

景子さんが、毎日、毛布、要るかなあ。と千景に聞いていた。

景子さんは、悩み抜いた挙句、持ち込む事にした。


発送していた荷物は、部屋に運び込まれていた。

部屋は、ビジネスホテルのシングルくらいだ。

狭い。


昨夜、泊まったホテルの部屋がシングルだった。

狭い。


景子さんと弘君は、ツインだった。

自宅では、三人とも一人部屋だった。

久しぶりに、夫婦水入らずだ。

ホテルで、景子さんと弘君は、ラブラブだったのだろうか。


弘君が、部屋に置かれた荷物を片付けずに、出て行く。

景子さんが、手伝うように云った。

「もう一つ、残っとる」

弘君が云った。

もう一個、残っているのは、小物の段ボールだ。

景子さんが、片付けてからにすれば。と云った。

それに対して、弘君が応えた。


荷物を運び込んだら、車を校庭の駐車場へ、移動する事になっている。

後から到着した人のために、荷物の運び込みを終えれば、速やかに、車を駐車場へ移動しなければならない。

弘君が得意そうに説明した。


弘君が、小物の入った荷物を抱えて、部屋まで戻って来た。

「遅かったやん」

景子さんが云った。


「四階へ間違えて行ったんや」

弘君が云った。

二階へ間違えたのなら、もう一階上れば、良いだけなのに、残念だ。と愚痴を云った。


弘君は、部屋に段ボール箱を運び込むと、また部屋から出て行った。

車を駐車場へ移動するためだ。


暫くすると、弘君が部屋へ戻って来た。

部屋の整理は、殆ど出来ている。

段ボールの空箱が散乱している。


弘君は、段ボールを潰して、束ねた。

最後に運んだ、箱の中身を片付けて空になった。

束ねた段ボールを大きな箱に押し込んで、また、部屋から出て行った。


景子さんと千景で、片付けと小物の整理が終わった。

正午まで掛からなかった。

一時間余りで片付いた。

持ち込める荷物が限られているからだ。


「隣、空き部屋やなあ」

いつの間に戻ったのか、弘君が云った。

千景は、部屋から出て、隣の部屋を覗いた。


隣の部屋。

一番奥の部屋には、名札が無い。

弘君の云う通り、空き室だ。

ロールカーテンが開いている。

ドアには、大きな窓があり内側にロールカーテンが付いている。

ドアの窓から中を覗くと、備え付けの机と椅子が北向きの窓際にある。

その後ろに、ベッドがあり、ドアの右隅にロッカーがある。

どの部屋も同じレイアウトだ。


夕方四時まで自由時間だ。

ショッピングセンターへ出掛けた。

三人で昼食を摂り、ダストボックスを買った。

一つは、持参していのだが、燃えるゴミ用と、燃えないゴミ用の、二つ必要なのだそうだ。


もう一つ、自転車を選んだ。

学校への配達を依頼して、後は、喫茶店で、ゆっくりした。

明日は、入学式だ。


四時前に学校の駐車場に戻った。

千景は、鈴音寮へ向かった。


玄関に、先輩だろうか、何人かで、確認している。

その一人から、学年、学科と名前を聞かれた。

バインダーに挟んだ用紙に、チェックを付けた。

毎日、確認されるのだろうか。

それとも、入寮したばかりだから、今日だけ、実施しているのだろうか。


玄関で、上履きに履き替え、部屋へ向かった。

門限後に点呼があるのは、知っている。

玄関で、確認する。とは、学寮規則に書いていないし、聞いてもいない。


それとも、何か、あったのだろうか。

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