7.通夜
「秋山さん。今夜、通夜に行くでしょ」
井上先輩が尋ねる。
朝食の時間に、井上先輩と一緒になった。
今日、森本薫子さんが、自宅へ帰ってくる。
午後六時から通夜だ。
律子は、午後五時頃、両親が迎えに来るそうだ。
だから、通夜も葬儀も参列しない。
千景は、迷っていた。
「あのう。古条市、いえ、ええっと。小森さんも参列するんですか」
千景は、気になっていた。
今日も、小森君は、岩屋公園へ行くのだろうか。
それとも、通夜のため、古条市にいるのだろうか。
小森君は、事件について、何か知っているように思う。
「自分で、決めなさい」
井上先輩に、突き放された。
「私も参列します」
千景は、通夜に参列する事にした。
朝の点呼が終わって、登校準備を済ませるとメッセージの着信。
正本先輩からのメッセージだ。
四限目終了後、どこへも寄り道せずに、寮に戻れ。
千景も、無鉄砲な行動を慎むように、命令だ。
グループメッセージだ。
グループ名は「鈴音探偵団」。
もう少し、何とかならなかったのか。
それにしても、千景まで無鉄砲と決め付けられた。
命令通り、午後四時三十分には寮へ戻った。
律子も寮に戻っていた。
千景は、部屋へ焦って戻り、バッグを置いて、寮の玄関へ走った。いや急いだ。
律子の両親は、既に、迎えに来ていた。
部屋へ戻って、着替えもしていない。
昨夜から課題の教科書をバッグに詰めて準備していたようだ。
正本先輩と井上先輩に挨拶して、バッグを背負った。
両親の迎えの車に乗り込んだ。
山岡さんが、千景の部屋を訪ねて来た。
「山岡さん。森本さんの通夜。どうするんですか?」
千景は、山岡さんに尋ねた。
「勿論。参列します」
山岡さんが答えた。
そう云って、山岡さんが、出て行った。
四人は、高専前のバス停へ行った。
「こんにちは」
男子寮生が挨拶した。
バス停で、男子寮生、三人が待っていた。
午後四時四十分。
七人は高専前から石鎚山駅行のバスに乗った。
バスの中で、自己紹介を始めた。
須崎君、入谷君と戸田さんだ。
やはり、小森君は居ない。
きっと、岩屋公園へ行ったのだろう。
千景は、まじまじと、戸田さんを見た。
通夜に参列するのだから、不謹慎な言動は謹んでいる。
午後五時二十分。
電車は、石鎚山駅から古条駅に向かった。
正本先輩が、千景に、袱紗を渡した。
「いえ。用意しています」
千景が袱紗を見せた。
お香典を入れている。
まだ、二週間だから、お小遣いはある。
午後五時四十分。古条駅に到着。
駅の近くの葬儀会館まで歩いた。
会場の駐車場には、ここにも、報道関係者が詰め掛けていた。
皆、俯いて会館へ歩いた。
マイクやカメラを向ける記者は、いなかった。
中へ入ると校長が参列していた。
何人か、知っている先生の顔も見える。
受付で芳名帳に記帳し、お香典を渡した。
通夜が始まった。
中央に掲げられた、遺影の森本薫子さんは、満面の笑顔だ。
父親が、泣きながら、会葬のお礼を述べた。
親族から、順次焼香に進んだ。
ご両親は、ずっと泣いていた。
森本さんの、母親の肩を同年輩の婦人が、抱いて慰めている。
森本さんの、妹さんだろうか。
小学校高学年か、中学生くらいの女の子が、焼香に進んだ。
気丈に、無表情でいたのだが、焼香の時に、すすり泣く声が聞こえた。
校長や地元名士の焼香が終わった。
校長は、残ったが、先生方や市議は会場を後にした。
一般会葬者の焼香の順番になった。
女子学生が焼香に進んだ。
高専生だ。
捜索隊に加わった二年生の寮生だ。
確か、北村さんだ。
泣きながら焼香をしている。
続いて、二人、高専の女子学生だ。
一人は、やはり泣きながら焼香を済ませた。
もう一人は、泣いていない。
随分と気丈だ。
どちらかが、鈴音寮の女子寮生だろう。
焼香の後、三人の女子学生は、森本さんの母親の元へ行った。
手を握り言葉を掛けた。
親しかったのだろう。
須崎君や入谷君。それに、戸田さんが焼香に進んだ。
須崎君も入谷君も泣いていた。
須崎君は、焼香が終わって、ご両親の元へ行き、母親の手を握った。
同じように、入谷君も、焼香が終わって、ご両親のへ行き、母親の手を握った。
正本先輩と井上先輩が、焼香を済ませた。
山岡さんが居ない。
千景も、焼香を済ませて、席に戻ると、山岡さんが居た。
一人の男子学生が、森本さんの母親の元へ近付いた。
男子学生は、小森君だ。
小森君は、母親の手を握ると、お香典を渡した。
須崎君と入谷君を見て頷いた。
焼香に向かった。
小森君も泣いている。
きっと、岩屋公園へ行っていたのだろう。
鈴音寮の四人は、会場から出た。
戸田さんが外で待っていた。
「戻りましょうか」
戸田さんが正本先輩に云った。
「あの男子の寮生。待たなくて良いの?」
正本先輩が尋ねた。
「皆、自宅が、古条市なんです。今日は、帰省するそうです」
戸田さんが答えた。
「私、寄る所があるから」
山岡さんが、先に、どこかへ去って行った。
来る時も、別行動だった。
皆で、駅へ向かって歩き始めた時、井上先輩が立ち止まった。
「私、ちょっと寄る所があるから、先に戻っていてください」
井上先輩が云った。
井上先輩も、別行動だ。
共用部清掃の時間には、戻るつもりだ。
千景に、もし遅れたら、清掃当番を替わるように頼んだ。
門限までには戻る。という事だ。
井上先輩も古条市の出身だ。
自宅へ立ち寄るのかもしれない。
正本先輩が、戸田さんと並んで歩いている。
さすがに、手は、繋いでいない。
千景は、その後を付いて歩く。
これが、彼氏じゃないとしたら、どんな関係だと云うのか。
今日から、共用部清掃当番が替わる。
律子が、今回の当番に当たっている。
前回、森本さんに替り、律子が当番に当たった。
今回、井上先輩は、当番ではないが、律子と当番を交替したそうだ。
午後八時三十分。共用部清掃の時間だ。
井上先輩は戻らなかった。
一階から四階までのトイレと洗面室の清掃だ。
責任者は、四年生の、岸さんという先輩だ。
話しをした事はなかった。
三階で自然発生した集会の時、ホワイトボードへ書き込む係をしていた。
清掃作業は、井上先輩に比べて、手抜き。じゃなくて、手際が良い。
あっと云う間に、作業が終わった。
「秋山さん。多恵は?」
岸先輩が尋ねた。
多恵って誰。
「ごめんなさい。間に合わなかった」
と、そこへ井上先輩が戻って来た。
「智子。ごめんなさい」
井上先輩が岸先輩に謝った。
「何かあったの。多恵くん」
岸先輩が尋ねた。
多恵って井上先輩の名か。
「ちょっと、後で部屋へ行くわ」
井上先輩が岸先輩に云った。
「ありがとね」
井上先輩が千景に礼を云った。
急いで階段を上って行った。
どこへ立ち寄ったのか、聞けなかった。
点呼の後、山岡さんが部屋を訪ねて来た。
「食べる?」
千景は、山岡さんに骨付鶏味ポテトチップを渡した。
律子の土産がまだ二袋残っていた。
「あの人の名前。分かったよ」
ポテトチップを受け取らずに、山岡さんが云った。
涙を見せずに、焼香を済ませた女子学生だ。
二年生の寮生で名前は、豊田美沙。
隣の部屋の二年生に、教えてもらったそうだ。
山岡さんが、千景の携帯を指差した。
学寮のホームページだ。
学寮交流会で、バレーボール大会の集合写真がアップされていた。
写っている。
豊田さんに、笑顔はない。
しかし、優しい表情をしている。
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