8.輪郭

午前十時三十分頃、岸先輩、他十三名が、森本さんの葬儀に参列するため、寮を出発した。

正午の葬儀に参列し、午後三時頃、全員帰寮した。


一方、井上先輩は、午前八時三十分に寮を出て、岩屋公園へ行った。

小森君は、来ていなかった。

それでも、携帯で、写真を撮り、メッセージに添付して送っている。


寮生の殆どが、金曜日の夕方から、帰省している。

寮に残っているのは、三十二名だ。

新入生、十六名の内、帰省しなかったのは、四名だった。


千景は、午後一時三十分頃に、岩屋公園へ到着した。

井上先輩と交替して、岩屋公園で、当てもなく張り込んだ。


千景は、午後六時三十分まで、岩屋公園に居る予定だった。


来た。

小森君だ。


やはり、誰かを待っている様子だ。


誰か来た。

二十代半ばの男だ。


すぐに、男は、公園から立ち去った。

後姿だけだが、写真を撮った。

暫くすると、小森君も立ち去った。

何か関係が、あるのかもしれない。


小森君が立ち去った後、誰か、また来た。

高専の制服だ。

小森君の後を追うか、迷う間もなかった。


午後三時過ぎ、女子学生が花を二束持ってやって来た。


学寮ホームページに、アップされている写真の、女子寮生だ。

あれは、豊田さん。


ベンチの近くに、花束を供えて立ち去った。

今度は、迷わず豊田さんの後を追った。


豊田さんは、牧原さんとも、森本さんとも親しかったと聞いている。


豊田さんは、森本さんが、殺害された日、帰省中だった。

門限は無い。

自由に動けた筈だ。


豊田さんが、岩屋神社前のバス停で待っている。

千景は、バス停を通り過ぎ、次のバス停まで歩いた。


千景は、次のバス停で待っていた。


時間通り。

バスが到着し、千景はバスに乗った。

豊田さんが居た。


バスは、高専前を過ぎて、石鎚山駅へ向かった。

そのまま、バスから電車に乗り継いだ。

行先は、古条市に決まっている。


古条駅に着いたのが、午後四時三十分過ぎ。

千景は、豊田さんの、後を付けて歩いた。


昨日の、葬儀会館を通り過ぎ、十四、五分歩くと、一本、脇道へ逸れた。

住宅街に入ると、一軒の家に入った。


千景は、豊田さんが、入って行った家へ近付いた。

石張りの門柱に、白い表札がある。

門扉を通り過ぎる時、門柱の一点を注視した。

千景は、表札を見て、緊張した。


千景は、暫く豊田さんを待ってみたが、出て来なかった。

午後五時三十分まで待って、古条駅へ歩いた。


午後七時前に、千景は帰寮した。

階段を上がると、三階のコミュケーションスペースに、大人数が集まっていた。

おそらく、帰省しなかった寮生全員が、集まっているのだろう。


正本先輩も井上先輩も、岸先輩も居る。

岸先輩の隣に、山岡さんが居る。

山岡さんが、千景に、隣の席へ来るよう、目で合図した。


千景は、自室の方を指差して、コミュケーションスペースに立ち寄らず、一旦、部屋へ戻った。


部屋に、用は無かったのだが、疲れていた。

ベッドで横になり、手足を伸ばした。

しかし、早くしないと、夕食の時間に、間に合わない。


千景は、また、コミュケーションスペースの前を通って、階段を下りて行った。

集会は終わっていた。


夕食の時間に、間に合った。

学寮食堂は、千景一人だけだった。

危なかった。

シャワーを浴びて、部屋で勉強をしていた。


点呼の後、井上先輩が呼びに来た。

コミュケーションスペース行くと、正本先輩、井上先輩、岸先輩、もう一人の先輩と山岡さんが居た。

知らない先輩の隣が、山岡さんだ。


「ちょっと。話しがあるの」

名前を知らない先輩が、千景に云った。

明日、二年生の鈴音寮の寮生が、二名、帰寮する。


一人は、豊田美沙さん。

もう一人は、北村純奈さんだ。

この二人と、亡くなった森本薫子さんは、とても親しかった。


それでは、豊田さんと牧原さんは、親しかったのだろうか。

千景は、想像した。


同じ古条西中学校出身だから、親しかった可能性が高い。


豊田さんは、開寮日からインフルエンザに感染して欠席していた。

回復して、帰寮する直前、森本さんが亡くなった事を知った。


豊田さんは、帰寮せず、森本さんの両親の事を心配して、訪れていた。

北村さんも、ショックが大きく、先週、帰省して、欠席していた。


そして、明日、二人の寮生が、帰省先から帰寮する。


二週間足らずの間に、訳も分からず、ナリスマシ事件や殺人事件、といった異常な状況が続いて、不安に思っているだろう。


それで、一度、豊田さんと北村さんに、話しを聞く事にした。

律子と千景にも参加をしてもらいたい。

冷静に状況を整理したい。

という事だ。


「何か質問は?」

先輩が云った。


千景は、躊躇わずに云った。

「亡くなった森本さん、豊田さん、北村さんは、牧原さんとも、親しかったのですか」

千景は、不審に思っている事を尋ねた。


「どうして」

先輩が、慌てたように云った。

千景が、何故、牧原さんの事を知っているのか、驚いていたのだろう。


「ヒロコ。いや、稲田さん。多分、知ってるんやと思うよ」

正本先輩が云った。


正本先輩が、「ヒロコ」と呼んだのは、稲田博子という名前だ。と、さり気なく匂わせて、知らせたのだろう。


千景は、それで、五年生の、稲田博子先輩だと分かった。

共用部清掃の、班別表に責任者として、名前があった。


「牧原さんの事件。知ってるのよね」

正本先輩が、千景に云った。


そして、落ち着いた表情で、稲田先輩を見た。

千景は頷いて、ネットニュースの記事で、分かった内容を話した。


「先輩方は、牧原さんの事件をご存知だったんですね」

千景は、正本先輩に尋ねた。


「知っているわ。ただし、森本さんや豊田さん、北村さんとの関係は、知らなかった」

井上先輩が云った。

昨年の事だから。


清明寮の小森君も、通夜の前日、どこかの家を訪ねている。

通夜の前日は、井上先輩が、岩屋公園で、張り込んでいた。


井上先輩が、話しを続けた。

誰の家なのか、確認しようとして、小森君と鉢合わせしそうになった。

門限も迫っていたので、そのまま帰寮した。

通夜の後、確認に行ってみると、牧原さんの家だった。と説明した。


「いま、戸田さんに、確認してもらってるわ」

正本先輩が、それぞれの関係を確認している。と伝えた。


「何故、誰も、牧原さんの事件について、話してくれないのですか」

千景が質した。


牧原さんは、まだ、石鎚山高専に入学していなかった。


不幸な事件ではあったが、記憶から薄れていた。

稲田先輩が、深く考えていなかったと答えた。


しかし、まだ、事件は解決していない。

不確かな情報と、憶測だけで説明して、更に、不安に陥れる結果になっても良くない。

だから、牧原さんの事件には、触れないようにしていた。


千景は、良く理解出来なかった。

ただ、牧原さんの事件が、気になると説明した。


千景は、今日、岩屋公園で、張り込んでいた時の事を話した。

豊田さんが、ベンチの近くに供花をしていた。

そのまま、後を追った。


豊田さんが、牧原さんの家を訪ねていた。

牧原さんの事件と、森本さんの事件は繋がっている。

素人が考えても、分かりそうだ。


気付くと、着信音。

正本先輩が電話に出た。

「はい。ちょっと待って」

正本先輩が、携帯電話のスピーカーをオンにした。

「私と牧原さん、森本さんと…」

喋っているのは、小森君だと分かった。


小森君が、親しかった、八人の関係を話した。

二年生、小森良和、須崎直也、入谷正文の三名。


同じく、牧原茜、森本薫子、北村純奈、豊田美沙、大垣由紀の五名。


この古条西中学校出身の八名は、昨年二月中旬、石鎚山高専へ入学が決まった。

入学までの約一ヶ月半、長い春休みを過ごしていた。

自然に、仲良くなり、行動を共にする事が多くなった。


もうすぐ、入学式だという時期だった。

突然の事件が起こった。


当時、女子四名と、男子三名も、警察から事情聴取された。


牧原さんは、制服を洋装店から受け取った後、花見をしてから、帰る。と母親に云っていた。


警察は、古条駅周辺、石鎚山駅周辺、洋装店周辺の防犯カメラを確認した。


しかし、牧原さんは、時間を気にする様子もなかった。

石鎚山駅のバス停からバスに乗り、一人で岩屋神社前で、バスを降りた。


その後は、防犯カメラにも写っていない。

目撃者も現れなかった。


岩屋公園で、誰と花見をする予定だったのか。


実は、小森君が、牧原さんと、花見の約束をしていたそうだ。


八人のグループで、約束した訳では、なかった。

当然だが、八人のメッセージグループ内で、二人が約束した訳でもない。


また、小森君と牧原さんの二人で、メッセージグループを登録していた訳でもなかった。

警察が確認している。


それでは、どうやって、小森君は、牧原さんと、花見の約束をしたのか。


単純だが、電話だった。

警察が、牧原さんの通話履歴を確認した。


事件の前日に、電話で通話したのは、小森君と豊田さんと大垣さん。


最初の通話は、小森君から牧原さんへ。

小森君は、二人で花見をしようと誘った。


次に牧原さんから豊田さんへ。

内容は、分からない。


最後に、大垣さんから、牧原さんへ。

これも、内容は分からない。

勿論、豊田さんも大垣さんも、警察には、説明している。


事件当日は、豊田さん、北村さんと須崎君だ。

最初は、牧原さんから豊田さんへ。

内容は、分からない。


次は、北村から牧原さんへ。

内容は、分からない。


牧原さんから豊田さんへ、北村さんから牧原さんへの電話の内容についても、警察には、説明している。


最後に、須崎君から牧原さんへ。

小森君は、須崎君へ、牧原さんを花見に誘った事を打ち明けた。


小森君は、返事をもらっていなかった。

須崎君は、面白半分で、牧原さんに探りを入れた。


これは、小森君の目の前で、通話している。

その時、小森君は牧原さんから、花見の誘いの返事は、待ち合わせの場所で、返事をするという事だった。


それは、来れば「イエス」で、来なければ「ノー」と云う事だと思った。

それも警察に、説明している。


ところが、待ち合わせ場所は、岩屋公園では、なかった。

午後六時に、古条市の水車公園だった。

筈だ。

小森君は、一人で待っていた。


約束の時間に、牧原さんは、現れなかった。

小森君は、牧原さんと、初めて二人っきりで、会う筈だった。


牧原さんは、現れなかった。という事が、答えだと理解した。


その後、牧原さんが、亡くなった事を聞いた。

当初、通り魔の犯行と思われた。


重要参考人として、西峰裕太という男が浮上した。

しかし、当日、西峰は、大阪に居た事が確認された。


もう一つ。待ち合わせ場所は、岩屋公園ではなく、水車公園だった。


これは、初耳だ。

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