三章

美沙は、インフルエンザに感染して、一週間、帰省を延期した。

翌日から、授業に出席する予定だった。

手続きを済ませて、鈴音寮へ行った。


森本薫子が、行方不明だと、鈴音寮に帰寮して、初めて知った。

驚く暇もなく、薫子が、発見されたと聞いた。

帰寮するのを取り止めた。

書類を提出し、そのまま、自宅へ帰った。


グループメッセージで、情報を求めた。

暫く待ったが、何の反応も無い。

由紀に電話を入れた。


「大変なんや」

薫子が、殺された。


由紀が、状況を教えてくれた。

薫子の両親は、泣き疲れたのか、放心状態のようだ。

由紀は、小学校以来の親友で、大垣由紀という。


薫子の両親は、警察署へ行っている。

由紀は、薫子の自宅で、親戚の方と一緒に、留守番をしている。


美沙は、薫子の家へ急いだ。

由紀が居た。

薫子の両親は、まだ帰っていない。


夕方、メッセージグループの仲間が、薫子の自宅へ集まった。

美沙と由紀、それから、入谷君、須崎君、純奈だ。

小森君は、来ていない。

薫子の両親は、まだ帰らない。

報道関係者も、既に、何社か駆け付けている。


牧原さんの事件の時と同様、また、取材合戦が始まった。

親戚の方の携帯電話に、薫子の母親から電話があった。

立哨している警察官から、連絡があったそうだ。

自宅周辺は、報道関係者で一杯だ。


それで、薫子の母親の実家で、泊めてもらう事にしたそうだ。

薫子の妹も一緒だそうだ。


皆、留守番を親戚の方に任せて、一旦、帰宅する事にした。

親戚の方に、母親の実家の場所を尋ねた。


玄関から出たが、マイクやカメラを向けられる事は、なかった。


美沙は、そのまま、由紀の家を訪ねた。

部屋へ入ると、由紀が云った。

「小森君。また岩屋公園かなあ」

意外だった。


「どういう事?」

美沙は、尋ねた。


由紀が説明した。

小森君は、去年、入寮を希望しなかった。

どういう心境の変化か、今年、入寮申請して、許可された。

小森君は、牧原さんに、好意を抱いていた。

花見に誘って、待ち合わせの当日、牧原さんは殺された。


小森君は、ずっと、犯人を探していたような形跡があった。


学校から帰宅途中、高専前のバス停から、岩屋町方面のバスに乗っていた。

由紀が、何度か目撃していた。


いや、目撃しただけではなかった。

由紀が、小森君に尋ねたそうだ。

月命日には、必ず、花を供えに、行っていると答えた。

更に、由紀も、一度、一緒に行ったそうだ。


岩屋神社前の、一つ手前のバス停で、バスを降りた。

バス停の、すぐ前のスーパーで、花を買った。

歩いて、岩屋公園へ向かった。

池の畔の、ベンチの前へ花を供えて、手を合わせた。


ただ、由紀は、気付いた事がある。

月命日以外にも、高専前のバス停から、岩屋町方面へ向かっている事が、度々あった。

きっと、牧原さんを殺した犯人の、手掛りを探しているのだろうと思った。


「何で、教えてくれなかったの」

美沙は詰るように云った。


由紀が答えた。

グループメッセージに、書込み出来る事と、出来ない事がある。

また、変に、電話で伝えても、誤解される事もある。

だから、話せなかった。


美沙は、由紀と別れて、自宅へ帰った。

翌日から、三日間、薫子の母親の実家へ通った。

由紀も一緒に通った。

心強かった。


由紀は、薫子の両親に、語り掛けたりしない。

母親が涙ぐむと、傍らから、背中を擦っているだけだ。

妹の、穂香さんの顔が、強張っているのを見て、微笑み掛ける。

ずっと、学校を休んでいるので、勉強を見てあげている。


目立たないけど、由紀の優しさが、薫子の両親に、伝わっているようだ。


純奈は、月曜日に来た限、来ていない。

メッセージには、ショックが大き過ぎて、寝込んでいる。と書込みがあった。


いつも強気の純奈が、弱気になっている。

無理も無い。

純奈は、薫子と、小学校からの付き合いだ。


美沙は、午後九時頃、由紀と別れて、帰宅した。

部屋へ入ると、由紀から電話があった。


「帰って来る」

電話の向こうで、由紀が泣いている。

そうか。帰って来るのか。

やっと、薫子が、帰って来る。


朝、起きて、由紀と相談した。

薫子の両親は、今日、悲しんでいる余裕は無いだろう。

早めに薫子の家へ行って、何か手伝った方が良いだろうか。

邪魔にならないだろうか。


結局、早めに訪ねて、正解だった。

薫子と会えた。

八畳の和室に眠っていた。


昨夜、通夜と葬儀は、両親と葬儀社の打ち合わせで、あっと云う間に決まったそうだ。


両親と妹の穂香さん、そして、薫子は、夕方、葬儀会館へ移った。

母親は、一晩くらい、家で、ゆっくり、眠らせてあげたかった。と泣いていたようだ。


通夜に小森君が、遅れて来た。

小森君が、薫子の母親の肩を擦って、慰めた時は、美沙も堪らなかった。必死で、涙を堪えた。


葬儀も無事に終えた。

美沙は、誘われて、由紀の家へ行った。

久しぶりに会って、純奈を誘ったが、やはり、体調が思わしくないといって、帰った。


「でも良かった」

由紀が、云った。


薫子が殺されたのに、不謹慎に聞こえる。

しかし、良かったとは、美沙の復帰を喜んでの言葉だった。

心細かったようだ。


由紀が驚く事を云った。

入寮日に、由紀が、鈴音寮へ呼び出された。


由紀の名前で、入寮申請されていた。

寮務委員から入寮申請書類と付属提出書類を見せられた。


申請書類の記入欄は、綺麗な、活字のような文字で書かれていた。

不自然な記入は無かった。


寮務委員の先生は、バソコンでプリントした文字の上に、書類を重ねて、なぞったのだろうと云った。


すぐに、疑い?は晴れたが、誰がそんな事をしたのか、怖くて不安だ。と云う。


更に、薫子が殺された。

何か、関係があるようにしか思えない。

増々、不安が募る。


そんな事があったのか。

しかし、誰も教えてくれなかった。

グループメッセージにも、情報は無かった。


八人居たグループも、今は、六人になった。

しかも、二人は、理由も分からず、殺された。


「大丈夫。私が付いている。ちょっと頼りないけど」

美沙は、由紀を元気付けたつもりだった。


「久しぶりに、何か、食べに行こうか」

美沙は、由紀を誘った。


そんな気分じゃない。と断られた。

「じゃあ。家へ帰るね。あんまり、心配しないようにね」

美沙は、由紀を励まして、自宅に帰った。

明日、鈴音寮へ帰寮する。


居間で、夕食を食べていた。

携帯電話に着信があった。


稲田先輩からだ。

「無事。終わったね」

稲田先輩は、まず、美沙の労をねぎらった。


「ありがとうございました」

美沙は、お礼を云った。


明日、帰寮する事を伝えた。

すると、稲田先輩が云った。

明日、研修合宿所で集会を開く。


内容は、寮生の不幸な事件について、錯綜する色んな情報を整理したい。

純奈には、稲田先輩から連絡する。

由紀には、美沙から連絡して欲しい。

という事だった。


美沙は、由紀に連絡した。

由紀も、是非、協力したいと答えた。

美沙は、稲田先輩に、報告した。


電話を切ると、携帯電話に着信。

薫子の、携帯電話から電話だ。


「カオル?」

美沙は、薫子に呼び掛けた。


「薫子の母です。今日は…」

薫子の母親から、お礼の電話だった。

明後日、鈴音寮へ、薫子の荷物を引取りに行く事を伝えられた。


日曜日。正午過ぎ。

美沙は、純奈と一緒に帰寮した。

鈴音寮に戻ると、玄関まで、稲田先輩が追いかけて来た。

稲田先輩は、明るく、美沙と純奈に声を掛けた。


「ご迷惑をお掛けしました」

純奈が神妙に、お詫びした、

美沙も純奈に倣って、お詫びを云った。


集会に出席したのだが、茜の事件について、尋ねられた。


薫子の事件ではなく、茜の事件か。

一年前だか、鮮明に覚えている。

何度も刑事さんに、説明した内容だ。


由紀が、電話の内容を説明した。

何故か、違和感があった。

美沙も、由紀と電話で話しをした。


由紀は、茜が、小森君と花見をする事を知っているように思った。

思い違いだろうか。


西峰とのトラブルを小森君が説明した。

しかし、警察は、早い段階で、容疑者から外した。

事件当日、西峰は大阪に居たからだ。

それに、西峰が付きまとっていたのは、薫子だった。


結局、何等、得るものも無く、集会は終わった。


美沙は、茜と薫子の事件について、区切りが着かないまま、また、寮生活を再開する。


久しぶりに、授業へ出席した。

クラスメイトが話し掛けてくれる。


皆、優しく慰めてくれる。

誹謗中傷するような人は、一人も居なかった。


ただ、先生だけは、授業に集中している。

予習や課題は、休んでいる間、しっかり勉強していた。

授業内容が、解らない箇所は無かった。


正午。二限目の授業が終わった。

直後。館内放送。

午後からの授業は休講にする。

と、館内アナウンスが知らせた。


クラブ活動も本日は、禁止だ。

通学生は、直ちに帰宅するように。とのお達しだ。

何があったのか。


昼食の時間だ。

学寮食堂へ向かった。


そうだ。

今日、午前中に、薫子のご両親が、荷物を引取りに来ている筈だ。

会えるかもしれない。


学寮食堂へ向かう途中、鈴音寮へ戻ると、玄関前の広場に、パトカーと警察車両が、四台停まっていた。


「豊田さん」

振り向くと、稲田先輩だ。

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