1.藤棚

館内アナウンスを聞いた時に思った。

また何か、事件が起こった。

午後の授業を休講にするのだから。


とりあえず昼食だ。

なんだか、律子が男子と、お喋りしてる。


放って置こう。


どうせ、午後の授業は休講だから、授業の準備は不要だ。


カバンを提げたまま、学寮食堂へ走った。いや、急いだ。いや、校庭だから、走っても良い。


学寮食堂で、稲田先輩と一緒になった。

豊田さんも一緒だ。

横並びに席に着いた。


真ん中が稲田先輩だ。

稲田先輩が、鈴音寮の状況を話してくれた。

稲田先輩は、今日の授業は、一時限目だけだった。


稲田先輩が、寮に戻ると、森本さんの両親が、寮へ、部屋の荷物を引取りに、来ていたそうだ。

挨拶して、自室へ入った。


森本さんの部屋の斜向いが、稲田先輩の部屋だ。

両親が、荷造りを始めた。

暫くして、森本さんの母親が、稲田先輩を呼んだ。


稲田先輩が、部屋へ行ってみると、ロッカーが開いていた。


ロッカーの中の、荷物をまとめていたようだ。

制服やジャージ、ジャンパーの類いは、段ボールに詰めてある。


段ボールが、ベッド脇に置かれている。

まだ、封をしていない。


ハンガーポールに、掛かっている衣類は、無かった。

洋服の無くなったポールの下に、白いペーパーバッグがある。

白いバッグの端から、洋服の袖がはみ出している。

バッグの外へ垂れ下がっていた。


稲田先輩は、バッグの中を見た。

バッグから出して、広げてみた。

外へ垂れ下がった袖は、高専の制服だった。


制服とバッグの隙間に、紙が挿まっていた。

四つ折りになっているのを広げた。

A四のコピー用紙だ。


何だ。

印刷している。

大垣由紀の字が、印刷されている。

ずっと読んでみた。


これは、明らかに、入寮申請書類に、記入する内容だ。


「えっ?」

豊田さんが驚いた。


もう一つ、何か、定規のような物が、挿まっている。

多分、父親は、バッグを広げた時に、これを見たんだ。

ナイフ。剥身のナイフだ。


「えっ」

豊田さんが震えて、息を呑んだ。

刃が赤黒く錆びている。血だろうか。


「ごめんなさい。食欲無くなるね」

稲田先輩が謝った。


「いいえ。大丈夫です」

豊田さんは、そう云って、豚カツを大きく噛んで、咀嚼している。


牧原さん殺害事件の証拠が発見された。

同じ場所から「ナリスマシ」事件の証拠も発見された事になる。

何か違和感がある。


稲田先輩が、話しを続けた。

両親も慌てただろが、稲田先輩も慌てた。


稲田先輩は、支援事務室へ走った。

状況を伝えた。


事務職員が、部屋へ駆け付けた。

その場で、職員が警察に通報した。

数分後、警察車両が到着した。

暫くして、鈴音寮の家宅捜索が始まった。


「部屋に、入れるんですか」

千景が尋ねた。


「入れる訳ないでしょ」

稲田先輩が、呆れたように答えた。


「カバン、置いて、着替えたかったんやけどなあ」

千景は、落胆した。


「ああ。自分の部屋?」

稲田先輩は、森本さんの部屋と、勘違いしたようだ。


「入れるよ。入れないのは、森本さんの部屋だけよ」

稲田先輩が云った。


三人は、学寮食堂から出て、鈴音寮に戻った。

玄関の前で、警察官に、学生証と、カードキーの提示を求められた。


寮生である事の確認が、学生証と、カードキーだけか。


部屋の窓から、下へ投げ落とせば。

と思ったが、何人も警察官が、建物の周囲に、立哨している。


それに、犯人なら、沢山の警察官が出入りしている所へは、のこのこと、やって来ないだろう。


千景は、自室へ入った。

いつものジャージに着替えた。

通学カバンに、明日の授業の教科書を詰めた。

そうだ。忘れていた。


平沢先輩に、連絡する事を忘れていた。

携帯を手に取ると、着信があった。

タイミング良く、平沢先輩からだ。


「お疲れさまです。秋山です」

千景が応答すると、平沢先輩が笑った。


「ごめんなさい。お父さんと同じだから」

平沢先輩は、笑った理由を云った。

失礼な。何が、弘君と同じだと云うのか。


「実は、入寮の話しなんだけど」

平沢先輩が、入寮に梃子摺っている。


入寮申請は、許可されている。

いつまで経っても、入寮日の連絡が来ない。

平沢先輩は、学校へ確認をした。


学校からの回答は。

現在、鈴音寮は、事件に巻き込まれている。

騒動が、落ち着いてから、入寮日を決定する。

という回答だったそうだ。


確かに、ご尤もな回答だ。

納得せざるを得ない。


平沢先輩に、今、どこに居るか、と尋ねられた。

千景は、寮に居ると答えた。


「大変な事に、なってるなあ」

平沢先輩が、云った。

平沢先輩から、今、藤棚に居るけど、出られないか。と誘われた。


「只今、馳せ参じます」

と答えた。


千景は、部屋から出て、階段を降りようとした。

井上先輩に捕まった。


まるで、千景を見張っているようだ。

それほど、無鉄砲では、無いつもりだ。


事情を説明すると、井上先輩も行く。と云い出した。

井上先輩が慌てて、部屋へ戻った。

支度をしたそうだ。

何の支度をしたのかは、不明だ。


井上先輩が、携帯電話を操作している。

千景の携帯電話に着信音。

井上先輩が、携帯電話で、「鈴音探偵団」に、メッセージを送信していた。


玄関で警察官に学生証と、カードキーを提示して、外へ出た。

千景は、水槽前の藤棚へ走った。


井上先輩も走っている。結構速い。

千景に、ちゃんと、付いて来ている。

何だか、恋人の許へ、走っているみたいだ。


「お待たせしました」

井上先輩が、平沢先輩に挨拶した。


「どうして」

平沢先輩が、驚いている。


更に、後から、続々と駆け付けて来る。

正本先輩、稲田先輩、岸先輩、律子、は知っている。


「こんにちは」「お疲れさまです」「ご無沙汰してます」

皆、口々に挨拶している。


「随分、集まったわね」

平沢先輩が、場所に困っている。


「ここのベンチで良いです」

稲田先輩が云った。

皆、思い思いにベンチに腰掛けた。


新型コロナ感染流行以降、横並びに座って会話しても、違和感を覚えなくなった。


稲田先輩は、森本さんの両親が、荷物を引取りに来た時の出来事を話した。

重い話題になった。


平沢先輩が、追い討ちを「さっき、森本さんの自宅に、警察が、家宅捜索に入ったわ」掛けた。


殺人事件の被害者が、一転、牧原さん殺人事件の被疑者になった。


しかし、いつの間に、稲田先輩と岸先輩が、入団?したんだろう。

「鈴音探偵団」


それにしても、もう少し、何とか、思い付かなかったのだろうか。

「鈴音探偵団」

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