9.登場

おかしいなぁ。

電話にも出ない。

メッセージも既読にならない。

何かあったのか。

まさか、巻き込まれている訳じゃないのか。

心配だ。


千景に電話を入れたが応答がない。


千景と連絡が取れない。

まさか、岩屋公園へ、行っているのではないかと心配した。


すぐに、岩屋公園へ向かった。


先週、月曜日。

寺井社長に、電話を入れた。


「何か、石鎚山で、仕事の依頼。無いかなあ」

弘が尋ねた。


実は、牧原さんの事件があって、一年後、森本さんの事件が起こっている。

犯人は、捕まっていない。


事件解決が、長引くかもしれない。

じっとして居られない。

長々と説明した。


「あるわよ。ちょうど良かった」

寺井社長が云った。


「えっ?」

弘は驚いた。

そんな簡単に、見付かるとは思わなかった。


花宮水産の石鎚山営業所で、女性事務員が、二ヶ月の長期休暇を取る。


兄が肝臓移植手術を受ける。

ドナーが、妹の女性事務員だ。

寺井社長が、花宮社長から、相談を受けていたそうだ。


そこへ、弘が電話をした。

という訳だ。


飛んで火に入る夏の虫、状態。

あっ。いや、渡りに舟だった。


弘は、もう一つ、二十四時間営業のスーパーで、アルバイトをしている。

そこの店舗へも、二ヶ月間勤務出来ない旨、報告した。

多少、文句を云われたが、承諾してもらった。


そして、昨日、お母さんに、話した。

お母さんとは、弘の妻、景子の事だ。


「ちょっと、仕事で留守にします」

弘が云った。


「そう。いつ帰って来るの?」

お母さんが尋ねた。


「二ヶ月後くらい」

弘が答えた。


「二ヶ月?二日の間違いやないの?」

お母さんが尋ねた。


「いや、二ヶ月や」

弘が云うと、お母さんは、呆れていた。


「いつから?」

お母さんが尋ねる。


「明日から」

弘は素直に答える。


「どこへ行くの?」

呆れ顔で、お母さんが尋ねた。


「石鎚山」

弘が答えた。


お母さんは、得心したようだ。

弘は、一年前の牧原さん殺人事件と、今回の森本さん殺人事件の説明をした。

しかし、信じてもらえなかった。


「千景の、勉強の邪魔、しないようにね」

お母さんは、弘が、千景の顔を見に行きたいだけなのだ。と思ったようだ。


そして、今日が、初勤務だった。

場所は、石鎚山市岩屋町だ。


それこそ、岩屋公園が近い。

近くに、スーパーもある。


社宅アパートには、家電製品一式が、備え付けられている。

持参した荷物は、着替えだけだ。


女性事務員は、土曜日から休暇に入っている。

だから、まったく引継ぎは無かった。


営業所といっても、所長一人、営業担当者が一人、事務員一人。

全部で三人だ。

所長も営業担当者として、得意先を回っている。


弘は、花宮水産の加工所で、作業をした事はあるが、事務の経験はない。

しかし、帳票類を見ると、何となく理解出来た。


所長も営業担当者も午後五時には帰社していた。

所長は、持ち帰った得意先の注文書を弘に渡した。


説明しようとしたが、弘が、本部へ発注処理する様子を見て驚いた。

弘は、まったく引継ぎ無しで、事務処理している。

ちょっと自慢。


所長と営業の二人は、まだ、何か得意先へ電話をしている。

弘は、普通に事務処理を済ませ、午後五時三十分、定刻に退勤した。

スーパーで弁当を買って食べた。


午後八時、岩屋公園の池の畔。

ベンチの周囲は、まだ規制線テープが張られていた。


「秋山さん」

誰だろう。弘を呼んだ。

若い女性だ。


「ああ。確か。本屋さんで。バイトの横山さん」

弘は、思い出した。


「偶然ですね。夕方、秋山さんと会いました」

横山さんが、意外な事を云った。


弘も、「秋山さん」なのだが。

横山さんの云う、秋山さんとは、千景の事だ。


横山さんが、古条市の、水車公園の隣、道の駅での事を話した。

その後、伝言板の書込みを見て、岩屋公園へ来たと説明した。

桜が満開の時期なら、花見の「はしご」も理解出来るけど、今、葉桜に近いしなぁ。


弘は、横山さんの携帯電話の写真を見て、「林木。リンボク?」呟いた。

伝言の、最後に書込んでいる、林木は署名だろう。


「分からないでしょ。秋山さんも、呟いてました」

何度も云うが、秋山さんとは、千景の事だ。

千景も、疑問に思っていたのだ。


千景が、横山さんと会ったのは午後四時頃。

水車公園から駅へ向かったのが、その三十分後。

その時点で、伝言板に、そのような伝言は、書込まれていなかった。

午後五時三十分頃、横山さんが、伝言板の書込みを全て消し去った。


午後七時頃、横山さんは、道の駅へ戻った。

その時、伝言板に書込があった。

伝言は、午後六時から午後七時までに、書込まれた。


「ただ、木、本、木と、なっていたら森本さん。という意味かなあって、思うんやけどなあ」

弘は、一週間前の森本さん殺人事件を連想していた。


「えっ?森本さんの事件と、何か関係あるんですか?」

横山さんが驚いた。


「いや、森本。っていう字を表すんやったら、森と書いて、三つの木のどれかを本にする。と、思うんや」

しかし、伝言の署名、と思われる文字は、木が横並びに三つ。


強いて読めば、林木になっている。

弘は、自身で云った「森本」説を否定した。

署名では、ないのかもしれない。


「誰か来ました」

横山さんが云った。


「どこ?」

弘は、探したが、分からない。

横山さんが、池の向岸を指差した。


「高専の制服、着てますよ」

横山さんが、高専の学生だと云った。


女子学生だ。

伝言板を見て、やって来たのか。

それとも、伝言板に書込んだ本人なのか。

もうすぐ、午後八時三十分。

伝言板に指定していた時間だ。


「あっ」

女子学生の後ろから男が付けて来る。

男が、女子学生目掛けて、走り出した。


横山さんが走った。

弘も走った。


「危ない。逃げろ」

弘は叫んだ。

女子学生が振り向く。


女子学生の目の前に男がいる。

ナイフを持っている。


もう少しで、女子学生に手が届く。

弘は女子学生に手を伸ばした。

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