9.捜索

「正本先輩。お気を付けて」

午後十一時。正本先輩が森本さんの捜索に出発した。


森本さんが、午後十時になっても帰寮しない。

宿直の白川先生が、保護者へ状況を連絡した。


森本さんは、母親へ、今から自宅へ帰ると連絡していた。

午後四時頃、自宅へ帰った。

勉強部屋で一時間程、何かしていた。

午後六時、自宅で夕食を摂った。

午後七時前、寮に戻ると云って、出て行った。


午後七時前後で、古条駅発で、石鎚山駅着の電車は、午後七時五分の便がある。

おそらく、その電車に乗ったと思われる。


変わった様子は、無かったそうだ。

どこかへ寄る。とも云っていなかった。


古条駅から石鎚山駅まで、約二十分。

石鎚山駅から学校まで、バスか徒歩で二十分。

電車待があったとしても、一時間で帰寮出来る筈だ。


だから、どんなに遅くとも、午後九時までには、帰寮している筈だ。


白川先生は、森本さんの父親に、まず、携帯電話に連絡を入れてみるように云った。

そして、繋がらなかったら、警察へ行方不明者届を提出するように助言した。


通常、学校の対応としては、ここまでだ。

後は、保護者の方で、処理しなければならない。


森本さんの父親から、鈴音寮に電話が入った。

母親が、森本さんの携帯電話に連絡した。

電源が入っていなかった。

両親は、すくに、警察に駆け込み、行方不明者届を提出した。


その後、父親は、自宅から古条駅まで、探し歩いている。

父親は、白川先生へ、助言の通りに行動した事を伝えた。

白川先生に、縋るような思いで、連絡を入れたのだろう。


それが通じたのか、白川先生が、井上先輩を呼び出した。


白川先生が、井上先輩に依頼して、森本さんの親しい寮生を探した。

友達の寮生から、携帯電話で森本さんへ連絡を入れてみた。

電源は、入っていなかった。


白川先生が、寮務委員の先生を呼び出した。

学校から石鎚山駅まで、探してみる事にしたのだ。

寮務委員の先生が鈴音寮に到着するのを待って、捜索を開始した。


捜索に加わったのは、白川先生、正本先輩と、もう二人の五年生、そして寮生の友達一人の五人だ。

学校から石鎚山駅まで、徒歩二十分くらいだから、往復しても四十分。

探しながらでも、二時間は、掛からない。


経緯は、分かった。

それで、千景と律子は、何をお手伝いすれば良いのか。


どこかから、鈴音寮に、電話があるかもしれない。

外線の電話は、寮務委員の先生が受ける。

寮務委員の先生に内容を尋ねて、正本先輩の携帯電話に連絡を入れて伝える。

簡単な作業だ。


「チカと二人でするんですか」

律子が正本先輩に尋ねた。


「一人でも良いけど、小倉さん。寮務委員の先生と、二人っきりで、宿直室に居られるの?」

正本先輩が云った。


それで、宿直室に千景と律子の二人が居る事になった。

だから、寮務委員の先生と三人で、電話番をしている。


千景と律子は、教科書とノートを持ち込んで、勉強をしている。


寮務委員の先生は、ノートパソコンに向かって、何か呟いては、キーボードを叩いている。

成程。学生には無関心だ。

これなら、千景か律子のどちらか一人でも大丈夫なのだが。


電話が鳴った。

「はい。鈴音寮です」

寮務委員の先生が受けた。


何度も「はい」と返事をして、「まだ何も」と云って終わった。


「どちらからですか」

千景が尋ねた。


寮務委員は、森本さんの父親からだと答えた。

律子が内容を尋ねた。


警察が、警戒警邏パトロールをしているが、発見には至っていない。

父親は、もう一度、心当たりを探してみる。

寮に、何か情報が無いか。

という内容だったと説明した。


律子が、正本先輩の携帯電話に連絡を入れた。

森本さんの父親から、電話連絡があった事と、その内容を伝えた。


森本さんの自宅から古条駅までの町並みは、分からない。

しかし、学校から石鎚山駅までの町並みは、分かっている。

駅前広場から、商店街、ビル街、官公庁通り。

どこも交通量も人通りも多い。

行方不明になりようが無い。


交通事故に遭うかもしれないが、人目に付くから、必ず通報があるだろう。

そんな所を探しても、見付かるような気がしない。


千景なら、森本さんの友達の寮生に、まず、聞き取りを実施する。


立ち寄りそうな場所や、心当たりのある場所を聞き出す。

捜索する時間が、限られているので、捜索する場所を絞る。

その絞り込んだ場所を五人で、探す方が、見付かる可能性、確率が高いと思う。


午前零時。

千景の携帯電話に着信があった。

正本先輩からだ。

慌てて携帯電話に出た。


「お疲れさまです。秋山です」

千景が云った。

正本先輩が、学校へ何か連絡が無かったかと尋ねた。


「どこからも、なんの連絡もありません」

何か連絡とは、警察からだろう。

正本先輩は、森本さんを発見出来なかった。と伝えた。


「正本先輩からです。発見出来なかったそうです」

千景が、寮務委員の先生に報告した。


今から寮へ戻る。

もう一度、探しながら戻るので、少し時間が掛かる。という連絡を報告した。


また、鈴音寮の電話が鳴った。

寮務委員の先生が電話を受けた。

「こちらでも、探していますが、見付けられていません」

先生が答えた。


「はい。こちらは、後、一時間くらいで、一旦終ります」「はい。警察からは、まだ、何も連絡がありません」「はい。森本さんも、十分、お気を付けて」

電話を切った。


成程。千景にも、電話の内容が、分かるような、寮務委員の先生の応答だった。

おそらく、千景と律子に聞かせるための、意図的な応答だったのだろう。

正本先輩に、報告する必要がない事を知らせているようだ。


午前一時過ぎ。

白川先生率いる捜索隊が帰寮した。

皆、意気消沈している。

中には、泣いている寮生も居た。

寮務委員が帰宅して、白川先生が宿直業務に戻った。


「元気、出しなさい」

正本先輩が、泣いている寮生を元気付けるように云った。


「大丈夫よ。きっと、見付かるから」

もう一人の五年生が慰める。


別の先輩が、泣いている寮生に付き添って、部屋まで行った。


友達の森本さんが、行方不明になっているのだから、心配するのは分かる。

だが、あれだけ泣くのが理解出来ない。

まだ、事件事故に遭ったと決まった訳でもない。


正本先輩が、千景と律子を補食室へ誘った。

部屋からカップラーメンを三個持って出て来た。

律子が薬缶に水を入れ、クッキングヒーターのスイッチを入れた。


カップラーメンが、電話番のお駄賃だ。

「あの泣いていた子。森本さんと小学校からの親友なの」

正本先輩が、カップラーメンにお湯を注ぎながら云った。


「そうか」

千景は、あんなに泣いている理由が分かった。

「えっ?」

しかし、すくに、疑問が湧いてきた。


初め、千景は、鈴音寮に入寮してからの、友達だと思っていた。


小学校からの親友なら、中学校、高専と、随分、長い付き合いの筈だ。

心当たりの場所が、思い浮かばなかったのだろうか。

それとも、白川先生の一存で、捜索場所を決定したのだろうか。


「もう解散しましょう」

正本先輩が宣言した。

点呼に、遅れないようにと注意した。

朝、七時三十分に鈴音寮の広場で、点呼がある。


集合していない寮生がいれば、誰かが、呼びに行く。

皆、集合した事を確認して、その場で点呼が始まる。

点呼が終ると、ラジオ体操をする。

週に一度、ラジオ体操の替りに、鈴音寮周辺の清掃がある。

このラジオ体操か、清掃を協同課業という。

四年、五年生は、この協同課業が無い。

今日の起床は、大変かもしれない。


午前二時。

森本さんの両親は、まだ探し続けている。

いや、多分、一晩中、探し続けるのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る