1.署名

「それ以上の事は、分っていません」

正本先輩が報告を終えた。


捜索隊の二班、三班が帰寮した。

一階のコミュニケーションスペースで、鈴音寮の執行部会員が集合している。


三班は、岩屋公園の捜索を担当していた。

正本先輩が、電話で一報を入れた事以外、新しい情報は無かった。


「失礼します。先生。警察からお電話です」

律子が、警察からの電話を知らせに来た。


律子と小森君が、宿直室で固定電話の電話番をしている。

すぐに、白川先生が、宿直室へ戻った。


暫くして白川先生が、集会に戻って来た。

「みんな。豊田さんが見付かった。警察に保護されている」

白川先生が報告した。


わあっ。

コミュニケーションスペース一杯に、歓声が沸き上がった。


誰かの携帯に着信音。

「はい。井上です」

井上先輩の携帯だ。


「えっ!」

井上先輩が驚いている。

すぐに、音声をスピーカーに切替えた。


「ハナ」「横山さんです」皆に伝えて「もう一度、話して」

井上先輩が云った。



「だから」

横山さんだから、横山先輩だ。

「ハナ」とは、横山英江先輩のことだ。


そうだ、横山先輩は、道の駅の伝言板で、書込みを見付けた。

異常がないか心配で、岩屋公園へ確認に行くと云っていた。


「今、石鎚山東警察署から解放されたのよ」

横山先輩が、話し始めたが。


「男に襲われた女子学生は、豊田美沙さん石鎚山高専の二年生で、鈴音寮の寮生よ」

横山先輩が、興奮して伝えた。


先程、警察から鈴音寮の電話に、連絡があったばかりだから、皆、知っている。

それでも、今度は、拍手が沸き上がった。


「岩屋公園の入口で、高専の制服着た女子学生が、男に襲われそうになってね」

話しが前後して、内容を理解するのが難しい。


「秋山さんのお父さんと会ったのよ。一年生の秋山さん」

横山先輩が意外な事を口走った。


ええっ!

千景は驚いた。


「そう。名探偵の」

ついでに、余計な事も喋った。


弘君。石鎚山市へ来ていたんだ。

何度か、携帯に電話があった。

メッセージの着信もあった。


どうせ「構って」欲しいだけの、電話とメッセージだと思っていた。

だから無視していた。


豊田さんと北村さんが、行方不明になっている。

千景は、それどころでは無かったからだ。


横山先輩は、まだ、興奮しているのだろう。

頭の中で、話しを組み替えて、内容を整理すると。


岩屋公園で、弘君と会った。

暫くすると、豊田さんが、岩屋公園の池のベンチへ歩いて来ていた。

豊田さんの後を男が追って来た。


男は、ナイフを握り、豊田さんに向かって突進した。

弘君は、ナイフの男から豊田さんを庇い守った。

横山先輩は、ナイフの男に体当たりして倒し、組み敷いた。


すぐに警察官が駆け付けた。

四人は、警察署に連行され、取調べを受けた。

豊田さんの母親が、警察署へ迎えに来た。


弘君が、豊田さんをナイフの男から救った。

いや、ナイフの男を倒したのは、横山先輩なのだが。


それでも、豊田さんを守り抜いたのは、間違いない。

弘君のお手柄だ。


ナイフの男、以外は解放された。

豊田さんの母親は、警察署に残り、状況を豊田さんと鈴音寮に、電話で伝える事になった。


豊田さんの母親は、弘君を親戚だと偽った。

また、母親が、北村さんの状況を知りたいので、警察署に留まりたいと申し出た。


千景は、随分と大胆な行動だと思った。

弘君が、入知恵したのではないかと疑った。


弘君に、豊田さんを自宅まで送り届けるように依頼した。

と警察に説明して、了解を得た。


横山先輩の電話が切れた。


千景は、随分と強引だと思った。

どうも、弘君が操っているように思えてならない。


「先生。豊田さんのお母さんからお電話です」

律子が、白川先生を呼んだ。


白川先生が戻って来た。

何故か、小森君を連れて来ている。

一階のコミュニケーションスペースだけは、男子学生の入室が可能だ。


「豊田さんのお母さんからでした。豊田さんを襲った、男の名前が分かった」

白川先生が、電話の内容を伝えた。


豊田さんを襲ったのは、西峰裕太、二十五歳。

西峰だ。

西峰が、豊田さんを襲った。


また、携帯の着信音。

「小森です」

小森君が応答した。


「西峰は、伝言板を見て、岩屋公園へ行ったそうです」

小森君が、電話の内容を伝えた。


豊田さんの母親が、警察で得た情報を伝えて来た。

豊田さんの母親は、警察署に残っている。


白川先生が自身の携帯番号を知らせようとした。

すると、小森君が、豊田さんの母親の携帯番号を知っていると云った。

それで、白川先生が、豊田さんの母親に、以降、小森君の携帯に、連絡するように依頼した。


「道の駅の、伝言板で書込みを見付けた」

千景は、小森君に云った。


小森君に横山先輩からのメッセージの添付写真を見せた。

「午後八時半、岩屋公園で待つ。林木」

これを見て、豊田さんも、岩屋公園へ行った。


「ええっ。これは、僕のサイン」

小森君が云った。


字体は、すべて定規を当てて書いたように見える。

だから、文字の癖は分からない。

でも、「林木」は、小森君のサインだそうだ。


「僕のサイン?小森君のサイン。なの?」

千景には、分らなかった。


小学校低学年の頃、小森君が考え出したサインだそうだ。

「小」の字形に合わせて、「木」を三つ配置した。

これで、「小森」のサインにしていた。


成程。小学校低学年の考えそうなサインだ。

しかし、その小学生低学年の考えたサインが、解らなかったのは、千景なのだが。


豊田さんと大垣さんは、これが、小森君のサインとは知らない。

今では、知っているのも、同じ小学校出身の北村さんと入谷君だけだ。


「それじゃあ、この伝言板。小森君が書込んだの?」

千景が強い口調で質した。


「私は、書いてません」

小森君は閉口した。


「じゃあ、他に、知っている人は居ないの?」

千景は、更に追及した。


小森君は、牧原さんと森本さんも知っていたが、二人とも殺害された。

つまり、もし牧原さんも森本さんも、同じように道の駅で、伝言板に誘導されたとすると、それ以前から小森君のサインを知っていた事になる。


そうなると、北村さんか入谷君が、伝言板に書込んだ。という事だ。

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