5.誤解
あれだけ、一生懸命、暗記したのに。
まだ、結果は出ていないが、厳しい状況が予想される。
数学は、まあまあ、出来たと思っている。
テスト前日に、小倉さんと長話をしてしまった。
もう一度、暗記確認をしていれば良かった。
後悔しても始まらない。
次、頑張る。しかない。
小倉さんと一緒に、昼食を学寮食堂で摂った。
今日も、午後九時半から、小倉さんと話しをする約束をした。
鈴音寮から、教室へ向かっていた。
途中、藤棚のベンチが見える。
「あっ」平沢さんだ。
水槽のベンチに平沢さんがいた。
藤棚の南に水槽がある。
平沢さんは、専攻科二年生だ。
元々は、高専卒業後、浪速大学工学部の三年生に編入を予定していた。
成績も問題は無かった。
しかし、どういう訳か、専攻科へ進んだ。
来年は、浪速大学大学院を目指している。
ただ、場合によっては、石鎚山大学大学院になるかもしれないそうだ。
どうして、なのか分からない。
石鎚山市に、執着があるのか。
千景は、藤棚に居る平沢さんに、駆け寄った。
「あっ。居たなぁあ!」
平沢さん。じゃなくて、平沢先輩が、千景に気付いた。
藤棚のベンチに掛けて話しをした。
千景は、今、寮で起こっている事件を話した。
平沢先輩は、正本先輩も井上先輩も知っている。
鈴音寮に居た時は、親しくしていたそうだ。
平沢先輩が、正本先輩と井上先輩に、千景の事を宜しく。と伝えていたのだ。
千景は、それで分かった。
井上先輩も正本先輩も、気さくに、優しく、話し掛けてくれるのだ。
平沢先輩は、専攻科へ進むと同時に、アパートへ引っ越した。
だから、詳しく寮内の現状を知らない。
それでも、学校としては、大事件だから、噂くらいは知っている。
「私も、ちょっと調べてみるわ」
そう云って、曖昧に微笑んだ。
「お父さんは、元気なの?」
平沢先輩が尋ねた。
「はい。事件と聞いて、うずうずしています」
千景は、答えた。
平沢先輩が、今度は正真正銘、笑った。
「先輩。まさか、弘君。いいえ、お父さんの事、喋っていませんか」
千景は、心配だった。
「言触らしてるわよ。名探偵だって」
平沢先輩は、お祖父さんの事件を寮生の先輩に喋っていた。
午後七時。
「ちゃんと勉強してるの?」
待ちかねたように、景子さんからメッセージだ。
今日は大丈夫だ。
明日は、土曜日。やっと休日だ。
慌ただしい一週間だった。
月曜日に、栗林市を出発して、入寮、入学式、講演会、テスト。あっと言う間だった。
今週、授業は無かった。
来週から授業が始まる。
もう既に、寮生活に慣れたように思う。
同郷の小倉さんとも、親しくなれた。
「栗林市から来てる、小倉という子と、友達になったよ」
千景は、小倉さんと親しくなった、経緯を送信した。
隣の空き室の事で、小倉さんから、聞いた内容をうっかり送信してしまった。
「そうか、悪戯では、済まんわのう」
弘君がメッセージ会話に、参加した。
事件の内容になると夢中になる。
昔からだ。
「もっと詳しく」
弘君が、内容を催促する。
景子さんの、嫌な顔が思い浮かぶ。
「今日。平沢先輩と会ったよ」
千景が話題を変えようとした。
「元気だったか?」
弘君からだ。
話題変更が成功した。
「あの時の事件は、ちょっとした、お互いの、解釈の、食い違いだった。それにしても、今回、事件の内容が、よく、分からんな。もう、ちょっと、詳しく知らせてくれ」
弘君から長文の催促だ。
仕方ない。
「明日、休みだから、午前中に書いとく」
とメッセージを送信した。
「今日、九時半に、また小倉さんと話しするよ。新情報、乞うご期待」
千景は、立て続けに送信した。
これで、弘君は、納得するだろう。
「でも良かった!友達が出来て」
景子さんが喜んでいる。
事件の話しで、友達が出来る事に、不安は無いのだろうか。
午後八時三十分。
今日から本格的に、五人ずつ班別に清掃を実施する。
井上先輩が同じ班のリーダーだ。
小倉さんもいる。
毎週金曜日に、一週間単位で、清掃場所を変更する。
今日から千景達の班は、コミュニケーションスペースを担当する。
「お願いします」
皆、一斉に挨拶して始まる。
皆、無言だが、楽しそうに清掃している
これも、先輩の器量らしい。
十分程度で清掃を終え、清掃用具を片付けて終了。
「ありがとうございました」また、皆一斉に挨拶して解散する。
解散の後、小倉さんが、井上先輩に話し掛けた。
午後九時半。
コミュニケーションスペースでも良かったのだが。
キッチンスペース。補食室に、まだ話した事のない先輩がいた。
コミュニケーションスペースにも、何人か居る。
話す内容が憚られるので、やはり自室で話す事にした。
今日は、千景が、小倉さんの部屋を訪ねた。
「チカ。入りなよ」
懐かしい響きだ。
小学校まで、友達から「チカ」とか、「チッカ」と呼ばれていた。
それでは、「ありがと。リッツ」と千景も返した。
小学校の同級生に「律子」という子がいた。
その子は、「りっちゃん」とか「リッツ」と呼ばれていた。
急に距離が縮まった。
千景は、ペットボトルの麦茶を二本と、柿の種を持参した。
早速、空き室の話題になった。
千景は、平沢先輩の云った事を伝えた。
「平沢先輩って、あのカッコイイ人やろ」
律子が、平沢先輩を知っていた。
千景は、知り合った経緯を話した。
「チカのお父さん。探偵さんなん?」
律子が勘違いしている。
否定したが、律子は、何故か
信じていない。
話しが逸れた。
「私は、井上先輩に直接、確かめたんや」
律子は、どこまでも、行動派だ。
正本先輩の云った通りだった。
更に、ナリスマシに利用された学生の事を尋ねた。
それは、知らない。という回答だった。
今、学校で調査している最中だ。
もし、知っていても、云える訳がない。
と井上先輩が付け加えた。
律子は、井上先輩に、何故、千景にだけ事件の話しをしたのか尋ねた。
「秋山さんのお父さんは、名探偵だから」
と、答えたそうだ。
弘君は、名探偵?なんかでは無い。
何となく、事件に巻き込まれて、何となく、偶然、解決しているだけだ。
井上先輩からは、それ以上、教えてもらえなかった。
という事だった。
何だか、鈴音寮では、弘君が名探偵に祭り上げられそうだ。
そして今度は、千景が、事件に巻き込まれるのか。
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