第13話 狂鬼急襲
「おじさん、お茶も羊羹も美味かったよ。ごちそうさま」
「おうっ! まいどありぃ!」
晴秋は、美久とともに一刻半ほど穏やかな休息をとり、茶店をあとにした。
彼はすぐに屋敷へ帰ろうと思っていたが、体を巡る妖力のわずかな乱れを感じ、朱雀大路に出てすぐ予定を変更する。
「美久、やっぱり妖炎神社に寄ってもいいか?」
「はい、私はどこであろうと晴秋さまにお供いたします」
「……うん、お前に確認する必要なかったかもな」
晴秋は苦笑して歩調を早めようとしたが、突如背後に言い知れぬおぞましさを感じて逆に足を止めてしまう。
これは自分に向けられた何者かの殺気だと少年はすぐに理解したが、その表現ですらも不釣り合いなほど底知れぬ狂気をはらんでいる。それは、常に戦いに身を置く彼の精神でさえ容易に凍てつかせるもので、晴秋は呼吸すらもままならない。
「――ッ! な、なんだこれは……ッ! はぁ……はぁ……」
「は、晴秋さま⁉ どうかなさいましたか!」
美久に声をかけられてどうにか己の意識を保っているが、自分がいま発狂していないことすら不思議に思える。
「――美久、逃げるぞ!」
「えっ? あの、いったい何から……」
群青色の髪の少女は当然のことを主に問うたが、それに答えたのは彼ではなかった。
晴秋たちを、背後から狂気じみた表情で見ていた金髪の男が、恐ろしい速さで斬りかかる。
「逃がさんぞ、安火倍ェェ!」
「ぐわ――ッ!」「は、晴秋さまッ!」
背後から高速で迫る刃を、暗器の小刀で辛うじて受けた晴秋は吹きとび、それを見た美久がわずかに遅れて悲鳴に近い声をあげた。
「……チイッ、外したかぁ。運のいい奴……。だが、ようやく見つけた。我が父より託されし任は、妖し殺しの合間をぬって他の一族の当主や跡取りをぶっ殺すこと」
晴秋が体勢を整えると、長い黄金色の髪を後頭部で結い上げた若い男が、己の持つ刀の刃を舌で舐める。
その男は真紅の鋭い瞳に殺意の業火を宿し、金の色をした狩衣を身にまとっていた。これだけでも彼の正体を察するのは容易だが、その右手に宿る『金』の刻印が晴秋に確信を持たせる。
「……ッ! その手の文字、金剛一族か――!」
「そうだ。そういう貴様は、安火倍のガキだな?」
「………っ」
その無言を肯定と見なした金髪の男は、一切の忠告もなく再び晴秋に斬りかかった。それを辛うじて受けつつ、安火倍の血を引く少年は声をあげる。
「……お前ッ! いきなりにも程があるだろ! それに、ここは都のど真ん中だぞ⁉ 人的被害が出たらどうすんだ!」
「……そのようなこと我には関係ない、死に晒せえエェ!」
「――チィ!」
二人が互いをはじき合って一度距離を置いたとき、騒ぎを聞きつけた人々が集結して周囲を囲んでいた。
彼らは不思議そうに、ひそひそと
「なんだなんだ」
「あの服装、たしか妖討師の人たちだよな」
「なんで彼らが戦ってんだ?」
「派閥争い……かのう」
「……は、晴秋さま!」
民衆のざわめきが戦いを一時止めている間に、我に返った美久が晴秋のもとへ跳躍し――。
「――待て! 美久、動くな!」
少女が建物の壁を利用して空を舞ったとき、晴秋の痛烈な叫びと一すじのきらめきが起こる。
「……えっ? あぐぅ――ッ!」
「――ッ! 美久っ!」
直後、民衆の頭上に鮮やかな赤色の雨が降り、彼らがその正体に気づくより早く、どさりと何かが落ちてきた。
「……えっ?」「女の……子?」「わあぁああああ!」「きゃああァァァァ! ひ、人殺しぃ!」
地に叩きつけられたのが、腹部に黄金色の刀を突き立てられた少女だという理解が人々に拡散され、朱雀大路は恐怖と混乱の奔流に呑まれていく。
それを気に留めることもせず、金髪の男が美久に標準を合わせて右手をかざすと、少女の腹に突き刺さった刀がひとりでに動き、開かれた彼の手に舞い戻る。
恐ろしい所業を平然とやってのける金髪の少年は、美久が主人の元へ跳躍した瞬間、その身を狙って黄金色の小刀を投げつけたのだ。
「……うぅ!」「美久、大丈夫か!」
晴秋はふっとよろけた少女に駆けより、その身を抱きよせた。
美久は刃が当たったと感じた瞬間、腹部に妖力を集約して貫通を免れたが、軽傷でもない。傷口を抑えていた刀が抜かれ、抑制を失った鮮血が流れ出す。
「美久、早く止血するんだ」
「……
だが金剛一族の男は、その傷を完治させるだけの暇を敵に与える気はないようだった。逃げ散っていない民衆が絶叫するなか、再び晴秋たちに斬りかかる。
「くそう! 『式神・白虎』!」
晴秋は間一髪で白虎を召喚し、辛うじて斬撃を防ぐ。
「貴様ああアァ! 小癪な真似を!」
金髪の男が歯ぎしりとともに式神を睨みつけ、しばし戦闘が展開された。その隙に美久は致命傷となり得る傷を一応ふさぎ、晴秋は朱雀を召喚してその背に飛び乗る。
同時に足止め役として鷹の式神を二体召喚し、恐ろしい男に向けて放った。
「朱雀、飛べ! 白虎、お前もだ、奴を振り払ってついてこい!」
「なにっ! 貴様逃がさぬぞ――ぬうっ!」
金髪の男はすぐさま朱雀を抑えにかかったが、その横から放たれた白虎の後ろ蹴りによって吹き飛ばされる。
その隙に白虎が戦闘を離脱し、代わって赤銅色の美しい毛並みを持つ二体の鷹が、猛スピードで敵に特攻を仕掛けた。
「くっ! ええい式神の分際で、我が行いを邪魔立てするか‼」
晴秋の持つ式神の中で、もっとも速さと攻撃力の両立に長けた式神。男がそれの対処に手間取っているうちに、安火倍少年の声が響いた。
「いまだ、行くぞ!」
その声に応じて二体の式神が都の空に舞いあがり、速度をあげて飛び去っていく。
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