第19話 三つ巴
しかしその直後、彼女は唐突に現れた新たな気配を感じ、さらにそのすぐあと聞き慣れぬ男の声が鼓膜を鳴らす。
「『
「き、きさま、なんのつもりだ! ぐわあ!」「……えっ、きゃっ!」
梨乃は驚いて目を開ける瞬間、わずかな強風により晴秋のもとへ吹き飛ばされた。時を同じくして、彼女を辱めんとする男は渦巻状に立ち上る突風に巻き込まれ、宙を舞う。
晴秋は根性で体を起こして梨乃を助け彼女を縛る縄を切ると、救いの手を差し伸べてくれた少年に感謝と疑問の視線を送る。
「道風、お前……。どうして、俺たちのことを……?」
「勘違いするな、安火倍の跡取り。俺はお前を助けたわけじゃない。ただ金剛の狂い猿が、そこの巫女に対して愚かしい行いをしようとし、それが俺の気に障った。それだけだ」
木の妖討師、芦屋道風は振り向くことすらせずにそう答えた。
梨乃が泣きそうな顔と声で彼に礼を述べたとき顔をわずかに少女へ向けたが、それ以来道風の意識は、すべて金剛一族の男に向けられている。
一方、思わぬ相手から攻撃を喰らい、納得いかぬという面持ちを隠せない金髪の男が、声をひそめて問うた。
「……貴様はたしか、芦屋一族の……。なぜだ? 理解に苦しむなああァ。貴様の一族は我ら金剛には劣るがまだ根底は腐らず、妖しに過度の肩入れをする安火倍を忌み嫌っていたはず」
彼の言葉を受けた道風はふんと鼻を鳴らすと、鋭い視線を返し、相手の一族と自分たちの一族は違うという表情で応じた。
「……確かに我が一族は、
……芦屋一族は人によって成立するもの。貴様のように、抵抗すらできぬ可憐な少女に対し、無体なことをするような畜生ではないということだ!」
「ほざくなァァァ!」
境内に響く刹那の
彼らが飛ばした、風を纏う木片と雷を帯びた小刀が激しく撃ち合い、両者がぶつかるごとに木片が爆ぜ、小刀の稲妻が弾ける。
「なかなかやるな、金剛。『式神操術・カマイタチ』!」
壮絶な撃ち合いが落ち着くと、道風は新たに取り出した木片に式神護符を結わえ付け、妖力を流した。
直後、緑に輝く護符がつむじ風を纏い、中から若草色の美しい毛並みを持つイタチの式神が顕現する。
『キイイイッ!』
「ほう、その名の通りのカマイタチか。だが、この我を式神ごときで打倒できると思うな!」
唸り声をあげ、刹那は新たに長刀を生成した。その刃に稲妻を纏わせると、つむじ風に乗って襲い来る式神を迎え撃つ。
ふたりの死闘が絶頂に達するなか、晴秋は美久の回復術でようやく復帰した。
「……ふう、助かったよ、美久。ありがとな」
「わあぁ、ホントに晴秋の傷が治ってる! 美久ちゃんすご~い」
「い、いえ、そんな……。お、お役に立てて光栄です」
梨乃にも回復術を褒めたたえられ、嬉しそうにもじもじする群青色の髪を持つ少女。
彼女の愛らしい仕草に、晴秋はひと時の和みを感じたが、その余韻に浸る暇はない。すぐさま白虎を召喚すると、長刀を交える他の一族の少年たちに向きなおる。
「おぬしら、いい加減にせぬか! 妖討師同士の無益な争いも愚かしいが、あまつさえ討伐目的もなしに神社で暴れるな。さっさとこの境内から出ていけ!」
少年の強い声が戦いを中断させ、金髪の男が恐ろしい視線を向ける。
「安火倍晴秋いぃ! 貴様はどうこう意見できる立場になどない! やはり貴様から殺す!」
「まて、金剛! 俺との戦いはまだ決着しておらぬぞ!」
唐突に戦いを放棄され、逆上する長身の少年。こうして晴秋、道風、刹那が三つ巴の乱戦に及びかけたとき、彼らに災厄が襲いかかる。
その気配をまっ先に感じたのは、美久の背後から怯えるように戦いを見守っていた梨乃だ。少しずつ
「……えっ……」
巫女服の少女は、直後視界に映ったモノにすべてを封じられた。絶叫も、逃亡の意志さえも視えない楔で縛られ、小指一本すら動かすことはできない。
「……岩?」
それはまさに巨岩だった。妖炎神社の本殿とさして変わらぬ規模の。
ふいにそれが空中分解し、そのとき発せられる衝撃波と爆音で、彼女はすべてを取り戻して絶叫した。
「晴秋! 早く逃げてえええ!」
「な、なに!」「今の衝撃は……!」「――! 岩石……だとぉ!」
戦う少年たちもやや遅れて空を仰ぎ、反射的に飛び
「朱雀! 早く飛べ――」
『ピギイィィ⁉』
「……な、なに? 朱雀……!」
彼はまったく状況を理解できなかった。朱雀を飛ばそうとした瞬間、何かによってその式神は一瞬のうちに破壊されたのだ。
それによって、晴秋は岩石のしゅう雨から逃れる術を失う。主の絶対的危機を認めた美久はすでに動きはじめていたが、それは自殺行為に等しかった。
「は、晴秋さまッ! ――あっ……んぐぅっ⁉ ゔああッ‼」
「美久ちゃんだめぇ! いやああああッ!」
晴秋に駆け寄ろうとした少女は、すでに散乱していた細かい岩の破片に足を取られて転倒。そして直後、無防備を晒す彼女の背に、人間の頭部ほどもある岩が容赦なく落下した。
「見てはならん、梨乃!」
絶叫する巫女の視界を慌ててさえぎる翁だが、すでに遅い。美久は背中を押しつぶす岩の衝撃に目をひん剥き、びくりと震えながら血とともに苦痛の声をあげる。
彼女に逃げる術はなく、岩の雨に打たれ続ける少女はやがて左手から刀を離し、動かなくなった。
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