第18話 黄金色に輝く死の雨
「『式神操術!』稲荷、顕現せよ――。いまだ! こっちへ走れ、梨乃!」
「うんっ!」
「な、なにい!」
不意を突かれ、さすがに反応が遅れた刹那。式神護符から現れた純白の稲荷が彼に飛びかかり、そのすきに、巫女服の少女はひらりと逃げ出し幼馴染の少年に飛びついた。
「大丈夫だったか、梨乃」
「うんっ! ありがとう、ホントにありがとう晴秋ぃ~‼」
少女は晴秋にひしとしがみついて泣きじゃくる。彼女のなかで、胸が張り裂けそうな恐怖と、そこから解放された安堵感が膨れ上がり、爆発した。
「いや、よく俺の合図に気づいてくれたな」
「えへへ。そりゃあ晴秋の視線を見てなきゃ無理だけど、私たち幼馴染だよ? ある程度のことは言葉が無くとも分かるんだから」
少し得意げにそう言って、梨乃は心底頼もしいと感じた少年から離れる。
「……では晴秋さま。先ほどのあれは、私と同時に梨乃さまにも式神のことを合図なさっていなたのですね」
「その通りだ、美久。梨乃は昔から泣き真似と言いなんと言い、演技派だし賢いからな。こちらの意図さえ伝えれば、どうにか奴と距離を取ってくれる」
お付きの少女が晴秋の策に納得を示したとき、緩みかけた戦いの空気が再び張りつめた。
ぐちゃりとなにか潰れるような異音が空気を揺さぶり、式神の断末魔がそれを引き裂く。晴秋たちがはっとして鳥居のほうへ視線を向けると、金髪の男が式神・稲荷の頸椎を貫いていた。
「貴様ら、よくも我を欺いたな」
「ちっ、刹那……」
赤い狩衣に身をまとう少年は、先ほど投げ出した妖術符と小刀を拾い上げ、両手に赤銅色の炎を宿す。
「晴秋さま、私も行きます!」
「いや、美久。お前まだ完全に回復してないだろ。あの男……刹那は俺に任せてくれ」
「――ですが、私はまだ……」
と、自らの刀を取り戻した少女が異議を唱えかけるが、晴秋はふっと微笑んで美久を制した。
「分かってる、誰も戦わず引っ込んでろとは言ってないだろ。あの男は俺が相手する。そのあいだ美久には、俺の大切な人たちを奴の刃から守ってほしいんだ。……超重要な役目だが、任せてもいいか?」
少年の信頼に満ちた明るい言葉で、美久の持つ群青色の美しい瞳が喜びの輝きを放つ。
「はいっ! そのお役目、喜んでお受けいたします!」
「ああ、頼んだぞ美久」
「……調子に乗るのも大概にしろォォォ!」
刹那の怒号を合図に、中断していた戦闘が再開された。先ほどまでの二倍に相当する十二本もの刀が宙を舞い、それが一斉に晴秋へと襲いかかる。
「『式神顕現・青龍、朱雀』!」
少年の手印に応じた二枚の式神護符が、青と赤の異なる光を放ち、そこから二体の式神が現れた。その一体は、晴秋が移動などにも頻繁に使用する朱き四聖獣、朱雀。そしてもう一体は、顕現させるに必要な妖力が膨大なため、激戦でなければ滅多に使わぬ強大な力を持つ四聖獣、青龍。
後者の青き鱗を持つ龍は、金色の眼で敵を圧倒し、六十九尺を越える長大な身体でもって敵を打ち払う。主人の少年を守護するがごとく飛びまわり、十二本の刃をことごとくへし折ってみせた。
「ふん、それほどの式神を扱えるか、多少はやるな。……だがいくら才に恵まれようとも、それを授かりし貴様が部下も切り捨てられぬ愚者である限り、我には勝てぬ!」
「……まだそれを言うのか、この分からず屋が! 朱雀、奴に教え込んでやれ、行け!」
憤りを覚えた少年の命を受け、全身に紅蓮を
「……なっ! ガアアアア!」
すべての刀を弾かれ、抵抗の術を失った刹那は正面から朱雀の突撃を喰らい、吹き飛んだ。
「よし、いいぞ朱雀!」
「――ぐぅ……きさま、よくも!」
金髪の男は鳥居に激突して倒れこんだが、すぐさま長刀を地に突き立てて身を起こす。
「しぶとい奴め……。青龍、朱雀油断するな」
晴秋が式神たちに注意を促すと同時、相対する刹那が凄まじい勢いの妖力を発した。彼が受け継ぎし金剛一族の妖力はまばゆい金色であるため、さながら金の聖火を帯びているようにも見える。
「……安火倍 晴秋。貴様は確かに愚かな妖討師だが、その力は認めざるを得ぬ。……が、正しき我らの伝統を腐敗させることなく先の時代へ繋ぐため、その命運ここで我が絶つ!
『
刹那が金色の五芒星を両手に宿し天へ振り上げると、妖炎神社の境内に無数の刀が現れた。さらに
晴秋は戦慄して最後の四聖獣『玄武』を召喚し、各味方の状況をすばやく確認した。
「――なんて数だ! 玄武、梨乃たちを護ってくれ! 青龍、朱雀、死ぬ気で撃ち払え! 美久油断するな、全方角からくるぞ!」
「――っ! は、はいっ!」
少年が両手に妖力をありったけ集め、美久が改めて刀を構えたとき、刹那の両手が閃いた。それに応じ、空中に待機する無数の刃が輝き、無慈悲な死の雨と化して地上に降り注ぐ。
その直前、三体の式神が先だって行動に出る。玄武は本殿近くに立ち尽くす梨乃と爺の周囲に守護結界を展開し、青龍、朱雀は主である少年の周囲を固めた。
「……安火倍 晴秋! それほどまでに部下の大切さを主張するのであれば、その絆とやらでこの死地を乗り切って見せるがいい! それすらできぬなら、ここで愚者として果てろ!」
「くっ! 数が多い――っ!」
「くぅ! 梨乃さま、ヤマトさま! 玄武の式神様から絶対に離れないでください……きゃあああああっ! あがっ――アアアアッ! きゃああああああああああああああ‼」
梨乃たちを気にかけ、数舜のあいだ意識を
それを一瞬でも見てしまった晴秋は正常な思考を失う。反射的に美久のもとへ駆け出し、
「――み、美久――っ! ……はッ、しまっ――ぐっ、がああああッ!」
結果、式神たちの防御範囲から外れることになり、雷刀に身を貫かれて倒れ込む。
「――いやあああ! 晴秋、美久ちゃああん!」
「な、なんということじゃ!」
少女と老人の絶叫があがり、青龍と朱雀はすぐさま身を転じた。雷に身を穿たれ、動けなくなった主の少年と彼に仕える少女の周囲を飛びまわり、死の雨が止むまでそれを防ぎ続ける。
――やがて穏やかな青空が天空に戻ったとき、武装し、立って動くものは金の狩衣に身を包む少年ただひとりだった。
彼に敵対する晴秋と美久は、ぎりぎりの所で意識こそ残っているが、血に染まって大地に伏しすぐに起き上がれず、すべての式神は力つきて紙切れに戻っている。
しばしのあいだ静寂が場を支配したが、ふいにがくりと崩れ落ちた若い巫女によってそれは破られた。
「……そんな、いやだよ……。晴秋、美久ちゃん……ううぅ」
彼女が心配するふたりは、軽傷ではないが命の危機にもあらず。だが、戦いとは縁のない巫女である梨乃からすれば、見るに耐えぬ
ペタンと座りこむ彼女だが、そこへ血も涙もない金髪の男が迫った。その凶悪な腕が、白く細い梨乃の首を乱暴に掴みあげる。
「いやぁ! ……うぐっ、く、くる……しい、やめてぇ……」
「……てめ、梨乃を……放せ――!」
「そうじゃ、お前さんが腐っても妖討師だと言うなら、この外道な行いをすぐに改めるんじゃ……がっ⁉」
晴秋とともに抗議した翁に冷酷な男が無言の蹴りを入れ、年老いた肉体が力なく地面を転がった。
「……貴様の出しゃばる幕ではない。とっとと引っ込むがいい、老いぼれめが!」
「じ、じいさんッ‼ 刹那、てめえ! ぐっ……! まだ、動けぬか――!」
それでもどうにか幼馴染を救おうと、晴秋は身体を叱咤して這いずるが、男は死にぞこないの妖討師など眼中にないようだ。
「きゃあ! やだ、やだやだやだぁ! やめてえ、お願い――!」
「黙れ女ぁ! 少し大人しくしていろ!」
「いたっ⁉ ああっ! やめて、縛らないで! 痛いのやだぁ!」
恐怖に駆られ、必死に抵抗する梨乃の白い頬に張り手を叩き込み、両手を縄で縛る刹那。いかなる目的があるのか、今度は巫女の着物を自ら剝ぎ取るべく、恐ろしい男の手が少女の腹部に迫る。
「――ッ‼ 刹那ああああああああああ! 止めぬカアアアアア‼」
境内にこだまする、晴秋の怒号。
「――いやあっ!」
ついに梨乃は最悪の結末を覚悟し、ぎゅっと
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