第17話 冷酷なる妖討師
刹那は性格どおり一切の容赦がない。大小さまざまな刀を六本ほども具現化し、そのうち三本を生き物のごとく操って、殺すべき敵の少年を追い詰める。
彼自身はもっとも長い刀を自ら振るい、残る二本の小刀を伴って美久と撃ちあった。
「――あっ! くっ、ううう……!」
「おら小娘、先ほどまでの素早い動きはどうしたあぁ、防戦一方ではないか!」
焦る少女の心を
しかし、いくら彼女が剣に秀でた才女だとは言え、刹那の戦い方は非常に乱暴だ。尋常な立ち合いとはほど遠く、相手をなぶり徹底的に叩き潰す。その執念が彼の一挙一動から嫌というほど伝わってくる。
「……くぅ! うあああっ!」
「美久、落ち着け! 剣が乱れてるぞ」
「――っ! は、はいっ」
晴秋は、自分を斬ろうと迫りくる長刀を『妖炎術』と小刀でけん制しつつ、危うく発狂しかけた美久を落ち着けた。
今すぐにでも四体の式神のうち、せめて半分は美久に加勢させたいが、晴秋の周囲で宙を舞う二本の刀が、執拗にそれを阻止してくる。
「くっそ、邪魔するな、こいつ! 稲荷、なんとか美久を助けに……チッ!」
少しでも気を逸らせば、致命傷を狙って数本の刀が襲い来るため、晴秋と美久は得意の連携を取れず分断を強いられた。
「おいおい安火倍! いいのか、このままで。こちらの小娘が折れるのも時間の問題だぞ。
くくく、その後が楽しみでならぬわ」
「――いいわけないだろ! おまえ、美久をいたぶる気か!」
晴秋は沸き起こる激情に耐えられず、怒号を発した。どうあっても一対一の状況を継続させようとする立ち回りに加え、少女に浴びせられ続けるおぞましい殺気。
刹那は、晴秋の怒りに対し凶悪な笑みを返すと。
「ああそうだ。抵抗の手段を奪われた弱者をいたぶる愉悦を知らぬとは、貴様損な奴よな。それに……おっと」
「油断しましたね! ええいッ!」
「ふん、馬鹿が! 一体いつ、だれが油断したと?」
「……えっ? いやっ、放して!」「なっ……。美久っ! ――ぐはあっ!」
それはまさに一瞬のできごとだった。ふいに刹那の手から長刀が飛んだ直後、それを好機と斬り込んだ美久の刃をかわし、恐ろしく狡猾な男が彼女の右腕を掴む。
それに気を引かれた晴秋は、宙を舞う長刀の強かな峰うちで吹き飛ばされた。
「やはり愚かなり安火倍! ……しもべなど、使い捨ての道具に過ぎぬ。それに対し情をかけるなど、まさに今のごとく致命的なしくじりの元でしかない。
我ら妖討師に愛など不要……いや敵と言うべきだなのだ! 少しはそのことを理解したか?」
刹那は、勝ち誇ったような顔で敵に言葉を投げつけるが、それを受けようと晴秋は、一切納得などできるわけがない。
強く打たれた腹部を抑え、どうにか立ちあがる。
「……ごほっ。馬鹿を言う暇があるなら美久を放せ! お前の戯言など到底理解できぬ! 部下の、仲間の大切さすらも分からぬお前らに、妖討師を名乗る資格はない!」
晴秋の叫びに近い声が、わずかに静寂を取り戻した神社の境内に響いた。その瞬間、刹那の顔が怒りに歪む。
「……この現状にありながらよくほざいたな、痴れ者が!」
「……ひゃあ! ――うぐっ⁉」
金髪の少年は、
「み、美久っ!」「きゃああ! 美久ちゃん!」
晴秋は、蹴り飛ばされ腹を抑えてうずくまる少女に駆け寄ろうとしたが、直前に聞いた別の悲鳴に、ぎょっとして足を止めた。
そしておそるおそる本堂に目をむけたとき、もっとも避けねばならぬ最悪の事態が起きたことを確信する。
「梨乃……」
「――っ! ご、ごめん晴秋。私……」
少女は震える声で幼馴染の少年に謝罪したが、晴秋は彼女をとがめることなどできない。
「いや、気にするな。戦いに慣れぬ常人は、あれを見せられてなお平静を保てるはずはない。……いや、心優しいお前だ。むしろよくここまで我慢してくれたな」
「で、でもっ! 私なんて、ここにいるだけで晴秋たちを危険にさらしちゃう。私はなにがあっても、身を隠し続けないといけなかったのに……」
自責の念に駆られ、震える声で涙を流す梨乃。そんな彼女にかけべき言葉を思考し、晴秋が一瞬戦いから気を逸らしたとき、それまで黙っていた刹那がおぞましい視線を梨乃に向けた。
その視線に晒されたとたん、巫女の表情が凍てつく。
「――ひぐっ!」
「……女。お前、まさか……」
刹那は狂気と歓喜の笑みを浮かべると、誰が動くよりも早く地を蹴り、梨乃を捕らえた。
「きゃああああ! いやっ、いやあああ! 放して、放してよお!」
「てめえ、やめろ!」「黙れ、全員動くな!」
鋭くすべてを制する声が、ビタッ、と晴秋たちの言動すべてを停止させる。
「貴様ら。全ての武器を放棄し、全式神を解け」
「くっ、晴秋さま、申し訳ございませぬ。私が油断したために、梨乃さまが……」
心底申し訳なさそうにお付きの少女が言うが、晴秋は彼女に視線を合わせ、力強く首を横に振って見せた。
「美久、これだけは履き違えるな。こうなったのは断じてお前のせいじゃない。だがいまは、奴に従うほかない」
苦渋に満たされた主の小声にうなずき、己の長刀を静かに置く少女。それを横目で確認しつつ、晴秋も袖口に仕込んだ小刀五本とすべての妖術符を地に投げ出し、狛犬と稲荷の式神を解除する。
そしてヤマトの翁も程なくして発見され、晴秋たちの横に並べられた。
「……これでいいだろ。お前の獲物は俺のはずだ、早く梨乃を放せ」
「イヤっ、ダメだよ晴秋。早く逃げて、貴方が殺される!」
辛うじて恐怖を振り払い、必死に叫ぶ巫女。それに一切関知せずという刹那は、獲物が逃れぬよう彼女の胸ぐらを引っ掴み、口角を恐ろしい角度まで引き上げる。
「貴様、名はなんと言う?」
「――っ! り、梨乃……」
「そうか。では着物を脱いで身体を見せろ。確認したいことがある。逆らえば、この神社がいま、貴様の墓地となるぞ」
「――っ!」「なっ……!」
妖討師として信じ難き言葉を、一切の恐れげもなしに吐く金髪の少年……いや、そう呼称するにも
――が、その脅し文句が見せかけの脅しに在らぬことは、すでにこの場にいる全員が嫌というほど理解している。
その男に捕らわれた少女は、誰よりも鮮明にそれを感じていた。幼なじみの前で辱められるなど到底耐えがたきことだが、今はその結末が他の何よりもましなものだと。彼女は生存本能がそう訴えるのを感じた。
「……ううう、やだあ……やだよお」
ボロボロと涙しながら、梨乃は掴まれたまま震える両手を袴の帯にゆっくりと近づけた。境内の乾いた土を濡らす彼女の涙を見て、晴秋は何度も地を蹴りだしたい衝動に駆られたが、それを懸命に抑制した。
「――くっそう!」
「晴秋、あと少し辛抱するんじゃ。この世が真の地獄でないとすれば、必ず打開できる瞬間は来る」
「ああ、分かってるよじいさん! ……梨乃のためと玉砕覚悟で動けば、俺ではなくあいつが真っ先に殺される……!」
老人の諭すような口調の言葉にうなずき、少年は両拳が潰れるほど握りしめる。
「……っ! 晴秋さま、このままでは梨乃さまが――!」
「美久、無理だと思うが冷静さを保て。奴に気取られぬよう、あらかじめ妖力を流した式神護符を投げておいた、俺が印を結べば稲荷を召喚できる。それがあれだ」
晴秋は、梨乃の足もとにある極小の紙切れを目線で指し示した。それで主の思惑を理解した美久は、不自然にならぬよう心を落ち着ける。
――と、そのとき。
「……あの、逃げはしないので一度放してください」
「……なんだと?」
梨乃がふいにそんなことを言い出し、彼女の胸ぐらを掴む男が眉を歪めた。
「……そ、そんな力強く服を掴まれては、その、ぬ、脱げないです……」
もはや抵抗する気すらない、服従するような少女の表情と口調で、逃亡の意志は皆無と判断したか、刹那の威圧感がわずかに緩められる。
「ふん、だがおかしな真似をすれば殺す」
恐ろしい少年は、そう言って荒々しく梨乃から手を放した。突き放される衝撃でよろけ、一歩下がる巫女。
だがこれは、晴秋が狙ったことだった。梨乃と刹那の間にわずかな距離が生じたとき、少年は一か八かの賭けに出るため、手印を結ぶ。
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