第16話 金剛一族の真価
それまで晴秋たちの様子を微笑ましく眺めていた翁が、急に立ちあがる。
「――む! 梨乃、晴秋! 静かにせい」
「えっ、じいさん?」「ど、どうしたの」
彼の口調には並々ならぬ危機感がこもっており、ふたりは困惑したが、
「……晴秋、せっかく休息を取っているところで言いづらいんじゃが、恐らくおまえさんの追手じゃ。この世すべての災厄を集約したようなどす黒い殺気、金剛一族に相違なかろう」
「うそだろ、確かに振り切ったと思ったんだが。……というか、どうしてじいさんがやつの気配を分かるんだ?」
「……出会ったことはないが、奴らの恐ろしさはこれまでおまえさんに嫌というほど聞かされたからのう」
彼がそう告げたとき、晴秋と美久にも凄まじい殺気が襲いかかる。
「――ッ! 晴秋さま、これは……!」
「……ああ、間違いない、これだ。全身の神経が拒絶し、悲鳴をあげるようなこの感覚。仕方ない。行くぞ、美久」
「はいっ!」
「ちょ、ちょっと晴秋、美久ちゃん。大丈夫なの? 殺されたりしないわよね?」
梨乃もわずかながら恐ろしい気配を察知したらしく、不安げに幼馴染の少年とその付き人を心配する。晴秋は彼女を心配させまいと、力強くうなずいて見せた。
「大丈夫だ、さっきの俺は妖力が乱れていたが、今は状況が違う。まあまかせておけ」
しかし、正直に言えば大丈夫とは言い切れぬ。
それを察しているのか、梨乃は「本当に?」と聞いてくるが、少年はもう一度うなずくほかない。そして彼女と翁がいる以上、ここでの敗北は絶対に避けなければならなかった。
晴秋は梨乃とヤマト爺に身を隠すよう促し、ふたりが本殿の裏手に隠れるのを確認すると、美久を連れて境内の広場へ急いだ。
神社の石段をゆっくりと上がってくる嫌な気配とともに、少年は背をつたう嫌な冷や汗を感じる。
「美久、万が一ということもある。奴がここへたどり着くまえに、久遠に伝令の式神を飛ばせ」
「はい、すぐに」
うなずいた少女が鳩の式神を召喚し、妖炎神社で金剛一族と交戦に至る旨を記した紙を付けて飛ばす。
その式神が空の彼方へ飛び去ったとき、ついに敵の姿がふたりの視界に入った。
「……ようやく追いついたぞ、安火倍 晴秋ぃぃぃ!」
境内にあがり、狂気の笑みと叫びをあげるその少年は、金剛一族の若き継承者、刹那に一切の相違はない。
「……おまえ、しつこいぞ! なぜそこまで俺を……いや、他の一族を滅ぼそうとする?」
「なぜだと? 決まっておろう、ただただ貴様らが愚かだからだ。貴様ら安火倍は妖しとの妥協を図り、木の奴らも程度は違えど同じこと。残る一族は我らと同じく他の一族を吸収しようと動くが、奴らは身の程を知らぬ。妖討師一族を統合するは、我が父でなければならぬのだ。
……妖討師の正しき伝統と在り方を守るため、我らはすべての妖討師一族を滅ぼし、ひとつとなす!」
もはやそれ以外はあり得ぬと、刹那は長刀を手に斬りかかってきた。
「させないっ!」
「小娘ぇ、貴様アァ! 身の程をわきまえろ!」
刀には刀だと、美久が敵と同等の長さの刀で斬撃を防ぎ、それを皮切りに、群青色の髪を持つ少女と金髪の少年は激しく刃を交えた。
美久は式神も使役するが、もっとも得意とする武器は彼女の身体に合うよう特注された、専用の日本刀。少女を象徴する群青色を基調とし、特殊な打ち方により刃は切れ味鋭く、それでいて軽い。
彼女の
「せぇい! ハアアアアッ、やぁッ!」
「ぐぬ――っ! おのれ、小娘の分際で!」
軽快であり流麗。しかして力強くしなやかな美久の剣。それは、適合性が極めて高い武器と、十一歳の少女ならではの軽やかさ、柔らかさによって成されるまさに絶技。
その卓越した剣劇は、金剛一族の少年のそれをすでに上回っている。彼女が持つ才のうち敵をもっとも翻弄したのは、軽い身体を活かした俊敏な動きと、腕力の不利を補う手数の多さ。
対峙する金剛一族の少年、刹那がもっとも反撃しづらい位置から繰り出される、恐ろしい数と速さの斬撃。それをまともに受けた少年は、すさまじい勢いで後方に吹き飛ばされる。
「――ふぅ」「……っ! おのれえ!」
「よし、いいぞ美久!」
晴秋の歓声を受けた美久は、嬉しそうにうなずきつつも敵への警戒はなお強めた。いざとなれば主も加勢してくれるが、単なる戦いではなく殺す目的で挑んでくる刹那。その彼に隙など見せようものなら、即死など生やさしい結末だろう。
「…………っ」
美久は気を引きしめ、改めて刀を握る手に力を込めた。
自分がこの戦闘で何よりも避けるべき結末。それは死ぬことではなく、敵に捕らえられ主の少年を危機にさらすこと。
刹那は敵を捕らえれば、目的のため容赦なく少女を残虐な拷問にかけ、晴秋を脅すだろう。それすなわち、引いては梨乃たちをも危機に巻き込むことに等しい。
「『式神操術・狛犬、稲荷』!」
「ちぃ! きさまァァ!」
晴秋は短期決着のため式神を召喚した。白と黒の狛犬と稲荷が、それぞれ二体ずつ計四体。攻撃力は白虎や朱雀に劣るが、小型ゆえに動きが速い。
その四体で敵を翻弄しつつ、自分自身も手に業火を纏わせて美久に加勢する。その連携はふたりが幼き日より培ってきた最上のもので、激闘のすえ、晴秋の炎を帯びた美久の刀がついに刹那の長刀を両断した。
「よし、やったぞ美久」
「はい、ですがご油断なきよう」
「ああ、分かってるさ」
二人は敵との距離を取り、態勢を整えた。刹那は折られた刀を眺め、相変わらず恐ろしい口調で言い放つ。
「――くくッ! これはなかなか。式神どもの力があったとはいえ、思いのほかやるではないか」
「たしか刹那と言ったな。いい加減に帰ってくれぬか? 俺はこんな無益な戦いになど興味はない!」
晴秋がわずかに口調を強めて言うと、金髪の男は顔を歪ませ、半分ほどの長さとなった刀を投げすてた。
「ほう、貴様。なにか勘違いをしているようだな。我が刀のうち、たがだか一本をへし折った程度では、貴様らの不利は変わらぬ!」
そう豪語した刹那は、袖口から取り出したつぶてほどの大きさの鉄塊を右手に握り、金色の妖力を込める。すると彼の手にある鉄は形を変え、鋭い刃を持つ刀となった。
「な、晴秋さま、あれは!」
美久が驚愕する横で、晴秋は納得とともに苦い表情を浮かべる。
「……なるほど、それがお前たち金剛一族の力か。武器を操るだけでなく、鉄さえあれば妖力を込めることで自在に武器を生成できると……」
「そうだ、我が妖力が底を尽きぬかぎりなぁ!」
彼の狂気めいた言葉には、果たして一切の誇張などなかった。
二対一という現状に晴秋は、数の有利にかぎり揺るがぬと踏んでいたが、その見積もりは甘かったと思い知らされる。
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