第27話 主の少年と、使いの少女①

 その後も当主と天尊師によって次々と指示が出され、空の望月もちづきが中天に達したころ、緊急会合は終了した。


 晴秋に与えられたのは、人攫いの妖しを討伐し被害者を救助すること。父はそれを実行しながら、大切な幼馴染を見つけて助けてやりなさいと言ってくれたのだ。


 つまり、香月や出雲のことも大変だが、それは心配せずに梨乃を探してやれと、そう配慮してくれたのだろう。


「……感謝します、父上」


 少年は回廊を走りながら改めて父に感謝し、とある場所を目指していた。屋敷の奥にあるそこは医療室で、晴秋が扉を開けると予想どおり群青色の髪の少女が駆けよってくる。


「晴秋さま、お話はすでに聞いております。今から梨乃さまをお救いにいくのですね。どうか私も連れて行ってください!」


 真剣な眼差しを向けてくる美久に、少年はふっと笑みを向けた。


「……美久、ひとつだけ確認だ。本当にもう、身体は大丈夫なんだな?」


「――はいっ! この通り……。で、では……同行をお許しいただけるのですか?」


 そう言って少女は、群青色の瞳に嬉しそうな輝きを宿す。


「ああ、人攫いの妖しを探すには、お前の鋭い感覚が頼りだからな。大丈夫だ、さっき侍医じいにはお許しをもらった。どうやら体力面も大丈夫そうだし、久々について来てくれるか? 美久」


「――はいっ! もちろんです!」


「……よし、じゃあもうすぐ丑三つ時だが行くぞ――と」


 晴秋は走りだそうとして、ふと大切なことを思いだした。ぴたりと足を止め、半歩うしろできょとんとしている少女に向きなおると。


「そうだ、ひとつ忘れていた。……美久、そのまま少し動くなよ」


「は、はいっ。……あの……」


 唐突なことで少し焦りの色を隠せない少女。晴秋は彼女の髪を優しく整え、後頭部の高い位置で結ってやった。


 むろん、梨乃に贈ったりぼんと共にこっそり買っておいた髪留めで。


「よし、もう動いていいぞ。美久、総髪そうがみもかわいいじゃないか」


「……ほえっ? は、晴秋さま、これは……あの……」


 ふりふりと揺れる自らの後ろ髪を確認するも、なお現状が分からない様子の少女。


 そこで晴秋は、追い打ちとばかりに袖口から桜の飾りがついたかんざしを取り出し、それを美久の小さな手に握らせた。


「――――ッ! あ、あの、晴秋さま。これは……………?」


「あ、ああ……。今日……ってもはや昨日か。梨乃に付き合ってあいつに髪飾りを選んでやったんだが、その……まあなんだ。美久、お前にはいつも助けられてるし、これぐらいの贈り物したっていいだろ?」


 晴秋がうまくまとまらない言葉を強引に結ぶと、美久は簪をぎゅっと握りしめ、への字に突き上げた唇を震わせる。


「……ひぐっ……えぐっ……ふええええええん!」


「お、おい美久、お前もか……」


 晴秋が慌てると、少女は大粒の涙とともに伝えきれぬ感謝の意を表した。


「ううう……嬉ししゅぎて……涙が止まらないでしゅう~ありがとうございましゅうう~~!」


「――ま、まあそんなに喜んでくれたのならよかったさ。――よし、それじゃあ行くぞ、美久」


「はいっ!」


 晴秋が先だって走りだすと、お付きの少女は嬉しさが溢れて止まらないという笑顔でうなずいて主のあとに続くのだった。


 そうして屋敷を発った晴秋と美久は、妖炎神社へ至る小道……つまり、晴秋が最後に梨乃と会った場所に到着する。


「ここだ。……じゃあ美久、頼むぞ」


「はい、お任せください。――ッ」


 主の命を受けた少女は目を閉じ、ただ静かに全身を妖力で包みこんだ。穏やかに立ち昇る群青色の妖力は、言葉にならぬ神秘的な輝きを放っている。


 その状態で沈黙を守ること数分、彼女はふいに妖力を解き、ふう、と息をはきだした。


「美久、どうだった?」


「はい……。晴秋さまの仰るとおりです。梨乃さまはここで妖しに捕まり――」


 と、美久は小道の一点を指し示し、そのまま数十歩ほど歩みを進める。


「この場所で連れ去られたようです」


「……やはりか。しかし、これでは妖力を感知しての追跡は無理だな」

 

 晴秋が思わず吐息をもらすと、お付きの少女も無言でうなずいた。


 美久はよわい十の少女ながら感覚が鋭く、全身を妖力でおおいさらに感度を上げることで、妖しの妖力を正確に感じることができる。が、今回梨乃を攫った妖しは地中を逃げたらしく、これでは追跡までは不可能だった。


「仕方ない、こうなったら式神たちを――」「は、晴秋さまっ!」


「み、美久? いきなりどうした……」


 と言いかけて、少年は戦慄せんりつに言葉を失う。夜の闇だが、ちょうど雲が切れた。その隙間から顔を覗かせた望月の光に照らし出されたのは、よく知った妖討師の姿。


「……………み、道風……」


「探したぞ、安火倍の跡取り……いや、安火倍晴秋!」


 ふたりの行く手を阻むように立っていたのは、芦屋一族の少年、道風だった。


「は、晴秋さま、お下がりください! ここは私が……」


「いや、待ってくれ美久。なにか様子がおかしい」


 その言葉に従い、さっと刀を納める少女。彼女に代わり、晴秋は長身の少年と向き合った。


「――なっ、おいお前、どうしたんだよ、その傷は」


 彼は月光に映し出された傷だらけの少年におどろきの声をかける。しかしすぐに反応はなく、道風はうつ向き沈黙を貫いた。


 しばらくしてその沈黙は破られたが、芦屋一族の少年から発せられた声は、完全に心を失いかけている。そんな沈痛な響きがあった。


「安火倍晴秋、教えてくれ。我らは何のために妖しと戦う? 何のために妖討師などというものが存在するのだ! ……………教えてくれ…………」


 そう問われた晴秋は臨戦態勢を解き、道風に言葉を返す。


「……俺が戦う理由。それはただひとえに人々や妖しを助け、平和な世を築き上げたい。それに尽きる。そういう力を授かったからには、俺はその使命をまっとうする。………そしていずれ母上を探し出し、ともに平和の世を目指す」


 それを力なく聞いていた少年に、今度は晴秋が問いを投げた。


「道風、おぬしの事情は知らぬがあえて訊く。……………その姿、いったい何があったんだ」


 その言葉を待っていたかのように、道風が膝から崩れ落ちる。その瞬間、ボタボタとしたたる鮮血を見るに、彼がかなり深手を負っていることに疑う余地はない。


「……………おまえ、やたら動くな! 失血で死ぬぞ。――美久、おまえは不本意かもしれぬが、こいつの重傷だけでも癒してやってくれぬか」


 彼女がそれに応じるより早く、傷だらけの少年が抗議した。


「な、なにを……抜かす! 敵である貴様らからの情けなど――ぐうっ!」


 強引に立ちあがろうとした道風の顔が苦痛に歪み、抵抗の言葉が途切れる。


「――なにを無理してる。そんな状態でむしろ今までよく立ってたな。だが、もはや限界のはずだ。大人しく美久の治療を受けろ」


「――っ! 偉そうな口を……………ッ!」


「……動かないでください、これ以上の失血があっては本当に危ないですから」


 美久はそっと道風の横にしゃがむと、最低限の敬意だけもって彼の身体に触れた。そのとたん、群青色に輝く妖力が少年の身を包み、急速に傷を癒していく。


 彼女の本心としては、晴秋以外……それも敵対する者に尽くし、回復術を施すなど不快の極みだが、それが他でもない晴秋の頼みなら断れない。


「…………これで主だった傷はふさぎました。ですが、あまり激しく動かないでくださいね」


 数分で施術は終わり、少女はそっけなく言葉をかけた。


「――くっ! これで恩を売ったなどと思うなよ、安火倍の跡取り!」


「あなた! なんですかその態度は……! 本来であれば死ぬところだったのを、晴秋さまの御慈悲で助かったのですよ? それ相応の敬意というものがあるでしょう」


「だまれ、傀儡風情かいらいふぜいが! 俺は助けてくれなど頼んでいない。この男が勝手にやったことだろうが!」


 道風のどぎつい言葉で、美久の顔が怒りに満たされた。晴秋に対してであれば、絶対に見せることのない表情である。


「か、傀儡ですって⁉ 私は、晴秋さまの部下です! 晴秋さまは私を、ひとりの人間として大切にしてくれます。こ、この髪留めだって、こんな私にねぎらいを……と贈ってくださったもので、晴秋さまが付けてくださったんですから! まあ、貴方になにを頂いたって嬉しくなんてありませんけど!」


 それを聞いたとたん、道風の鋭い眼光が晴秋に向けられる。


「き、貴様っ! 筋金入りの阿呆あほうか! 使いの者に過ぎぬ小娘に贈り物だと⁉ 一体何を考えている」


 そう突っかかってくるだろうと思っていた晴秋は、困り顔でため息をもらした。


「はあ……別に良いだろ、俺の勝手なんだからさ。そんなに怒るなら、お前も一度やってみろよ。部下が喜ぶ姿はいいぞ。美久のそれなんかすごく可愛いんだからな」


「――ッ! は、晴秋……さま! そ、それは恥ずかしいです」


 と、身をよじる少女。一連のやり取りを見た長身の少年は、顔面を赤やら青やらに染めながら表情筋を歪ませる。


「ええい、貴様ら! そのような関係、主従の秩序を乱す愚かなものに過ぎぬであろうがああ! 

 ――そうだ、主従とは…………そのはずだと思ってきたのに――!」


「「………………」」


 急にうなだれた道風に、晴秋とお付きの少女は思わず顔を見あわせた。

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