第8話 付喪神討伐・破

『き、きさ……まァァァッ‼ よくも、よクもこノ我をたばかったナ』


 表情は無くとも、怒りに満ちたその口調から付喪神の感情は容易に読み取れた。晴秋は、敵の殺意に億すことなく己の計略を口にする。


「ああ、そうだ。俺は他の機動力に優れた式神も使えるし、白虎でもある程度は顕現時の大きさを調整できる。だがあえて巨大な原型の式神を使い、見え見えの隙を作ったのは、至近爆破に巻きこむための誘いだ。あの爆ぜる体毛は有効範囲が体表から一尺程度と極めて狭いが、そこでの爆発威力は非常に高い」


 だがさすがに百年物の付喪神だけあり、反射速度は申し分なかった。爆破を回避こそされなかったが、反射的にその刀身を妖力で守ったらしく、戦闘不能には追い込めていない。


 少年は内心でその事実に感心しつつ、白虎とともに討伐対象を挟撃するように足を運んだ。


『……我を包囲シ、今度こソ確実に消す気であろウ。――だガ、そうはいかぬ!』


 付喪神は、晴秋と白虎が術を出すまえに包囲網を抜け出している。が、彼らもそれで討伐対象を逃がすほど甘くはない。


 妖討師の少年は、別の位置に待機させていたもう一人の仲間に合図した。


「よし、今だ美久! 叩きおとせ!」


「はいっ、お任せを! ――せえい!」


『ぬごぉ! 小娘、きさまア!』


 主と息ぴったりな美久が、上空で振り下ろした薙刀の斬撃。それをもろに喰らい、生ける出刃包丁は再び大地へ叩き返された。石畳の上で何度も跳ね飛ばされ、金属音が連続して発生する。


「晴秋さま、やりました!」


「ああ、さすがだ美久。……だが気を抜くな、奴は恐らくまだ本気じゃない。妖力で身を守ったとは言え、白虎のあれを受けて倒れないのがいい証拠だ」


 彼の読みの正しさはすぐに証明された。結界の端まで吹きとんだ付喪神から金と紫の妖力が発せられ、その姿が徐々に変貌していく。


 自ら抑制する妖力を真に解き放ち、戦闘に特化するための形態変化である。


 しかし形態変化は凄まじい強力になるが、晴秋と美久はこの手の敵とこれまで幾度となく戦ってきた。

 ゆえにふたりともそこまで警戒を強めることはしなかったが、やがて彼らは、続く敵の変貌へんぼうを見て目を疑う。


 敵は出刃包丁の付喪神。その形態変化であれば巨大化するか、もしくは包丁を象った異形へと変わる。

 という晴秋の予測は裏切られ、包丁のから何かが生え始めた。それは徐々に変形し、人型へと体を成していく。


「なっ! あれは……手⁉ 刃物の付喪神だと言うに、妖力で仮初めの身体を形成だと⁉」


「……っ、そのようです。晴秋さま、お下がりください!」


 美久が流れるような動きで主人の前に移動し、薙刀を構えなおした。また彼女と同時に、式神・白虎も敵への警戒を強める。


 その間に包丁の付喪神は急速な変化を始め、それを注視した晴秋は理解した。


 ――この付喪神は、恐るべき形態変化を遂げようとしている。


「まずい! 白虎、奴の動きを阻止せよ!」 


 彼は胸の内に渦まいた焦燥を振り払い、式神に命じた。白虎はすぐさま主に応じて変形中の敵へ突撃していく。

 しかしその爪が討伐するべき敵に届く刹那、付喪神を覆い隠すほどの業火のごとき妖力がほとばしり、聖獣をはじき返す。


「な、なにっ! 白虎、止まるな! 形態変化を完了させてはならぬ――っ!」


 それに即応した式神は雄たけびを上げた。前脚の爪に青白い浄化の炎を》《まと》い、燃えさかる金と紫の妖力を帯びた付喪神に再び飛びかかる――。

 が、次の瞬間その動きが急停止した。


『ガァァァ⁉』


「は、晴秋さま!」「白虎ッ!」


 猛炎と化した妖力の中から突き出された刃により、右前脚を貫かれた式神の咆哮と、晴秋たちの絶叫が結界内の空気を激しく揺さぶり、そこへ別の声が重なる。


『……形態変化を完了させてはならぬ、か。ククク、もしそれが完了すればどうなるのだ? 式神使いの妖術師よ』


 嘲笑ちょうしょう交じりの口調で紡がれる敵の言葉。同時に付喪神を包み隠す妖力が爆ぜ、晴秋と美久は悲鳴を伴って吹き飛ばされる。


っ! 美久……どこだ、無事か――!」


 晴秋は部下の安否を確認しようと両眼を動かし、やがて視界に止まった光景に愕然とした。美久は、吹きとんだ先にあった石灯籠に背中から激突したらしく、全身を貫く激痛にうずくまっている。


「美久! 大丈夫か、しっかりしろ!」


 少年がすぐさま駆けよって抱きおこすと、彼女は苦痛の表情でかぼそい声を絞りだした。

「……も、申し訳ありません、晴秋……さま。油断……して、しまいました――」


「……美久? おい美久!」


 だが少女の意識はそこで途切れ、がくりと身体の力が抜け落ちる。


「……美久、すまぬな。意識が戻るまで休んでてくれ」


 晴秋は、彼女を戦いに巻き込まぬ安全圏まで運び、そっと壁にもたれさせた。そして再び戦場へ意識を戻すと、傷を負ってしまった己の式神に加え、恐ろしい敵の姿が視界に止まる。


 もはやそれは、『妖し』と呼称するに能わず、武神と言うべきかもしれない。

七尺を越える体躯たいくは黄金の鎧で構成され、兜の下は暗く、その暗黒の中にふたつ赤い光が浮いている。

 腰には二尺の刀が差してあり、右手にはこれまで自立して動き回っていた出刃包丁が握られていた。


 晴秋は解除印を結んで白虎を解除し、黄金色の輝きを放つ敵を見すえる。


「……お主。それが妖力を全開放した真の姿か!」


 それに応じた付喪神の話しようは形態変化まえと打って変わり、人間と変わらぬ流暢なものだ。


「然り。……とはいえこの姿は、遠い昔に我を使っていた者の外見を象っているだけに過ぎぬ」


「やはりそうか。あくまでも本体は、その右手にある包丁と言うわけだ」


 それに答えるより早く、付喪神の全身からこれまでとは比にならぬ多量の妖力が放出された。


「……左様、そこに気づくとはただの術師にあらず。であれは、此方こちらも全力を尽くそう。我が名は研霞けんか。永年を生ける刃より出でし付喪神である。お主は果たして、我が百二十一年分の妖力に抗えるのか?」


 研霞けんか。自らをそう呼ばわる相手に、少年は改めて向き直った。ここまでの付喪神は、彼にとってもさすがに初めての敵である。


「……なるほど、百二十一年か。だがやって見せよう。我は妖討師・安火倍の生まれにして、その後継者である安火倍 晴秋。世の安寧を守るため、お主を討伐せしめんとする者だ」


「いいだろう。ならば我は付喪神の未来のため、貴様を此処で斬り捨てよう」


 互いの名乗りをきっかけに、最後の戦闘が再開された。

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