第7話 付喪神討伐・序

 定例会議から一週間後、晴秋は妖し討伐任務のため京の都を訪れていた。任務というのは、主に二種類に大分できる。


 ひとつは、国から各妖討師一族へ依頼が来る場合。そしていまひとつは、当主の命で調査を担う隠密からの報告をもとに、各一族の当主や天尊師が必要に応じて術師を派遣する場合だ。


 今回は前者で、依頼内容をもとに、父であり当主でもある保成やすなりにより晴秋が都へ派遣されたわけである。


「まったく、『お前の実力が我が地位を受け継ぐに相応しいかどうか、この父に力を示せ』などと、父上にも困ったものだ。俺の実力は、確かにまだまだ当主というには値せぬが、そこまで信用ないものであろうか……。なあ美久」


 彼は、半歩後ろを歩く部下の少女にそう言葉を投げかけた。


「……当主さまは、そのようなことは思っておられぬと思いますよ。晴秋さまの御力をお認めになられたからこそ、今回のような任務をお与えになられたのです」


「……都内の討伐任務、か……。そうだと良いのだがなあ」


 晴秋が呟くように言うと、美久は、


「そうに決まってます!」

 と、熱を込めてうなずく。


 都内の妖し討伐は、確かに難易度も責任も高い任務だ。


 野山での討伐と異なり周囲の人口が多く、国の重役や貴族の屋敷も点在するため、周囲への被害を最小限に抑えなければならない。ゆえに場所によっては『四尊大師』や『天尊師』、『当主』自らが討伐に出向くこともある。


「う~ん、そう考えたら認められ始めてんのかなあ。都での討伐を難なくこなすことができてこそ、後継ぎ息子だ的な?」


「かもしれません。ですが私は、晴秋さまはもう充分、当主の後継ぎたるお方だと思っております」


「そうかあ? まあそうであると父上にも言わせられるよう、今回も張り切っていこうか」


「はいっ、私も微力ながらお力添えをさせて頂きます」


 キリっとして美久が意気込んだとき、ふたりは都の門に到着していた。門番を務める役人に事情を伝え、国からの依頼状を提示して都に入る。


 都の門を抜け、中心部へ続く大通りを進みながら、晴秋は部下の少女に確認した。


「ええと、今回はたしか八坂神社やさかじんじゃ……だったな」


「はい、八坂神社にある刃物神社の辺りだと。『妖力羅針ようりょくらしん』の針もその場所を指しています」


 彼女が腕に抱えるようにして持っているそれは、石造りの羅針盤のようなもので、金の針がある一点を指し、そこに白色の炎が浮かんでいる。


「白ってことは『大初位だいしょい』か。よし、じゃあさっさと討伐するか!」


 目的の神社に着くと、晴秋は頬を軽く叩いて気合いを入れ、まずは本殿へと向かう。神社などの聖域で討伐活動を行う際は、そこに祀られる神や守護霊などに一報入れることが規則だ。

 妖討師の妖術は、扱い方次第でそういった存在も相手の位や状態によっては浄化してしまうことがあるので、それを避けるためと、崇高な存在への敬意を忘れるべからずという一族の伝統のため。


 参拝を済ませると、これより妖し討伐を行うことを宮司に説明して、敷地内を奥へと進んでいく。


 本殿の裏手に着いたとき、周囲にただよう空気ががらりと変わった。そこだけ人ならざるモノがいるようで、全身に圧迫感がある。


「……間違いない、ここだな」


「はい、あそこの木陰に包丁が浮いています。今回発生した『付喪神』は、間違いなくあれでしょう」


 美久が指し示した瞬間、ボロボロの出刃包丁がふわっと浮かんで二人の前に姿をさらした。見ただけでも分かる年季の入り方……。百年以上存在し続けた物だということは間違いない。 


 宮司さんいわく、何年も前にお祓いのためこの神社へ持ち込まれたが、手違いでそれが行われず、長い時を置いて『付喪神』となったのだろうとのこと。


 今日こんにち『妖し』という呼称でまとめられるモノには、妖怪や死霊・悪霊などだけでなく、今回のように危険な『付喪神』や邪神なども該当する。


 彼らに悪気がなくとも、人に危害が及びそうな存在は、容赦なく討伐せねばならない。それがいかに残酷な所業であろうとも……。


 その行為を自らの誇りとし、人知れず多くの笑顔を守ることこそ妖討師たる者の使命だと、晴秋は心に改めて臨戦態勢に入る。


 それにより、付喪神も彼が行わんとすることを理解したらしく、滞空し続ける包丁から赤黒い妖力がほとばしり、おぞましくもしわがれた声があがった。


『な……んダ……貴様ら、我を討伐せしめにきたのかアア!』


「……さよう。お主も人間にはさまざま物申したきことがあろう。だがそれでも、『悪霊・付喪神』へと堕ちたその身は、討伐しなければならぬ。それがお主にとっても、最後の救いとなる」 


 晴秋がそう言いつつ取り出したのは、獅子のような文様が描かれた『式神護符』。これは多くの妖討師が使用し、その護符に自身が扱う力を合わせることで式神となす。


 晴秋が完全な臨戦態勢に入ったと認めると、付喪神のほうも放出した妖力を身に帯びた。


『さい、ごノ……救い、だト? ふざけるな! わレの……おも、いなど、きさ、マらには分からぬウウ!』


 しわがれた老爺の声のようであり、また刃物同士をこすりあわせるかのようでもある、まさに不協和音。その声で紡がれる付喪神の言葉を甘んじて聞いた晴秋は、直属部下の少女に命令を下した。


「これより、任務の目標『悪霊・付喪神』の討伐供養を行う。美久、結界を」


御意ぎょいのままに。……『結界術・人払い、目隠しの陣』」


 彼女はそう唱えると、『陣』と書かれたお札を近くの壁に貼り付け、そこに指で光の五芒星を描いて手印を結ぶ。


 すると、周囲一帯が妖力で形成された結界に包囲され、完全に外界と遮断された。


『な、なんダ! これ、は! 結界……かア!』


 驚愕と怒りの籠ったそれは相変わらず耳障りな声だが、ある程度慣れてきたため気にせぬよう務め、晴秋は弱い炎を指先や手のひらに宿す『発火術・零式はっかじゅつ・ぜろしき』で式神護符に火を灯す。


「気にするな付喪神よ。この結界はただの人払いと目隠しだ。では行くぞ!」


『フんっ! いイだろウ! 百年を越え……それでもなオ在りつづけたワれの意志、貴様にうけとめきれルか!』


 その言葉と同時に晴秋の式神が顕現けんげんし、妖討師と妖しの戦いは開始された。


「我に仕えし偉大なる四聖獣、白虎よ、その力持て彼の付喪神を討伐せよ!」


 主の命に応え、炎の中から現れた白く美しい毛並みを持つ式神・白虎は牙をむき、流麗でしなやかな動きで先制を仕掛ける。


 が、その初撃はギリギリのところで妖力燃えさかる出刃包丁に交わされた。


「ちっ、すばしっこい奴だ。白虎、油断するな!」


『ぬウ! やるな、式神使い! だが……』 


 直後、白虎は四肢の爪に青白い炎を宿し、敵に第二撃を放つ。しかし、付喪神は包丁の姿で、一方の白虎は六尺を越える巨体。その体格差が災いし、式神の強烈な攻撃が決まらない。


 とはいえ付喪神のほうも、不用意に近づけば、聖獣の恐ろしい爪の餌食となるだろう。


 ゆえの一進一退、膠着状態の戦闘。しばらくの間、両者ともに有効打を決めることなく時が流れたが、ふいに包丁の付喪神が動きをとめた。


『……ククク。たしカにソの式神ハ脅威だガ、その巨躯でハ、かえって急所を露呈ロテイすルのではないか?』


 それは敵の分析を冷静に行い、突破口を見出したような響きである。


「なに? どういうことだ」


 警戒を強める晴秋の問いに応じるがごとく、付喪神が動いた。静止状態から一転し、俊敏な動きで白虎を翻弄しはじめる。対峙する式神が討伐対象を見失ったとき、燃えさかる妖力を帯びた刃が、その背後から首に迫った。


『クククク、式神に一貫して言えることダ。首の後ろにある護符が急所であろウ?』


「な⁉ ただの付喪神が、なぜそれを知っている⁉」


 付喪神は、彼が初めて漏らす焦燥に満ちた声で優勢を確信したのだろう。

百年のうちに刻まれたらしい刃こぼれや錆で彩られし刀身に、これまでの二倍ほどにもなる妖力を込め、聖獣の首を確実に落とすべく迫っていく。


『ククク、こノ式神はもらっタア!』


「今だ! 白虎、爆ぜよ!」


 一撃必殺の威力を帯びた刀身がまさに式神を討ち取ろうと迫ったとき、晴秋の力強い声が結界内に拡がった。その瞬間、白虎の瞳が赤銅しゃくどう色の輝きを放ち、その体毛が黄金色に発光すると、極小の砂金を散らしたような火の粉が舞う。


『コ、これはアァ!』


 狡猾こうかつな付喪神はなにかを理解したようだが、すでに時遅しと言わざるを得ない。直後、白虎の白き体毛が爆ぜ、限りなく接近していた付喪神を巻きこんだ。


『ぐぬあァァァァァ!』


 凄まじい絶叫を伴って、激しく吹き飛ばされる不運な包丁の付喪神。ガランと高い音を立て、石造りの地面に叩きつけられる。

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