第9話 付喪神討伐・急

「では行くぞ、妖討師!」


 先手を打った付喪神・研霞は、鎧の重厚さを感じさせぬ俊敏な跳躍で晴秋に迫り、右手の刃で斬りかかる。


 少年は飛び退すさって斬撃を交わし、間を置かず鋭く突きこまれた第二撃は、袖口に仕込んでいた小刀を投擲とうてきし、受けた。


「……ほう、暗器か。加えて俊敏な身のこなしと高位の式神操作。やはり並みの妖術師ではないな」


「俺はたしかに妖術師だが、正しくは妖討師だ。と、本来ならいきどおるところだが、その称賛は甘んじて受けよう」


 両者は一度退がって態勢を整えると、掌に輝く五芒星を互いに宿し、打倒するべき相手へと向ける。


「『妖炎術・灼熱尖華ようえんじゅつ・しゃくねつせんか!』」「『付喪神術・千乱龍刃つくもじんじゅつ・せんらんりゅうじん!』」


 術式発動の印を結ぶ二人の声がみごとに重なった。晴秋は右手から赤銅色の業火を放射し、研霞は左手の五芒星から本体と同型の包丁を放つ。


「術師よ、その程度の火力で我が刃を焼き払えると思うのか?」


「何を言う。お主こそ、ただ一丁の刃物でこの業火に抗えるとでも?」


 晴秋は言葉を返しながら、だが反射的に身構えた。向かってくる敵の刃は一丁のみだが、その裏になにも無いとすれば、『付喪神術』などという大層な術名は与えられず、印を結ぶ必要もない。


 ――つまり、敵の攻撃にはなにか仕掛けがある。


 久しい実戦ゆえ、彼はそう予測することがやや遅れた。晴秋が反応したとき、研霞の手印が変わり、それに応じて包丁の数が一瞬で千にまで増える。


「どうだ、龍の鱗がごとき千の刃、それしきの炎で全てを落とせるのか?」


「……なるほど。だが俺とお主、どうやら似た者同士らしいな」


「な、なにっ、まさか!」


 敵が見せた予想外の反応に、研霞が驚きの声をあげると同時、晴秋は指を鳴らした。それにより炎の塊がはじけ、彼の術の正体が明らかとなる。


 はじけた炎は、燃え盛る大量の刃となって降り注いだのだ。


「き、貴様! 爆炎の中に大量の小刀を――ッ! そうか、元は一本の刀。それを炎の爆散とともに妖力で分身させて飛ばしたのだな! おのれ小癪こしゃくなァァ!」


 怒号に近い研霞の唸り声とともに、千の包丁と、ほぼ同数の燃える小刀が空中で激しく撃ちあった。耳をつんざくような刃鳴りが幾度となく空気を揺らし、互いに威力を相殺しあった刃物たちが、カラカラと地面に散っていく。


 このとき晴秋は真剣ながらもその顔に微笑をたたえ、研霞には多少の焦りがあった。


「おのれ……ッ! 数はほぼ同じ、威力は貴様の炎刀がわずかに上か!」


「ふっ、どうやらそうらしいな、付喪神!」


 そして一分後、残った晴秋の小刀のうち五本がついに撃ち合いを制し、研霞の持つ黄金の鎧を貫く。


「ぐっ、貴様ァァ! 我が鎧の急所を的確に突く……だとぉ! ぐおオオオオオオオオッ!」


 猛るような咆哮を残し、黄金の鎧はバラバラに崩れ去った。直後、晴秋の小刀に巻かれていた『妖討護符』が発動し、研霞の妖力で生み出された鎧が燃え尽きていく。


 この護符は妖しに使用すると、たちまち浄化の妖力が送り込まれ、燃えて消滅する。これが『妖しを討伐する』ということであった。

 この護符は、とある神が持つ力を元にして作られた強力なもので、研霞が創造した鎧も一片残らず消滅した。


「……ふう、今回は久しく腕の立つ妖しだった――。って、な……にぃ?」


 戦闘を終え、美久のもとへ向かおうとした晴秋は、己の身に感じる違和感に足を止める。


「クククク……。我を討ち取ったと油断したな、妖術師!」


 彼は背中から聞こえた声に驚愕し、致命的な現状に気づいた。


「……なるほど、金の鎧を浄化したのは確かに俺の護符。だが鎧を崩したのはお前自身……というわけか……ぐうう」


 背を貫かれた激痛と、身を伝う流血。それを感じながら、晴秋は前のめりに倒れた。その身に突き刺さったままの付喪神が、得意げに語る。


「然り。貴様の思うとおり、本体はこの我だ。ゆえに我が離れた瞬間、鎧という仮初めの身体は支えを失って崩壊する」


「……お前は、先に放っておいた自分と同じ型である千の包丁に混ざって近づき、そして、お前が離れたことで鎧は崩壊。それで俺が勝ったと誤認したとき、背後から奇襲したわけか……」


 晴秋がたどり着いた真実を語ると、


「そのとおり。だが残念だ。貴様のように強く、的確な状況判断ができる優秀な者が、よもや失血死などという最期を迎えるとは。……さて」


 最初の包丁姿となった研霞は晴秋の背中から刃を抜き、ゆっくりと美久へ近づいていく。それを見た晴秋は、自分の背からの流血が止まらぬことすら忘れて戦慄し、目をひん剥いた。


「なッ⁉ お前、なにをする気だ! 待て、やめろ、美久に近づくなッ!」


 その叫びで研霞は動きをとめ、不思議そうに言葉を放つ。


「……ほう、ただの部下に過ぎぬ存在がそこまで大切か? 貴様、変わり者だな。絶世の美女と言うならともかく、こやつはまだ年端も行かぬ小娘ではないか。遠い昔、貴様のように我を討伐しに来た『金の妖術師』は、自ら手負いの部下を盾として逃げおおせたぞ」


「知るか! 人の価値は、年や地位で定まるものじゃない! 美久は俺の大切な存在だ」


 彼は咄嗟の判断で超微力な『爆炎札』を小刀に貼り付け、美久を斬り付けんとする研霞に向けて投げる。


「ふん! そのような苦し紛れで我をけん制できると――」


「そんなつもりはない! 美久、少々手荒だが許せ……『爆ぜよ!』」


 晴秋が印を結ぶと、付喪神が打ち払おうとした小刀に貼られたお札が極小の爆発を起こす。


「ぬおおっ……ッ!」「うッ……は、晴秋……さま?」


 一か八かの賭けだったが、今回は運が味方した。


 微力な爆発とはいえ、それを敵の至近距離で炸裂させれば、吹き飛ばすことはできる。それと同時に、わずかな衝撃で美久を気づかせたのだ。


「よ、よし、何とかなった。美久すまない、大丈夫か?」


「は、晴秋さま、お怪我を⁉ すぐにお手当を」


 目を覚まし、現状を理解した少女は、すぐさま主に駆けよって彼の治療を開始した。それが完了するまで要した時間はわずか一分足らず。


 彼女は天性の特異体質を持ち、妖力が関わる自他の傷を瞬時に癒す術を持つ。


 「なんと……空恐ろしい回復術。であれば小娘。お前を先に葬るべきだな――ッ⁉」


 研霞はおぞましい口調で言って美久に迫ろうとしたが、次の瞬間、その刀身は再び地に転がっている。


「妖術師ィィッ! 貴様、なにをした!」


 まさに憎悪の塊と言うべきモノを孕んだ怒号。だが付喪神は依然として動くこと叶わず、ようやく立ち上がった晴秋は『妖討護符』を取り出し研霞に最後の視線を送る。


「……先ほどの貧弱な爆破攻撃。だがあれは、爆風に触れた妖しを一定期間完全な行動不能とせしめる。白虎の爆風と同じ、極端に狭い有効範囲ゆえの強力な力だ」


「おの……れえッ! このような所で討伐されるわけには……ッ!」


 怒りと焦燥に満ちた研霞のうめきに、晴秋は頭を振ってみせた。


「いや、お主は百年を越えてこの世に在り続けた。もう充分だ、早く休むと良い」


 彼は静かにそう告げてしゃがみ、今なお呪縛に抗おうとする付喪神に『妖討護符』を貼り付ける。その瞬間、護符から凄まじい妖力が発せられ、研霞を包み込むように燃え上がる。


「ギぃァァァァァァァァアアアア! 我が魂が、こんなところでェェェェッ!」


 やがて短いが壮絶な悲鳴が失われ、業火のごとき妖力が消えると、そこにはただ一丁の古びた刃物が静かに落ちているだけとなった。


 それを確認し、妖討師の少年は厳かに告げる。


「……これをもって、此度の討伐対象・八坂神社の付喪神『研霞』の討伐を完了する」


「「天上へ昇りし魂よ、御身の道逝きに安寧の光あらんことを……」」


 晴秋と美久は静かに手を合わせ、討伐した妖しへ手向けとする言葉を授けた。これは、妖討師が分裂する以前から大切にされてきた習わし。


 討伐する妖しにも魂がり、人が生きるためにそれを殺す。だがこれは、妖し側が人を害することと同じことわりである。彼らは安寧な棲み処を求め、あるいは生きる糧とするため人を襲う。  

 妖討師たちは愛する者を、その生活を守るため妖しを討伐する。


 ――自らが生き抜くため、互いに生命を懸けて戦う。は残酷なれど、なるは生ける者の本質なり。そこに一切の憎悪は在らず、ただ命に対する敬意と感謝があるのみ――


 妖討師たちはこの言葉を胸に刻み、討伐する妖しに敬意を持って対峙してきた。


「だけど、悲しいよな。妖討師が分裂してから三十年。この教訓も、討伐後の『手向けの儀』も、俺たち安火倍一族以外忘れているのだから」


 晴秋が思うところを口にすると、その横に寄り添う少女もうなずく。


「そうですね、特に金剛一族は討伐対象だけでなく、無害な妖したちを不当に殺して快を得ていると聞き及びます」


 美久は『人払い・目隠しの陣』を解除しつつ、晴秋のつぶやきに応じた。


「ほんとにあいつら過激だよな。まあ俺たちは俺たちで、良き伝統を守っていこうじゃないか」


「はい。……こちら私がお持ちします」


 晴秋がうなずくと、群青色の髪の少女は、魂が天へ還り穏やかとなった包丁を布でくるみ、風呂敷に包んだ。今回のように付喪神を討伐した場合、その道具は回収し、屋敷の裏手にある神社で供養する。


「よし、では行こうか」


「――はいっ、晴秋さま」


 晴秋ははなのような少女の笑みに穏やかな安堵感を覚え、足取りも軽く八坂神社を後にするのだった。

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