第10話 穏やかなる任務

 付喪神『研霞けんか』の討伐から三か月後。晴秋は美久を伴い、また京の都を訪れていた。その目的は言うまでもなく妖し討伐である。


 彼は半年ほど前に十五となり、妖討師はこの年で一人前とされるが、父曰く三か月前の研霞討伐が見習いを卒業する試練だったそうで、それ以降多くの任務を任されるようになっていた。


「晴秋さま、今日の討伐対象はいかなる『妖し』なのですか?」


 京の都最大の通りである朱雀大路すざくおおじを北へ歩く道中、晴秋を慕う紅白着物の少女が問う。


「そうか、美久にはまだ言ってなかったな。単刀直入に言うと、今回は穏やかな任務だ」


「――? 穏やか……ですか?」


 そう首をかしげる少女が、自分の言葉の意味を理解できていないと見た晴秋は、数か月の間をふり返るように言葉を紡ぐ。


「……ここ最近の二、三か月、俺たちの任務は『妖し』と戦い、弱体化させての討伐がほとんどだっただろ?」


 美久がそれに応じてうなずくと、彼はふっと顔を明るくした。


「そう。……だが今回は国からの討伐依頼ではなく、妖しのほうから己を天へ導いてほしいと依頼があったんだ」


「ああなるほど! でも本当に、そのような任務は約半年ぶりになりますね」


 と、従者の少女も嬉しそうに微笑む。


 妖し討伐は多くの場合彼らと戦い、打ち負かしたうえで浄化するものだが、どのような事象にも例外というのは存在するものだ。


 ひと括りに『妖し』と称される彼らだが、実際それは人ならざるモノたちの総称である。そのなかで妖討師と対立するのは、とある鬼たちが首魁となり統率する妖し集団であり、そこに属さぬ妖しも大勢いる。


 今回晴秋がふみを通じて浄化依頼を受けたのは、約三百年の年月を生きた妖狐の老夫婦。


 送られてきた文によれば、彼らは若きころ鬼に命を奪われる直前で勇気ある農民に救われ、それ以来人間に恩を返すべく、自らの妖術を以て人を救い生きてきた。


 な人をさらい喰らう妖しを打倒したり、長き日照りにより荒廃した田畑に恵みの雨を降らせたりしながら、町はずれの簡素な庵で夫婦円満の日々を送っている。


 妖しと言えど、彼らのような存在も珍しいわけではないのだ。


「……本当に、良い方たちなのですね」


 美久の表情が穏やかな言葉とともにほころぶと、それを横目で捉え、同じように微笑を浮かべる晴秋は続けた。


「その妖狐の老夫婦は、互いにこの春でよわい三百を越えたそうでな。今回の具体的な依頼内容は、『異形として暴走し、これまで愛してきた人間たちを傷つけたくはない。そうなるまえに、五つの中で最も優しい安火倍一族の手によって安らかな最期を迎えたい』というものだ」


「なるほどです。晴秋さま、それは必ず叶えてあげたいですね……」


 美久はふっと微笑み、どこか儚げな表情を浮かべている。少年は彼女に同意すると同時に大路を曲がると、すぐ左手にある朱い鳥居をくぐった。


 ここが今回の目的地。広大な面積を誇る立派な神社だが、そこに参拝者の姿は全くない。


「晴秋さま、ここは……?」


「ああ、ここは『妖光神社ようこうじんじゃ』と言ってな。つい先日父に教えてもらったんだが、今回のように妖しから浄化依頼を受けた時に使われる場所らしい」


 ふたりが鳥居を抜けて境内を進んでいくと、本殿の前に三つの人影が見られた。


 そのうち二人は優しげな雰囲気をまとう白髪の老男女で、人間と何ひとつ変わらぬ姿だが、恐らく彼らが依頼主の妖狐なのだろう。


 あと一人はその装いを見るに、この神社の宮司だと思われた。


 久遠のように抜け目なくしっかりした雰囲気だが、かの天尊師との相違は年齢だろう。それどころか少年の父よりも年長で、少なくとも五十は越えているはずだ。


 全員が初対面であったため、晴秋は多少の緊張を覚えながらできうる限り毅然と歩み寄り、先に挨拶を切りだす。


「初めてお目にかかります。私は安火倍の妖討師にて、名を晴秋と申す者にございます。私どもに『自己浄化』をご依頼された方々に相違ありませぬか?」


 彼の言葉に、優しく温厚な雰囲気をまとう老婦人が応じた。


「まぁ貴方が……。ああ本当に、その瞳からも妖力からも温かな優しさを感じるわ……。

 おっといけない、挨拶が遅れました。名を里稲りいなと申します妖狐にて、仰るとおりご依頼をさせて頂いた者でございます。……こちらは私の夫」


 彼女が左隣の老爺を示す。


「儂は狐也こなりと申す。晴秋さま、貴方がた安火倍一族の噂はかねがね……。ですが、お顔を合わせた今、己の選択は正しかったと。……貴方がたを選んで良かったと全身全霊で感じております。どうか我らが最後の望み、そのお力で叶えて頂けませぬか」


 彼らは妖討師の少年に思いのすべてを伝え、深々と頭をさげた。


 その一挙一動にあるは、安火倍一族への絶対的な信頼と尊敬を差し置いて他に在らず、万が一にもそれを裏切ることなどあってはならぬ。


 自分に……安火倍一族に寄せられる妖したちの思い。その強さを心中で噛みしめながら、晴秋はうなずいた。


「はい、勿論でございます。我らを最後に信じて頂いたこと、そしてご依頼の文に刻まれしお二人の思い……。我が安火倍の名に懸けてそれに応え、責任を持って最後の瞬間まで誠心誠意尽くさせて頂きます」


 彼の力強い言葉で妖狐たちは感涙にむせび、いま一人の宮司らしき男性が少年に視線を合わせる。


「晴秋さま、私はこの『妖光神社』の宮司を務める者にて、法蓮ほうれん 風磨ふうまと申しまする。今回のことはすべて保成さまより伺っておりますゆえ、お任せを」


「そうか、それなら安心だな。……ええっと、法蓮さん、よろしくお願いします」


 晴秋はわずかな困惑を覚えてそう言葉を返した。


 この宮司は父と主従関係にあり、それに倣って彼は自分にとっても「部下」なのだが、どう見ても年長者。


 晴秋はその性格上、相手が年下の部下でもぞんざいに扱うなどできず、それが父親よりも年を重ねた相手となれば敬称を外すことすらはばかれる。


 が、相手からすれば、自分の接し方こそ大いなる疑問を抱くに充分だと。彼はそれも理解していた。


「は、晴秋さま、私は貴方の従者でもあります。そのようなお言葉遣いは身に余りまする」


「あ、ああ、分かってる。でも気持ち悪いんだよ、他人を顎で扱ってるような気がしてな。……そんなことより、さっさと仕事したいんだけど」


 予想通りの反応を受け、晴秋は話を半ば強引に逸らす。一方で困惑していた中年の宮司も、主従についてそれ以上の追求はせず少年に応じた。


「……では、これより準備を整えて一刻後、妖し浄化の儀を執り行いまする。晴秋さま、失礼ながら浄化のご経験は?」


「ああ、そんな頻繁にするわけじゃないけど、十回ぐらいは」


「おお、十回も――。であれば、私からお伝えすることはありませぬ」


 一切の世辞などなく、法蓮は浄化経験をもつ晴秋を称賛した。彼もまた、安火倍一族の非道ならざる『妖し』への接し方に感銘を受け、支持する者のひとりである。

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